◇ エレンと初めましてと少し前 前編
(四巻から五巻のトロスト区襲撃直後からエレンの審議までの時間軸)
(※微オリキャラ要素)
「全く、ここは煙草の匂いがひどいな。」
部屋に入って来たシルヴィアは開口一番そう言っては、実に嫌そうに眉を顰める。そうして付き添って来た部下へとコートを預け、既に集まっていた面々の傍へと歩を進めた。
………彼女の姿を認め、サネスが目細めつつ「エルヴィンは来ないのか。」と固い口調で問う。
「申し訳ない。彼は巨人にお熱なもんでね、人間の相手はいつも私なんだよ。」
「毎度のことながら木っ端兵士を会合に寄越されるのは不愉快だ。」
「木っ端兵士とは失礼だな、私は二代前からこの兵団の副の長だと言うのに。」
「亞人の糞女を副長に据える兵団なんぞたかが知れている。」
「亞人!随分と時代錯誤な差別用語を使うなぁ、最早古典、クラシックだぞ!!」
あはは、とシルヴィアは明るい声を上げて笑う。
笑い声を上げているのは彼女のみである所為で、その声はよく通った。
一通り笑い終えると、シルヴィアは微笑を頬に浮かべたままでその場に居合わせたサネス、ピクシス、ザックレー、そしてナイルの顔を一人ずつ確かめるようにして見回す。
「で、この会合はなんの為にあるんだ。掃き溜めの鳩のようにか弱く美しいこの私を虐める為か?違うだろう。」
そう言っては一拍置き、彼女はフウと溜め息を吐いた。
そうして首を傾げて自分たち五人を囲むようにして漂う暗がり…幾人かの兵士が付添と護衛に準じて立していた…へと流し目をする。その際に、彼女独特の白銀色の髪が蛇の腹のように畝って光った。
「………このままだと私の可愛い部下が独善的な糞男を殺す憂き目に合ってしまう。本題に入ろうじゃないか。」
「、っ…………」
サネスのすぐ脇にいつの間にか佇んでいた金髪の少女の腕をそっと掴んで引き寄せ、シルヴィアは「おやめ、ユーリ。」と優しく言い聞かせるようにした。
「だが…それにしても、木っ端兵士の更に下っ端兵士に脇を取られるとは…大したこと無いんだなあ、中央第一憲兵殿も。」
「貴様、」
「やめてくれ給え、私は君と違って場を乱すつもりは無いんだ。むしろ一刻も早くこんなむさ苦しい場所から帰りたい。」
シルヴィアは軽く屈んでは、付き添って来た調査兵の少女の頬に軽く口付けをする。そうして、「少し下がっておいで。」と母性的とも言える口ぶりで囁いては部下のことを諌めた。
「何度も言うが、件の少年は我々の兵団に任せて頂きたい。貴方がたの手に負えるものでもなかろう。…思いませんか、ザックレー殿?」
シルヴィアは腕を組みつつ老齢の総統へと話を切り出す。
彼は一度その言葉を吟味するように頷いでは「………だそうだが。そちらの見解はどうなんだ。」とサネスの方へと話題を振る。
それを受けて、サネスは口を開いた。
「野蛮な田舎者の言葉を聞く必要は皆無だ。巨人を駆逐すると声だけはでかい役立たずの木っ端兵士供を信用できるとでも?この大いなる負債を存続させること自体が国にとって必要なのかと…首を傾げたくなるな。」
「はあ。今は我が兵団の在り方について議論するつもりは無いのですが?論点をずらさないで頂きたい。それともそんなにも私とのお喋りを長引かせたいのか。さては君、私に気があるな?」
「何を言ってやがる手前。頭でもイかれたか?」
シルヴィアとサネスは至近の距離で互いを睨め付け合う。場の空気は分かりやすく硬直しては冷え切っていた。
………ザックレーはそんな二人をチラ、と見てはピクシスの方へと視線を移す。
自分へとお鉢が回って来たか、と豊穣の薔薇を背負う司令官はひとつ溜め息をした。
「まあ……お主ら、そうカッカするな。壁外の脅威が差し迫る今、この狭い壁の中で争って何になる。」
