銀色の水平線 | ナノ
◇ エレンと初めましてと少し前 後編

「シルヴィア」


呼び止められて、彼女はリヴァイの方を向いては「なに?」と言って笑った。

シャワーを浴びたばかりで未だ濡れている彼女の髪からひとつ、水滴がポタリと落ちる。


「部屋の鍵…閉めねえのか。」

「うん、まあ。部屋が細長いからね…閉まってるとノックされても分からないし。」

「勝手に入ってくる馬鹿が出てくるぞ」

「君みたいにね」


応えながら、シルヴィアは髪をタオルで適当に拭く。完全に化粧が落とされた彼女の顔はいよいよ白く、やはり人間味が感じられなかった。


「白いな、」

そう端的な感想を述べれば、シルヴィアは「これでも故郷では白くない方だったよ」と言って苦笑する。


「…………私は白色が嫌いだよ。すぐに混ざって汚らしく濁るし、汚れも目立つ。」


シルヴィアはゆっくり室内を歩み、リヴァイが腰掛けていた椅子のすぐ傍に腰掛ける。

急な来客もすぐに迎えられるように清められたこの部屋は、装飾物が多いながらもしんとして静かだった。

その沈黙の隙間を縫って、窓から青い夜の闇が滑り込んでくる。


「君の黒い髪は素敵だ。何にも侵されない、強くて清らかな色をしている。」


シルヴィアは机に頬杖を付きながら、リヴァイの髪にそっと手を触れた。拒否されないことを理解すると、嬉しそうにそこへ指を絡めたり撫でたりと、好きなようにしてくる。

しばらくリヴァイは彼女のさせるがままにしていた。………シルヴィアは昔からこうなのだ。誰に対しても。


「今夜は……何をしてきた。」


リヴァイはシルヴィアの方を見ないようにしながら一言尋ねる。彼女は「うーん…」と少し考えるようにしては、「別段何も。昼に働きすぎたから、夜はオペラの最中に居眠りさせてもらったよ。」と気怠げに返答した。


「………仕事なんだから寝るなよ。」

「バレちゃいないって…演目だってもう何十回と見た退屈なヤツだ。愛故に踏み外した女トラヴィアータの話。人が死ぬ話は嫌いだよ、サスペンスは仕事だけで充分だ。」

「観劇だけにしちゃ遅かったな。」

「聞いてくれよ、アンコールが三回あったんだぞ!?全く何なんだあの茶番は、勿体ぶらずにとっとと終わらせて欲しいよなぁ。」

「……………帰りは、一人じゃ無かったようだな。」

「よく知ってるね、好意に甘えて送ってもらったんだよ。」

「恋人か?」

「いや違う。」


戯れるようにしてリヴァイの髪を弄んでいたシルヴィアの白い指は、そこでゆっくりと離れて行った。

…………リヴァイはそれが不愉快で、彼女の掌を捕まえて自分の方へと引き寄せる。シルヴィアは微かに息を飲む…がすぐに元の落ち着いた表情に戻り、「どうしたの、」と尋ねてきた。


