銀色の水平線 | ナノ
◇ リヴァイと帰り道

「お待たせしました、姫。」


 恭しく片手を取っては爽やかな笑顔で言い放つシルヴィアのことを…リヴァイは少しの間無表情で眺めていた。

 そして視線を交わらせたまま、そろそろと捕まえられていた手を引いては離していく。シルヴィアは彼のその反応を殊更可笑しそうにして笑みを濃くした。


「うわ、あぶなっ!!」


 だが、唐突にリヴァイの鋭い蹴りが彼女めがけて繰り出されるので、ギョッとしたようにしてそれを避ける。

 その状態で、二人は今再び互いのことを見つめ合った。


「……………。な、なんで蹴った。」

「……………………………。特に意味はない。」

「意味もなく人を蹴ったらダメだよ…。しかも向こう脛。」

「いや、意味ならある。」

「どっちよ」

「ムカついたからだ。」

「私に?」

「お前に。」

「なんでまた」

「こう……。存在がムカつく…………。」

「存在か。それは仕様がない、この歳になるともうどうしようもないよ。」


 シルヴィアはアハハと明るく笑った。

 そして気を取り直したらしく、聳える総統局の冷たい石壁に寄りかかっていた彼の正面に立って見下ろすようにする。


 夜だった。暗闇の中で、鈍い黄色の街灯が彼女の輪郭を照らしている。

 壁と上背があるシルヴィアに身体を挟まれて、リヴァイはなんとも言えず圧迫感を覚えては舌打ちした。


「…………。舌打ちやめなさい、一応上官だぞ私は。」

「そうか、忘れてた。そしてこれからも覚えるつもりはねえ。」

「……………………。まあそれはさておき。リヴァイ、君はどうしてここにいるの。私はてっきりこの私を迎えに来てくれたのかと思ったよ!だからこうして『お待たせしました…』と、」


 いつもの如く立て板に水のように喋りながら手を再び取ってくるシルヴィアの掌中から、リヴァイはまたも無表情で指を退いていく。その素っ気ない態度が何故か面白いらしく、彼女はまたも可笑しそうにした。


「たまたま…総統局ここには俺も用事があった。」

「そうかい。お疲れ様だったね。」

「ああ…。疲れた。」

「私も疲れたよ。リヴァイ、これから用事は?」

「いや、何も。」

「じゃあ一緒に帰ろう。」


 リヴァイの答えを聞かず、シルヴィアは二度避けられた彼の手を再び握ってはそのまま歩き出した。

 しかし少しも歩かず、彼女は「うん?」と訝しげな声をする。


「リヴァイ、手が冷たいね。具合が悪いんじゃないの。」

「良くはねえよ。疲れたって言ってんだろ。」

「まあ今日は寒いからねえ……。」


 君も大変だったようだね、とシルヴィアは少しばかり笑みを苦くしてはまた歩き出す。



 シルヴィアはいつに増して饒舌なような気がした。

 恐らく、緊張から解放されたことがその所以の一部だろう。リヴァイはいつものようにそれを聞き流したり相槌を打ったり辛辣な言葉を返したりしながら、適当に反応していた。



「そうだよ。」


 そしてその途中、何の前置きも脈絡もなく置かれたリヴァイの言葉に、シルヴィアはスラスラと続けていた喋りを一時中断しては少し首を傾げた。

 冷えてすっかりと白くなった自らの指先で、リヴァイは彼女の首を結わえるタイを掴んでその頭を傍へと寄せる。シルヴィアは素直に従ってやや腰を折った。顔がごく近い距離で、リヴァイは一言を漏らす。


「………待っていた。」


 辺りは閑として静寂となる。ゆっくりとシルヴィアの赤いタイから手を離してやりながら、リヴァイは思わず眉根を寄せては「なんて顔してやがる…」と呟いた。


「いや、仕様がない。」


 口元を手で抑えながら、シルヴィアは同じように小さな声で溢す。そして笑みを漏らしては、「嬉しいからさ、」とほとんど囁いて漏らす。


「そうか…。じゃあリヴァイ、いや私の姫、改めてお待たせしま「それは良い」


 またも演技がかった仕草で手を取られるので、それを振り払って淡白にリヴァイは返した。シルヴィアは「そ、」と肩を竦める。


「でも、大事な姫を長い間寒空の下待たせてしまったのは情けないかな…。」

「誰が姫だ、」

「だってリヴァイは綺麗な顔をしているからね。」

「眼科か脳の医者に行った方が良いな、予約を取っておいてやる。」

「本当?一人でお医者に行くのは怖いから付き添って手を握っていておくれよ。」


 シルヴィアは明るい笑い声を上げては歩む速度を少し早くした。手を引かれたままだった彼はそれに引っ張られては隣に並ぶ。

 彼女は一度繋がっていた手を離した。そうしてリヴァイの肩を抱き寄せては距離を近くする。そっと頭に頬を寄せられるので、その毛量の多い銀色の髪が彼の皮膚にやんわりと触った。こそばゆさに弱く息を吐く。


「確かにリヴァイは姫ではないね。」


 夜の冷たさの中、白い息とともに吐き出された彼女の言葉にリヴァイは当たり前だと毒突いた。シルヴィアは相変わらず穏やかな空気を纏って、くすぐったそうに小さな笑みを漏らす。


「君は私のパートナーだ。」


 シルヴィアは呟き、リヴァイの肩を抱いていた掌を指一本ずつ解いていく。

 二人は再び互いのことを見つめ合い、それから前を向いては無言で道を歩き続けた。



 ややあって、続く沈黙のうちでリヴァイはシルヴィアへと片手を差し出す。

 彼女は目を細めては一度頷き、同じように冷たい掌を重ねては握り返した。

 二人の帰路はまだ、幾許かの距離を残している……



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