「その通りだシルヴィア。……発言を控えろ。」
「ひどいなナイル。同じ憲兵の肩書を持つ仲間だからと言ってこの口臭がゲロみたいな男の肩を持つのか。……ま、良い。お爺様の意見をお聞かせ願いたい。」
「吹くなよナメクジ女。亞人のワタは皮膚色に反してどす黒いらしいな、今その事実を確かめてやろうか。」
「………あまり互いを挑発するでない。人類存続の危機である今だからこそ各兵団が連携する必要がある。例の少年は共同で責任を持つと言うことで話は落ち着いた筈では無いか。」
「共同で。そのようなことが可能だと司令は真実にお思いか?」
「シルヴィア、お主の気持ちは分かる。だが巨人化の能力を有している少年はどこの兵団の手にも余るのものに相違無いだろう。それに誤解による流血は防ぎたい。」
「成る程……しかし、むしろそちら側はどうなのでしょうか?」
そう言って、シルヴィアはサネスの方を視線で示しては蛇に似た意地の悪い笑みを浮かべた。
「エレン・イェーガーを速やかに解剖せよとの声も高いと伺っております。どうせ君らは掌を返すに決まっている。…………茶番だな、これ以上は無駄だ。続きは審議場で行わせて頂く。」
言い捨てるようにした後、シルヴィアは先ほどの調査兵の少女へと目配せをする。
彼女は速やかに敬愛すべき上司の肩へとコートを着せてやった。その背中に描かれた自由の翼の青と白が、薄暗い室内でへんに鮮やかに浮かび上がる。
「シルヴィア…!それではお主らはエレン・イェーガーを如何するつもりでいるんじゃ。あれを管理するとでも言うのか?力も精神も不安定な彼奴を。」
「管理などしない。彼は我々のラッキースターだぞ?もっと丁重に扱わせて頂く。」
コートへと袖を通したシルヴィアは今一度四人の同業者たちの方を見やっては笑う。
細くなったその瞳の奥で、淡い灰色の光彩が滲むように光った。
「彼を兵士に育て上げる。身も心も確かな兵に。」
薄闇の中から何かを取り出すようにしてシルヴィアは拳を握り、それで自身の左胸の辺りを軽くトン、と叩いた。
「必ずエレン・イェーガーを調査兵として迎え入れさせて頂く。あの子はうちらのものだ。」
彼女の身体の中で唯一の色彩である赤い唇が、睦言を呟くような官能を纏って言葉を紡いだ。
そうして再びお馴染みの弧をそこに描くと、彼女は二度と振り返らずにさっさと部屋を後にする。
それに続いた金髪の調査兵の少女が、一時室内を振り返っては立ち尽くす彼らの方を見やった。そうしてナイルの顔に視線を留めては薄く笑う。
しかし「ユーリ、何をしている。早くおいで」とシルヴィアに呼ばれるので、すぐに「ハァイ」と返事をしては上司と共にあっという間にその姿を消してしまった。
*
「ユーリ、お前ね。少し堪えることを学びなさい。」
しとしとと雨が降り続ける街を足早に歩く上司がふと振り返り、彼女へと言葉を寄越す。
ユーリは少しだけ肩を竦めては「舐められるよりマシじゃないですかね。」と応えた。
「君の気持ちは大いに理解出来るがねえ…。何も私たちを虐める大義名分を向こうに与えてやる必要もあるまい。」
シルヴィアは昏い夜空に向けて傘を開き、ユーリのことを手招きしては中へと入れた。
そうして年若い部下のやや伸びてきた前髪をそっと耳へとかけ、少しの間労わるように撫でる。
「早く帰ろう…。身体が冷える。」
そう言っては愛情深い仕草で肩を抱かれるのが、ユーリにとっては何よりの喜びだった。
「でも…あいつ、ムカつきますよね。イライラします。」
ユーリはシルヴィアに甘えるように少し体重を預けながらポツリと呟く。麗しい女上司は「ああ、ムカつくなぁ。」と機嫌良くそれに同意を示した。
「…………不慮の事故に見せかけることも出来ますよ。」