「………恋人じゃねえんなら、誰だよ。随分と親しいらしいじゃねえか。」

「おや、知らないうちにリヴァイも随分と社交事情に詳しくなったね。」

「ふざけてんのか」

「ふざけてないよ。…………何度も言うが私には恋人も愛人もいないし、作るつもりもない。」


興味ないんだ、そう言うの。


目を逸らし呟いて、シルヴィアはするりとリヴァイの手の内から指を引き抜いては立ち上がった。


「折角君が訪ねて来てくれたんだし、お茶でも淹れようか。」


ロンネアイレスの特級茶葉があるよ、とシルヴィアは穏やかに言う。

リヴァイはそれには応えずに、薄闇の中に佇む幽霊に似た女へと挑むようにして睨み上げた。彼女はそれを意に介さないようで、軽く肩を竦めては溜め息を吐く。


「………今日は睨まれてばっかりだ。友達じゃないかリヴァイ、偶には好意を込めて笑っておくれ。」

「出来ねえ相談だな、俺はお前に対する好意は微塵も持ち合わせちゃいねえ。」

「傷付くこと言うよね、これじゃ丸きり私の片想いじゃないか。」

「おいシルヴィア」


段々と苛立って来たリヴァイは低い声で今一度シルヴィアの名前を呼ぶ。

………彼女は少し目を細めてこちらを見下ろす。そうして困ったように笑った。


「お前、良い加減にしろよ。」


そう言い放てば、シルヴィアは緩く頭を振った。

その仕草に滲むのはただただ色濃い疲労だった。………自分の行為は間違いなく彼女のことを追い詰めているらしい。

幾許かの罪悪感を感じてリヴァイは一度口を噤んだ。

シルヴィアはそんな彼を一瞥し、同じように無言のままそこから歩き出す。


その薄いシャツに包まれた背中に「何故だ。」と小さな声で問う。


彼女は首だけ動かしてこちらを向き、「いなくなったら寂しいじゃないか。」と静かに微笑みながら応えた。







「何故今日、てめえの同期に真実を伝えなかった。」


紅茶の湯気越しにぼんやりと浮かび上がるその白い輪郭へと問えば、彼女は「さあ……」と言っては口を噤んで遠くを眺めた。

その青白い横顔は確かに疲労が色濃く滲んでいる。……仕事の話は、今はやめた方が良いのかも知れなかった。

だが自分の言葉を無視されるのも癪に触るので、リヴァイは「おい、」とやや低い声でシルヴィアへと呼びかける。

彼女は「………あ、ごめんね。ボーッとしてた。」と気が抜けたように笑いながらそれに応えた。


「まあ……それはさ、」


そうしてシルヴィアはリヴァイへとようやく向き合って会話を始める。


「ナイルは……あの顔とヤクザな性質に似合わず、実に冴えた勘と頭の良さを持ち合わせている。わざわざ私が言ってやらなくても分かっているさ。」


彼女は可笑しそうにしながら言葉を紡いだ。

同期である憲兵の師団長の話をする時、シルヴィアはよくこう言った笑い方をする。悪い遊びを思いついた子供のように純粋で無垢な表情だ。


「それにナイルじゃなくても普通は分かるよ。もしも、全てが中央にとってうまく言っていれば…私もナイルも今この世にはいない。……一応彼なりに恩を感じてくれてるんだろうよ、だから私たちの提案を絨毯のクリーニング代くらいで了承してくれた。」


口では互いをひどい言葉で罵り合っているが、この二人が確かな信用と信頼を相互に築き合っているのは明確だった。

…………瑣末な不安と共に、あくまでそれを悟られないようにして…この件をエルヴィンに質問したことがある。

彼はいとも簡単に、『それは……ナイルがシルヴィアを女として見てないからさ。』と苦笑して答えた。『ナイルにとっての女性はずっと昔からただ一人だからな…。』と付け加えて。


「今回の中央憲兵の狙いは…恐らく……調査兵の有力者を欠くことによって内部に混乱を招くこと、そしてもうひとつは世論を煽って外部から私たちの信用を揺さぶること。………実に楽しく話題性のあるゴシップじゃないか。調査兵の副の長が憲兵の師団長を殺して更に自殺だなんて。元より私は世間の評判があまり良くない上にナイルは既婚の子持ち、二人は訓練兵時代の同期と来た。これひとつで上中下巻本スリーデッカーが書けるぞ、ベストセラー間違いなし!」

