銀色の水平線 | ナノ
◇ リヴァイと初めまして(…?)

『悔いなき選択』序盤



「エルヴィン、あんまり強い言葉を使っちゃあ駄目だよ。」


金色の髪が印象的な調査兵の男の背後…それまで静観を決め込んでいた人物が、ゆっくりと口を開いた。

緑色のフードを下ろすので、その顔が初めて確かなものとしてリヴァイたちの前に現れる。


…………声色はやや低く、上背もそれなりにあったので男だとばかり思っていたが、そこに現れたのは予想に反して艶やかな女の顔だった。動いてみれば成る程、所作も女性そのものである。


「君は顔が結構怖いんだから、言葉くらいは優しくかけてあげないと。」


リヴァイたち三人の方へと足を踏み出しつつ、彼女は振り返って男へと言葉をかけている。

男の方は少しの間黙っていたが、「……お前だって人のことを言えた顔じゃないだろう…。」と呟いた。


女はそれに応えるようにさも可笑しそうにクツクツとしては、三人の前に立ち止まっては目を細める。


…………地下街独特の鈍い橙色の光が、彼女の輪郭を強く照らしていた。

彼女は瞳を細めて、リヴァイ、ファーラン、イザベルのことを順繰りに見下ろす。

それからリヴァイの頭を抑え込んでいた男に対して、僅かに首を傾げながら「ミケ、離してあげるんだ。」と柔らかな物腰で命じる。


…………男の掌が離されるので、リヴァイは溝に浸かった身体を起こしては女の方を見上げる。どこからか流れて来た風によって、長い銀色の髪が柔らかく揺れていた。そこから何か…花とシャボンが混ざったような匂いが運ばれてくる。

兵士ともあろうに香水なんぞつけているのか、結構なご身分だ。とリヴァイは舌打ちをしたくなった。


リヴァイの顔を見下ろして、女は一層笑みを色濃くする。それは表情のみに留まらず、声にまで至るらしい。「はは、」と短く声を上げて笑った後、ほんの一瞬だけ彼女の顔がクシャリと歪む。


(………………?)


ゆっくりと膝を折り、女はリヴァイと視線を合わせる。

…………驚くほど白い顔だった。まるで骨のような色をしている。

しかし唇は滲んだような紅色で、そこだけ妙に浮きだっているような奇妙な感覚を覚えた。


「こんばんは。ご機嫌いかが…?」


まあ…良いわけはないか。随分汚れちゃってるし。

そう付け加えながら、女はそっと白いハンカチを取り出してリヴァイの頬や髪を汚す溝を拭って清めていく。


兄貴に触るな、クソ女ぁ!!とイザベルが怒鳴る声が隣からする。

それを横に聞きながら、リヴァイは突如として現れたその女の顔をまじまじと観察した。

……………見たことのない人種の顔だ。少なくとも地下街ではこんな白い髪と皮膚を持った人間はいない。


その身体の色と同じく白いハンカチからは、やはり花の匂いが香った。いや、花とは少し違うのかもしれない。どこかで覚えのある匂いだった。…どこでだろうか。どうしても思い出せなくて、リヴァイはより一層の苛立ちを募らせる。


「……地下街、と言っても。人が生活しているんだ。何か美味しいものとかないのかな、ここら辺の名物とか…さ。」


一通りリヴァイの汚れを濯ぎ終わると、女はその薄い不気味な笑いを描いたまま…まるで場にそぐわない世間話じみたことを始める。


「お前……ふざけてんのか。」


リヴァイが胸の内の苛立ちと憤りを表すように低く言うと、先ほど自分の頭を押さえつけていた男の大きく厚い掌が襟首を掴む気配がした。強く後ろに引かれるので、首が締まって思わず咳き込む。


「こら、ミケ。だから乱暴しちゃ駄目だって言ってるじゃないか。その子は巨人じゃなくて人間なんだから。」


白い女は相変わらず穏やかな物腰で言葉を連ねた。…それに従って、リヴァイを押さえつける力が暫時の逡巡後、弱まる。

そして女は再びリヴァイと同じ高さになった視線を合わせながら、「別にふざけちゃあいないよ。」と言っては何かを思い出すように斜め上に視線をやった。


「私はここの食と言うものにちょっとした興味があってね……随分昔にこの近くに来た時に頂戴した胡桃パンが実に美味しかったんだ。あれには感動したよ。一体何が違うんだろう。水か?小麦か?それとも空気だろうか。」