ユーリは自分よりも背の高い彼女の耳元で囁くように言葉を零す。………シルヴィアの赤い唇の端がほんの少しだけ持ち上がった。
「君はすぐそう言う物騒なことを言う。上品な淑女になるように教育した筈なんだけどね…。」
「ええ、心得てますよぉ。でも私にとっては、淑女としての嗜みよりもシルヴィアさんに喜んでもらうことの方が重要なんです。」
ユーリはシルヴィアの肩に頭を預けながら、瞼を伏せて足元を眺める。
彼女が愛用している高価な香水の匂いがふわりと漂ってくる。ゆっくりと速度を合わせて歩む二人の足の下では、石畳が黒鉛のように濡れては輝いている。
シルヴィアが首だけ動かし、ユーリの旋毛の辺りに唇を落とす。ごく小さな声で彼女は「可愛い子」と呟いた。
「あまり気負わないで。私にとっての君は何もそれだけじゃない。」
シルヴィアは今一度ユーリの肩を抱き直し、細い雨を垂らし続ける黒い空を見上げた。
…………だが、物言いたげに自分を見上げている部下の視線に気が付いたらしい。それに応えるように視線だけユーリの方へと戻す。
「安心なさい、サネスも中央憲兵も長くはない。王様の威を借って敵ばかり作っている連中だ。あまりにも人間を軽視している。………思いやりが無い者がどうなるのかは君もよく知っているだろう。」
シルヴィアが目を細くすると、人間味が希薄な薄い灰色の瞳が熱を持ったように光る。
ユーリは身体の芯がぞくりとしては仄かな興奮を覚えた。
「奴は私たちの兵団を解体しようとしている。それはさせん。あれは殺す。必ず殺す。」
ユーリにしか聞こえないような微かな声で、シルヴィアは言葉を紡いだ。
胸の内で高まる興奮を収める為にユーリはひとつ呼吸をする。そうしてゆっくりと唇を開いた。
「………でもシルヴィアさん。一人で…戦わないで下さいよ。」
シルヴィアは小さく笑い、「勿論。」とそれに応えた。
「さあユーリ……。今日は面白くも無い会合に連れて行ってしまって悪かったね。寒いし、どこかでショコラでも飲もうか。」
「ヤダ、子供扱いしないで下さいよ。私もう成人したんですよ。」
「子供扱いなんてしてないさ。大人だって甘いものは好きなものじゃないか。」
「でもシルヴィアさんって実は甘いものそんな好きじゃ無いですよねぇ。」
「作るのは好きだけどね。」
「なんで?」
「ユーリが喜んでくれるからさ。」
「変な人。」
シルヴィアとユーリは顔を見合わせてはクックと笑い、嬉しそうにした。
しかし…十字に交差する路地に差し掛かると、ふとシルヴィアは何かを考えるようにして口を噤んだ。
…………ユーリは少し嫌な予感を覚える。
そうして彼女は予想通りに、「ユーリ。誘っておいて悪いけれど…」と切り出して来た。
眉を顰め、ユーリは不機嫌を分かりやすく表現した。シルヴィアは苦笑し、「明日の夜に私の部屋においで。麦芽のケーキを焼いておこう。」と言っては少し首を傾げる。
「さ、傘は持って行きなさい。遠慮しなくて大丈夫だ。」
傘の柄をそのまま部下へと渡し、シルヴィアは二人が共有していた空間からそっと離れていく。
………ユーリは子供のように駄々をこねたい気持ちを抑え、大袈裟な溜め息をした。シルヴィアは困ったように「ごめんね。」と謝罪する。
「公舎に帰ったら、いつもの詩篇の書き取りを忘れないようになさい。……後はちゃんと湯船に浸かってから寝るんだ。ああ、髪も乾かすんだよ。風邪を引いたら大変だ。」
少し早口に言い残しては、シルヴィアは路地の暗がりの中に姿を消していった。
それを見送りつつ、ユーリはヘラリとした表情で笑った。
「んふふ、お母さんみたい。」
そう言っては、彼女から渡された大きな傘をくるりと一度回転させる。
傘に付着した雨の雫がそれによってふわりと空中へと舞い上がり、街灯の光を反射して細かく煌めいては消えていった。