「爬虫類顔と腐ったもやし女のロマンスはいただけねえな。」

「うっはぁ、爬虫類顔!!!それ滅茶苦茶面白いなぁ、今度奴に会った時に言ってあげよう!メモしておこ、」


シルヴィアはリヴァイの発言がツボにハマったらしく、明るい笑い声を上げては楽しそうにした。

そうして一連の発作が収まった後、我に返ったのか「誰が腐ったもやしだ!」と言ってはリヴァイの頭を軽く小突いた。


「…………だが、それにしても警告を兼ねて言ってやった方が良かったんじゃねえのか。中央は一応の身内であるてめえをも利用するし、消すことを厭わないと。」


小突いて来た指先をそのままゆっくりと握って、彼女特有の冷たい皮膚の感触を確かめながらリヴァイは呟いた。

シルヴィアは何かを考えるように暫時瞼を下ろす。そうして薄く笑った。


「何も、敢えて彼の誇りを傷つける必要も無いだろう。」

「てめえは相変わらず肝心なところで甘いな。」

「甘いともさ。私は身内には大甘なんだ。………人に厳しく当たるのも、結構疲れるんだよ。」

「いつかそれが原因で死ぬぞ。」

「それは嫌だね、死にたくはないなあ。」


シルヴィアはニッコリとしてリヴァイの傍から自分の掌を回収する。

そして机上の籠の中に入っていた林檎を手に取った。青い薄闇の中、妙に明るく鮮烈な紅色が印象的である。

シルヴィアはそれをしばし眺めては「食べる?沢山もらっちゃってさ、」と問いかけてくる。「いや」と否定を呟けば、「そうかい、それじゃ明日コンポートにでもするよ。」と応えられた。


「………もっと茶請けになりそうなもん作れよ。」

「じゃあケーキにしようかなあ、お酒と干し葡萄を加えて。」


そうだそれが良いね、そうしたら皆にも食べてもらいやすいし。とシルヴィアは穏やかな声で言った。


「エレン君が起きた時に食欲があったら、是非彼にも食べてもらいたいね。」

「食欲があるわけねえだろ、目を覚ましたあのガキに待ち受けてるものは辛いばかりの試練と現実だ。」

「そうだね、だから私たち大人が守ってあげないと。」


シルヴィアはゆっくりと林檎を元の籠へと戻していく。

リヴァイはその様を何とは無しに眺めながら、「だが…それにしても中央の奴ら、必死すぎやしねえか……。」と呟いた。


シルヴィアはちょっと肩を竦め、「必死なのは中央だけじゃ無いかもね?」と言っては空になっていたリヴァイのカップへと暗い赤色の紅茶を足していく。


「…………てめえの思わせぶりな態度はいつも癪に触る。洗いざらい喋らねえかこのクソババア」

「女性をクソババアなんて言う人には何も教えてあげないねえ」

「……………………………。」

「うおっ、分かった!分かった!!教える!!!教えるから私のローズマリーを下ろしなさいっ!!!」


リヴァイが脇に置かれていたローズマリーの鉢植えを無言で中空に掲げるので、シルヴィアは焦ったような声を上げてはそれを急いで回収する。


「別に隠してることはそんなに無いよ……」


そう言いながら、シルヴィアは鉢を元の位置へと戻した。

ローズマリーだけでなく、彼女の部屋には植物の鉢が多くあった。

緑のもの、やや黄色いもの、実を鈴なりに垂らすもの、淡い色の花を咲かすもの。

リヴァイもそれらの全容までは把握していなかったが、それにしても普段ズボラな彼女が植物や動物の世話だけはマメに行えるのが不思議でならなかった。


「ただ、今日私たちを襲ってきた男…喋ってもらうことは最早何も無い・・・・・・・・・・・・・・・、と私は言ったね。…彼の首にはマリアの名と彼女を讃える詩篇の刺青があった。」

シルヴィアは自分の首の側面をトントンと示しながら言葉を続ける。


Sancta Maria, succurre miseris.聖マリアよ、この世の不幸に想いを巡らせてください ………随分と古い言語だ。彼のような若い男性には似つかわしく無い。」

「壁教の狂信者か?」

「ああ、間違いない。それだけで充分だ。………お陰で確信できたよ。間違いなく壁教と中央憲兵、並びにこの国を統べる者は何かひとつの思惑の元に結託して私たちの存在を潰そうとしている。」


彼女は再びリヴァイの隣へと腰を下ろし、腕を組んでは何かを考えるように首を傾げた。


「経典も明確な預言者すら定かでは無いのに、何故昨今こうも壁教が勢力を伸ばしたのかずっと気になっていたんだよ。それにしても…壁を神聖視するのはまあ分かるが、触れることすら法度だなんて……私が若い頃には考えられなかったね。」

「お前が若い頃………半世紀くらい前の話か?」

「良い加減しつこいぞ!……まあ…それで、彼らの台頭によってだな……人々の壁外に対する嫌悪や恐怖、並びに壁内の閉塞世界を守ろうとする気持ちが強くなっているんだ。事象には必ず原因があるよね、壁教を保護して発展させた奴らの思惑は一体なんだと思う?」