「シルヴィア……。そろそろ関係のない話は切り上げろ。」

「…おっとエルヴィン、申し訳ない。凝り性でね、こう言うことを考え出すと止まらないんだ。」


ははは、と女は声を上げて笑った。

………ついていけずに、リヴァイは数回瞬きをする。それに応えるように、彼女は「じゃあ本題に戻ろうか。」と相変わらずの優しい声で言葉を続ける。



「私はね、調査兵団の副団長をしているんだ。………名前、知ってるかな。」

「…………知るわけねえだろ。」

「そっか、そっか………。……………。そりゃそうか。…ふふん、私はシルヴィアって言うんだ。よろしくね。」


女は目を細めて少し顔を近づける。より一層、清潔なシャボンの香りが傍で香った。

自分たちとはまるで縁の無い品の良い匂いに、リヴァイは吐き気を催すような感覚に陥る。

白い顔に形の良い掌、教科書のように正確な音便。少し話しただけでこの女の出自が上流のものだと分かる。リヴァイはこの手の余裕に満ちた人種が嫌いだった。自分たち底辺の気持ちなど分かりもしない癖をして、人が良さそうな、如何にも知ったような口を聞く金持ちの偽善者が。


「君のお名前は?」


そうして僅かに首を傾げたシルヴィアの顔に、リヴァイはつばきを吐き捨てた。

……自身の頬を汚した飛沫をとくに気にする様子はなく、彼女は「おや」と言って苦笑する。


「何か言いたいことがあったら言葉のほうを吐き出しなさい?じゃないと君がなんで怒ってるのかが、私はいつまで経っても分からないよ。」

「お前に語ることなんか何もねえよ。早く俺と連れの拘束を解け。」

「いやぁ、それは出来ない。私たちには君らと話したいことがある。」

「……拳でなら嫌という程語り合ってやるよ。」

「そうかい。良いよ?」

「は……?」


売り言葉に買い言葉としてなされた彼女からの言葉だが、正直リヴァイにとっては相当予想外だった。

それは彼女の身内達もそうだったようで、金髪の男が「シルヴィア…!」と諌めるように語気を強くして彼女の名前を呼ぶ。


「うん…そうだね。でも獲物を持っちゃ駄目だ。私は怪我したくないし、君だって痛いのは嫌だろう?……確か君のナイフはエルヴィンが回収してくれてたっけ。それならこちらも公平を期さないといけないね。」


そう言って、シルヴィアはゆっくりと身体を起こした。慣れた手付きで留め具を外し、鞘に伴われた刃と柄、装置を溝が沁みた石畳へと落とす。金属の硬質な音が辺りに暫時木霊した。


「シルヴィア、勝手な真似をするな。退け。」

「良いじゃないか。今この場で一番偉いのは私だぞう?責任はきちんと取るさ、安心したまえ。」

「そういう問題ではない。」

「なぁに、何もかも一切合切は速やかに片付くさ。彼がこちらの語りかけに応じようとしてくれてるんだ。きちんと向き合うのが礼儀というものだろう?」

「お前、嘗めてんじゃねえぞ………っ!!!!!!」


自身を拘束していた腕をあらん限りの力で振り解きリヴァイは立ち上がった。


「上等じゃねえか、何が何もかも一切合切は速やかに片付くだ!!!!言葉の通りとっとと片付けてやるからかかって来いよ!!!!!」

「おおっ、ほら見ろエルヴィン。彼もやる気になってくれたようだぞ。やはり譲歩してみせる姿勢というのは大事だよなあ?」


リヴァイの激昂を物ともせず、シルヴィアは膝を打たんばかりに嬉しそうな表情でエルヴィンへと話しかける。

…言葉を振られたエルヴィンは渋い顔をして緩くかぶりを振った。その諦めが色濃い反応を見るに…この女、シルヴィアの奇天烈な発言は茶飯事なのだろう。


「シルヴィア…。自分の立場というものを考えろ。」

だがそれでも、エルヴィンは辛抱強く言葉を紡いでいく。


「……調査兵団の副団長ともあろう人物が、地下街のチンピラに傷を負わされたという醜聞は耳に余るぞ。」

「傷なら大丈夫さ。獲物無し、お互い身ひとつと言っているだろう。」


喋りながら、シルヴィアは羽織っていた深い緑色のフードをおもむろに脱いでは「持っていておくれ。」とエルヴィンに渡した。

……現れた身体は、予想通り華奢…とまではいかないが、少なくともリヴァイと本気で渡り合えるほどのものとは到底思えなかった。

やはり嘗められている、とリヴァイは自身の頭へと血液が逆巻いて昇っていくのを実感する。


……まず、肋骨だと思った。この肉付きの薄い身体ならば、一度の殴打で三本は折れる。

そして顔だ。鼻筋を折り、顎を砕いて歯を使いものにならなくしてやろう。女だからといって容赦をするつもりはまるで無かった。


「だが彼が獲物を隠し持っている可能性は充分にあるだろう。」

再度溜め息を吐いてシルヴィアのフードを受け取りながら、エルヴィンは呟くように言った。


「それは心配ないさ。」

シルヴィアはそれに応えてからリヴァイの方へゆっくりと向き直る。

視線が真っ直ぐにぶつかった。露骨な敵意を剥き出しにしている自分とは真反対に、どこか眩しそうな、それでいて懐かしそうな目をしている。そうして、それはゆっくりと細められていった。


「…私は君を信じているからね。」


何を言っている。


リヴァイは思った。

シルヴィアの声は穏やかだった。表情も同じように。殴り合いの火蓋が切って落とされようとしているこの状況に、まるで相応しくない。


また…風が吹いた。

彼女のほとんど白色に近い銀髪が煽られて、細かい光を辺りへと散らしていく。


「うん、良し。……良し。どこからでもかかっておいで。思う存分語り合おうか!」


そしてシルヴィアはまるで今からゲームでも始めるかのようにワクワクとした様子で、片方の手で拳を作ってリヴァイの方へと差し出した。

呆けていたリヴァイだが、これ以上相手にペースを乱されまいと居住まいを正す。


だが…拳で殴打する場所へと狙いを定めて構えて見たものの。どこからどう見ても隙だらけの彼女の佇まいに、どの様に仕掛けたら良いのか却って分からなくなってくる。


暫時二人はその姿勢のままで固まっていた。


周囲はその様子を固唾を飲んで見守っている。

……シルヴィアが片眉を僅かに上げた。そして「おや」と呟く。


「君、靴紐が解けているよ…?」

「……騙されるかよ。随分と古典的な方法を使うな。」

「ふふん…。」


シルヴィアは紅い唇から笑みを零してはこちらをじっと見つめてくる。……その謎の余裕に、リヴァイは胸の内が徐々に不安に侵されるのを感覚していた。


(なに考えていやがる……?)


冷静になれ、と自分に言い聞かせる。

だが、この人間が分からないのだ。そして混乱している。

そもそも、この女の狙いからしてよく理解できなかった。力で精神をねじ伏せたいと思うのなら、リヴァイの拘束を緩めさせるような真似はせず、周りの男どもに三人の処置を任せておけば良い。

言葉での説得が望みならば、自分の喧嘩を買う理由もまた無い。訳の分からないことが重なりすぎて、リヴァイの気持ちは焦れてささくれだっていく。

いや、理由はそれだけでは無いのかもしれないが。…………………。


……焦燥に負け、リヴァイはほんの一瞬視線を足元へと落とした。

その直後である。驚くほどに早かった。多分に体重の乗ったアッパーが見事に自分の左頬へと直撃した。

周囲が騒然としたのを耳が感知する。イザベルの悲鳴もそれに混ざって聞こえた。


…この卑怯者、と悪態を吐く間もなく、今度は襟首を掴まれて身体を寄せられる。

顔の左半分が引きつるように痛み、鼻血が垂れていくのを感覚する。

眼前には相変わらず紙のような白さの女の顔。揺れる銀色の髪の奥にひどい冷たさを湛えた同じ色の光彩、瞳孔のみがその中心に黒く浮かんでいる。そしてまさに二撃目を繰り出そうとする拳が、至極えげつない角度に構えられていた。


「……ふむ。あまりしっくり来ないな。」


だが…彼女はポツリと呟いて握った拳の指を一本ずつ開きながら、解いた。


「やはり拳で語り合うというのは男の子の専売特許らしいなあ。私にはどうも合わないみたいだよ。」


そう言って、シルヴィアはリヴァイの襟首を掴んでいた方の掌も離して小さく溜め息をした。


「私はやっぱり…君とは言葉で分かり合いたいと思うよ。」


そして両の手をリヴァイの双肩に乗せて、先ほどの拳の鋭さとは打って変わった柔らかい口調で言った。


「顔を上げてごらん。そしてもう一度質問させてくれないか…。君のなまへぶぅ」


だが、言葉の最中でリヴァイの渾身の打撃がシルヴィアの顔の真ん中に見事なまでにめり込むので、その質問が最後までなされることは無かった。

続けて繰り出されたリヴァイの拳を掌で受け止めつつ、「おお、重い殴打だこと。」とシルヴィアは顔をしかめる。………二発目が不発に終わったことに、リヴァイは思わず舌打ちをした。


「いやあ…げんこで殴られるなんて新兵時代以来だよ!あはは、鼻血出ちゃったなあ。まあ…私も君のこと殴っちゃったから、これでお相子かな?」


ピッと自身の顔を汚していた血を拭い、「うん、なるほど。殴り合いも悪かないね。」とシルヴィアは鼻血を垂れているにも関わらず、相変わらずの気障な様子で笑って言葉を紡いだ。


リヴァイがシルヴィアを睨み上げれば、対照的にシルヴィアは楽しくて堪らないと言った様子だった。………至近の距離で、例の清潔な花の香りがより色濃く香ってくる。

やはり自分は過去に一度この匂いを嗅いだことがあるとリヴァイは思った。……だがそれがいつなのか、どこでなのか…どうしても、思い出すことは出来なかった。



リクエストBOXより
リヴァイとイザベル、ファーランが調査兵団へ勧誘される時の話
素敵なネタをどうも有難うございました。



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