*
「おおおおおおお、リヴァイ、おいリヴァイ!!!肩が砕ける!!どんだけ馬鹿力なんだ君!!!!」
悲鳴じみた声を上げながら、シルヴィアは自分の肩を握りつぶさんばかりで掴んでくるリヴァイの腕を叩いた。
リヴァイはその訴えには応えてやらず、ただただ上司の蒼白な顔を睨み上げた。彼女の目尻には生理的な涙が光っている。
「……。そんなに睨まれても困る。」
「悪かったな、目付きの悪さは生まれつきだ。」
「いや、別にそれは良いだろう。君のチャーミングなところだ。」
「…………………………。」
「おおおおおお、だから痛いって言ってるだろ!!!褒めてるのに何故痛くする!!!わけわからん!!!!」
シルヴィアはどうにかこうにかリヴァイの掌を自分の肩からひっぺがすことに成功すると、ふうと溜め息をした。
それから「君、傘持ってない?このままじゃ濡れてしまう。」と尋ねてくる。
リヴァイは返事をせずに未だ白い女上司のことを睨み付けていた。
シルヴィアは意に介した様子もなく「そ、じゃあ仕方ないね。」と言っては羽織っていたコートを脱いだ。
そうしてそれを自分の頭上で軽く広げてリヴァイの方を斜めに見下ろす。「お入り。」と言ってその裾をこちらに広げられるが、リヴァイは「断る。」と素気無い返事をした。
「………そう。君がそうするなら私もそうしようか。濡れるのも偶には悪くない。」
シルヴィアは特に無理強いするわけでもなく、今一度自由の翼が背中に縫い留められたコートへと腕を通した。
「…………てめえこそ、傘を持たなかったのか。」
「持ってたよ。でも部下に持たせて帰してしまった。」
シルヴィアは自分の頬の辺りを手持ち無沙汰に触りながら、リヴァイの言葉少ない会話に応じる。
リヴァイは彼女の答えにひとつ舌打ちをしてみせた。
しかし彼の不機嫌を、毎度のことながらシルヴィアは気にした様子を見せない。むしろどこか楽しそうに、「なんだい、随分御機嫌斜めだな。」とこちらの様子を伺うようだった。
「まるで面倒見の良い上司のようなことをするな。」
「事実面倒見の良い上司だもの。うちの子らは皆可愛いと思っているよ。君のこともね。」
「…………単に年端もいかねえ子供を手玉に取るのが好きなだけだろ。例の新入りも随分自分好みに育て上げたようじゃねえか。」
「人聞き悪いことを言う。それにユーリの性格は元からああ言う懐っこいものだよ。同じ地下街出身なら君だって分かるでしょう、荒んで乱暴だったのは単に怯えていただけだ。愛情を持って接すれば、あんなにも優しくて良い子はいない。」
シルヴィアは少し肩を竦めては一拍間も置き、「………で、」と言葉を続けた。
「何の用かな、リヴァイ。こんな寒くて暗いところで待ち伏せしなくても、私の部屋で待っていてくれたら良かったのに。」
「てめえの部屋は猫が邪魔だ。」
リヴァイの反応にシルヴィアはケラケラと可笑しそうに声を上げて笑った。
その様子を横目で鋭く見つめ、リヴァイは「言わなくても分かっているだろ。」と声を低くして続けた。
「…………ふむ。そうだね、相変わらずの平行線だよ…。申し訳ないね、話が付かなかった。審議場では君やエルヴィンにも少し手間をかけさせてしまいそうだ。」
「ハナからこうなることは分かっていただろ。」
「そうだね。」
「おいシルヴィア。………行く必要はねえと俺は再三言った筈だよな?」
リヴァイは言葉の端々に怒りを滲ませてシルヴィアへと投げかける。
シルヴィアはそんなリヴァイのことを少しの間キョトリと見下ろすが、やがて微かに笑っては「そうかな…。」と返事をした。
「今中央と俺たちの仲は最悪だ。そんな中でノコノコと出ていきやがって…何かあったらどうするつもりだったんだ。」
「ふふん、心配してくれたんだな。相変わらず優しい人だ。君のそう言うところは好きだよ。」
「そうか、俺はお前のことが嫌いだがな。………いなくなられると迷惑なんだよ。死ぬなら机上に積まれたてめえの仕事を全部片してから死ね。」
「やだよ、私難しい書類嫌いなんだ。」
「好き嫌いの問題じゃねえだろ、良い歳こいたクソババアの癖に怠けることばかり覚えやがって。」
「クソババアじゃないっ!!!!!せめてクソお姉さんと呼べっっっっっ!!!!!!」
「うるせえな、大きな声出すな年増。」
「おぅ、上司になんてこと言う。減給だ減給。それで君からさっ引いた給料でリブステーキでも食いに行ってやる。」
肩に腕を回してきては楽しそうに軽口を叩くシルヴィアへとリヴァイは忌々しそうな視線を送るが、顔の距離がごく至近なことに面食らって少しの間口を閉ざす。
…………が、すぐに気を取り直して彼女を自分から遠ざける為に肩を押した。シルヴィアは逆らわずにリヴァイの身体を解放する。
「行く必要はあったさ……。我々の立場を明確にする為にね。」
霧のように細かく降り続ける雨によってすっかりと濡らされた銀色の髪を掻き上げながら、シルヴィアはゆっくり言葉を紡いだ。
その際に、紙のように色の無い首筋が闇の中に浮かび上がる。シルヴィアの皮膚色に未だ慣れないリヴァイは目を逸らしてそこを見ないようにした。
「それなら何故俺を連れて行かなかった。てめえ一人よりもよっぽど色々とうまく行く。」
「一人じゃないさ、ユーリがいた。」
「………………。それは別にどうでも良い。それとも…俺を信用していないのか。」
「信用しているし、信頼しているさ。だが君は有名人だし…まだどうにかなる。」
シルヴィアはス、とリヴァイの掌を自然な動作で取った。
…………そこを引き、彼女は歩き出す。
手を繋ぐのは、二人にとっては珍しいことでは無かった。シルヴィアは元より慣れ慣れしい性質だったし、リヴァイも敢えてそれを拒否しようとは思わなかった。
だが…掌だけ。それ以上は触れて来ない。それに妙に安堵しながらも、仄かな苛立ちがリヴァイの臓腑の奥へと蓄積され続けていた。
「今はその時ではない。……待ち、耐え忍ぶんだ。機は必ず熟す。蛇のように賢しく、鳩のように清らかな心持ちで最後の審判を持つんだ。」
シルヴィアは呟くようにしながらゆったりと歩みを進めた。
(いつまでだよ。)
リヴァイは考え、軽く舌打ちをする。
(いつまで耐えれば良い。)
それを思えばやはり怒りを抑えきれず、シルヴィアの掌を潰すつもりで握りしめる。
当然ながら彼女は「痛いよ。」と言っては苦笑した。
「………今日は迎えに来てくれてありがとう。やっぱり私は君のそう言うところが良いと思う。好きだよ。」
そう言ってこちらのことを見下ろすシルヴィアの顔はやはり彩度が皆無の真白色で、至極不気味だった。
謎が多い女だ。既に付き合いが短くは無いのに、リヴァイが彼女について預かり知っているのは恋愛嫌いなこと、その艶やかな外見に似合わずタフで負けず嫌いなこと、更に言うなら変態で変人であることだけだった。
…………余計な詮索をするつもりは無い。
だが、本当のところはどうなのだろうと思う。
しかしそれを知ってどうするのだ。引き返さなくなったらどうする。
それは恐怖だった。
(まだ間に合う)
だが、何度この堂々巡りの思考に陥っているのだろうか。
諦めようと誓った決心は、こうして彼女の冷たい皮膚に触れるとすぐに不安定に揺るぎ始める。
リヴァイは瞼を下ろし、自分の一歩前を歩くシルヴィアのことを見ないようにした。
それでも瞼の裏に鮮烈な白色が焼け付いては、消えてくれなかった。
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