「…………………………。話がなげえ。」

「もう少し具体的なレビューを頼む。」

「俺はてめえの生徒でも弟子でもねえんだ、言いたいことは簡潔に言え。」

「つまりは、壁の外で何が起きているのかを私たち人類に知って欲しく無い連中がいるってことさ。政治と宗教、それらが一体となってこの壁内人の目隠しを外さまいとしている。より排他的な考えに基いてね。」


シルヴィアは片眉を上げては身振りを交えて発言する。お馴染みの、講義を垂れる教師のような口ぶりをして。

……先ほどまで草臥れ果てていたと言うのに、もうこの調子だ。

普段はこの上なく仕事が嫌いだと宣っているが、この女の実態はかなりのワーカホリックなのではなかろうか、とリヴァイはぼんやりと思った。


(それとも…それとはもっと違う、また別の思惑の下で)


「だから、彼らにとって壁外に興味津々な私たちは邪魔なんだよ。……エレン・イェーガー君は今現在最も巨人の秘密に近しい少年だ。もしもうちらの手に渡りでもしたら彼奴らは大変じゃないか、全力で妨害してくるに決まっている。」


ふふん、だがそれはさせんぞぉ、と笑ってシルヴィアは脚を組み直して椅子の背に身体を預ける。

リヴァイが「悪い顔になってるぞ、」と呟けば「君と比べりゃマシだ。」と返されるので、机の下で脛を蹴り上げてやった。………が、それは躱される。


「リヴァイも勤め先が無くなると何かと不便だろう、少しばかり手間をかけるが……エレン君が起きた暁には、ちょっとばかり上手に働いてもらいたい。」


発言と共に視線を流される。それを受けて、リヴァイはしばらくシルヴィアのことを見つめ返す。

…………相変わらず、色素が希薄な虹彩だった。所謂亞人デミ独特の。


暫時あって、リヴァイはそっと目を細めて「了解だ。」と呟いた。それを確認して、シルヴィアは満足そうに微笑んではゆっくりと椅子から腰を上げた。

彼女が厚いカーテンで閉ざされた窓へと歩みを進めるので…その背筋の正しい背中を眺めながら、リヴァイは言葉を零した。


「…………いやにムキになってるな。」


シルヴィアはそれには応えずに、カーテンを避けてそこを開け放した。黒い夜の空気が室内に流れ込んでくる。

彼女は半ば湿った髪に冷たい風を受けながら、ようやく「………何が?」と返事をした。


「随分あの巨人のガキに固執してるようじゃねえか。」


リヴァイも立ち上がっては彼女の隣に並んだ。

シルヴィアはこちらを眺めながら数回瞬きをする。それから弱く笑って、「固執してるのは私じゃなくてエルヴィンだよ。」と返事をした。


「彼こそはエルヴィンの真実のラッキースターだ。私は出来るだけ親友の意を汲んで尽力したいと思ってるだけさ。」

「それだけか?」

「勿論私的な感情もあるよ。単純に少年が生きたまま解剖されるなんて胸糞悪いじゃないか。……私は子供を傷付ける人間が一番嫌いなんだ。許せんよなあ。」

「前から思ってたが、お前…そっちの趣味か?」

「勿論違う。ただ私はもう……可哀想な子供を見るのが嫌なんだ。」


それに私は彼らの純粋さを尊敬しているし、尊重したいのさ……。


シルヴィアは呟きながら、窓の桟に頬杖をついた。

その声色は優しく、瞳の形は穏やかだった。


そうしてリヴァイは思い出す。

且つて自分たちも…自分も、同じような声で、瞳で眼差しを注がれた。


それに絆されたのか騙されたのか、兎にも角にもいつの間にか自分はこんな有様になってしまった。

だが、シルヴィアにとってそれは別段特別な行為では無かったらしい。毎期新兵が入ってくる度にそれだ。飽きもせずに世話を焼き、惜しみないとも言える愛情を注いでいる。

……………それに気が付いても…。

いや、気が付いたからこそ……より一層欲してしまうものがあることを、否めずにいる。


リヴァイの胸の内など預かり知らないシルヴィアは、実に楽しそうな表情で「ああ、エレン君はいつ目を覚ますのかねえ。」と独り言のように呟いた。

濃紺の夜風に彼女の髪が煽られるので、その毛量の多い銀髪が頬にかかって表情が分からなくなる。だが、恐らく……自分が一番好きな、穏やかで愛情深い表情をしているのだろう。


「私は早く君に会いたいよ。」


シルヴィアは呟いて、口元に微かな弧を描いた。すっかりと隣にいるリヴァイの存在など忘れてしまっている様子である。紅が落とされたその唇は予想外に淡い桃色だった。


……………今、ここでそこに触れて全部を自分のものに出来たらどんなにスッキリするかとリヴァイは考えた。

恐らく不可能では無い。確実に力はシルヴィアの方が弱いし、彼女の性格上自分のことを傷付けてまで抵抗するとは考えられなかった。

だが……


(それが、何になる。)


望んでいるものは確実にこれでは無い。また、この行為はシルヴィアを最も傷付ける方法だと知っていた。


(どうすれば………)


考えても栓が無い。

せめて、と思ってシルヴィアの肩へと指先を伸ばして触れてみる。


ようやく彼女はこちらを見た。それから、自分の皮膚に触れるリヴァイの掌を見下ろしてから…笑って、応えるようにそこをゆっくりと握る。


「ありがとう、心配してくれているんだね。」


…………まるで思惑はすれ違って、二人の会話は噛み合わなかった。

だが……シルヴィアに感謝されるのは嫌いでは無いので、ただ一度頷き、リヴァイは目を伏せた。







「リヴァイ、あまり強い言葉を使っちゃいけないよ。まだ彼は混乱しているんだから……。」


先ほどからエルヴィンのやや後方…壁にもたれながら自分を眺めていた人物が、初めて口を開いた。

エレンは改めて彼女の顔を眺める。……比喩ではなく、本当に白い皮膚色をした人間だった。鉛白のように人間味の希薄な色彩である。浮世離れした容姿が得も言われず不気味で、エレンは思わず目を逸らした。


「………相変わらずババアはガキに甘いな。」


兵士長が彼女へと応酬している。女性は微かに笑ってそれに応えた。

エレンは勿論彼女が誰なのかは知っていた。憧れの兵団の幹部であることを差し置いても、この女性の顔と名前は巷で有名すぎるほどである。

………ただ、あまり良い印象は抱いていなかった。新聞や街角でよく話題に上る彼女の噂は、あまり褒められたものでは無かったからだ。


「さ、君。………ひとまずはおはよう。気分はどう?」


牢の石畳を一歩ずつ踏みしめて、白い女性が自分へと話しかけながら近付いてくる。

噂とはやや異なり、その物腰は穏やかで所作は上品だった。

しかしどういうわけかエレンの心中の不安は増すばかりである。彼女のことを見ないようにして、何かに堪えるようにその硬質な足音に耳を澄ました。


「おや、顔色が悪いね。………起きてから温かいものを口にしていないでしょう?それは良くない。」


優しい声色で耳障りの良い言葉を紡ぎながら、遂に彼女はエレンと外部とを隔てている鉄格子の傍までやってくる。

片掌でそこに触れるのか、堅牢ながらも古い造りのそれは鈍い金属音を鳴らした。


「怖がらないで顔を上げてごらん。」


言われるがままにそうすれば、先ほどよりも随分と近しい距離で彼女の銀色の虹彩と目が合う。

…………ひどく嬉しそうに微笑まれた。燻んだ色の灯りがその顔の右側面を照らし、白い肌と対照的な黒い陰影を色濃く浮かび上がらせている。


「お名前は?」


聞かれるので、答えた。馴染み深い自分の名にも関わらず、何度か吃る有様である。


「そう………。」


彼女は小さな声でエレンの名を繰り返す。そうして、何かを吟味するように一度頷いた。



「素敵な名前だね。」



そう言って彼女は緩やかな弧を唇に描く。

兵士とは思えないような艶を纏った唇だった。呪われたような、鮮烈な紅色をなした。



Venire talium est enim regnum caeloru.
(楽園はこのような者の国である)




リクエストBOXより
・エレン審議の時の内容を読みたいです!
・エレンの審議の時の話 小説でお願いします。
で書かせて頂きました。審議前の内容になってしまいましたが…
素敵なリクエストをどうも有難うございました。



[*prev] [next#]
top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -