銀色の水平線 | ナノ
◇ エルヴィンと檸檬酒 後編

こめかみを、弱くない力で殴られた。

彼が持っていた杖の柄だろう。無駄に凝った銀細工がなされていた為に、皮膚が切れて血が滴っていくのが分かった。

然しながら動いたり呻いたり痛みを訴えられる様な生易しい状態ではないと、流石のシルヴィアも理解していた。


だから耐える為にゆっくりと息を吐き、血も流れるままにしていた。


「………そう。平気そうな顔をしてるね。痛く、ないんだ。」

そんなシルヴィアの様を眺めてゆっくりと目を細めながら、優しい声色でクローチェ伯爵は言った。そして傍にいた使用人の一人に杖を渡す。

…………依然、二人の周りには多くの使用人が整列しては事の成り行きを眺めていた。全員が全員、人形の様に無表情なのがシルヴィアにはひどく不気味だった。


「………痛いに決まってるじゃないですか。ですが私は今日謝罪に訪れているので。甘んじて受け入れようと思っているんです。」

「へえ、謝罪…。なんの?」

「………………。先日の懇親会での無礼ですよ。」

「はは、そんなこともあったねぇ。良いよ良いよ、若い人は元気なのが一番なんだから。」


それならべらぼうなクリーニング代なんか請求するんじゃない、とシルヴィアは心の内で盛大なる舌打ちを打った。


シルヴィアは…この男のことを会った時から好きになれずにいる。だから謝罪という名目で訪れている今も、どうにも平身低頭する気にはなれなかった。

だが、自分が折れなければどうにもならない。…少なくない額の兵団への寄付金の是非も今の自身の態度にかかってるのだ。


「わざわざ遠いところを謝りに来てもらって悪かったね…。まあ、それはそうだよねぇ。やっぱりお金、欲しいんだろうから。本当に君ら調査兵は卑しくて嫌になる……。…何が自由の翼なのかな。理想ばかりが高くて…はは、面白い。滑稽だよ。」

「…………………。」


シルヴィアは深々と胸の内が冷えていくのが分かった。

………謝ろう、しおらしくして時間が過ぎるのを淡々と耐えようと心構えていたのだ。

だが、シルヴィアはプライドが低くはない女だった。

先ほどまでの決心など忘れて、思わず内心の荒みを眼に込めて相手に向けてしまう。


「うん、良いね…!良い目だよ。今の調査兵団にはそう言う生きる気力…と言うのかな。気骨みたいなものが足りない。君はまだそれを失ってないみたいだね。………だから、好きだよ。」

わざわざ会いに来てくれて、すごく嬉しい。歓迎するよ。と彼はにこやかな表情で言った。


うわあ嫌だ、とシルヴィアは思う。こう言う人種が彼女は心の底から嫌いだった。分かりやすく不機嫌や自分への嫌悪を顕にしてくれるナイルが愛しく思えるほどである。

だが…シルヴィアは、こう言った腹の探り合いが不得意ではなかった。この手の応酬は冷たい灰色の故郷でいやという程に済ませてきたのだ。


……脳裏に過ぎる寒々とした雪景色を出来るだけ思い出さない様にと努めて、シルヴィアは精一杯の微笑みを顔に浮かべた。ここに来てまた同じことを繰り返さないといけないのかと思い、ひどくうんざりした感慨を抱きながら。

それに応えるように、伯爵も一層笑みを濃くするようだ。しばしそのままで二人は互いのことを見つめ合うが…やがて彼が、緩慢な動作で掌の甲をシルヴィアの方へと差し出して来た。


「はい、仲直りの印だ。接吻を許そう。」


………綺麗な手をしているな、とシルヴィアは場違いな印象を抱く。まるで女の肌の様に白くてきめ細かい。労働を知らない、柔らかそうな皮膚だ。

黙ったままで、シルヴィアは彼の手を取った。そして自分の唇でそっとその場所に触れようと身を折る。


だが、行為が成し遂げられることは無かった。

シルヴィアは、またしてもの熱い衝撃が伝わった箇所を抑えて顔をしかめる。今度こそ唸るような声が上がった。痛みからではない。我慢ならない恥辱のためだ。


「…………何してるの。」


しかし彼女の顔を思いっきり殴った本人は平然とした表情をしている。何してるはこっちの台詞だバァアアアアアカァアと、シルヴィアは今にも彼に掴み掛かりたいのを必死で堪えた。


「君なんかがここに口付けるなんて…許されると思った?はは、ありえない。これだから礼儀を知らない兵士は野蛮で嫌いだよ。」


そして彼は自分の足を一歩前に踏み出して示すようにしては少し首を傾げ、シルヴィアのことを再び見据える。

…まさか、と彼女は思った。だが、そうなのだろう。あまりのことに眩暈がしそうになる。


「君が精々許されるのは、こっち。………さあ、早くして。ここにいる全員だって暇じゃないんだ。さっさと終わらせよう。」
 

未だ痛む頬から掌をゆっくりと離し、シルヴィアは伯爵の人の良さそうな笑みが浮かんだ顔と、その足とを時間をかけて見比べた。


…………これは自分のプライドの高い低いの問題ではないな、と思う。

そしてああそうか、と考えた。これが…この行為が。今行う行為と、これから行なわされる行為が、自分が兵団に求められた役目なのだと今更ながらに理解した。


壁の外も中も敵だらけだ



半日ほど前に自分が友人に対してぼやいた台詞が蘇る。


………動かずにいるシルヴィアへ向かって、クローチェ氏促すようにまた笑った。…対照的に、周りにいる従者たちは相変わらず無表情である。


「…それとも、この前誘ったことの方が良かった?」


彼の言葉によって、シルヴィアは目の前が真っ白になるような感覚に陥った。先日の屈辱が無理にでも思い出される。頭の芯が熱くなって焦げ付いてしまいそうだった。

無意識に戦慄いてしまう身体を鎮めるために、拳を強く握る。……ここで冷静を欠いてはいけないと思った。

屈辱を堪えず、矜持を示すことは容易い。だが、これは自分一人の問題では無いし…耐えることだって、きっと強さのひとつだ。

そう思わなくては、やっていけない。


(だが。許せないな…………。)


シルヴィアは、性を弄ぶ嗜好をこの世で最も軽蔑していた。生命を繋ぐ為の、気持ちを確かめ合う愛情の行為を尊重していたからだ。

……今もなお女になれずにいる…その為に故郷を失った、自分とは生涯縁がない愛の徴を。


(そんな私だから、せめて君を想い続けて生涯の貞淑を守るくらいは許して欲しいと思っていたんだ。)

(私は君の名前も知らないけれどね。君も私のことなんかとっくの昔に忘れている。それでも君を………私はね…。想って、想い続けて……本当に。たったひとりの…。)


………もう、彼と会ったのは随分と昔だった。覚えている面影とは違う姿になっているに違いない。それでも、再び相見えた時は間違わない自信があった。

生きる望みも目標も無い自分に、彼は大切なことを教えてくれた。そのことが今の自分の誇りで、人生だ。

それを裏切る行為を行うのか、と思うとシルヴィアは再び眩暈を覚えた。……今の自分の様をもし彼が見てしまったら、何を思うのだろうか。考えれば、胸の内に突き上げるような痛みが襲って来る。



シルヴィアはゆっくりと片膝をついて、伯爵の前に身を屈める。

上質な革の靴だ。何も不潔なものではない。………一瞬、ほんのひとときの、形だけの行為だ。


(あれほど、もう一度会いたいと願っていた。だが、もう会えないな。こんな私を君に見せたくなんか無いよ。)


そしてシルヴィアは瞼を下ろし、甘い匂いがする墨でよく手入れされた彼の靴へと、接吻をした。


…………時間の問題である。

生涯守り通したかったものを失うのも。

そういった風に、そういったことを自分はこの兵団に求められたのだ。


(これが…。こんなことが。)


彼、だけでは無い。エルヴィンにも会わせる顔が無い。

大切な友人が描く、人間の理想と夢が満たされたものの傍に寄り添って生きていたかった。こう言った風にしか役に立てない自分が情けなくて、悔しい。


ゆっくりと目を開くと、中途半端に伸びた自分の白い髪が視界に入ってくる。

大理石の冷たい床の上に一貫性なく畝って、散らばって。…………飢えた老人みたいで、醜い色の髪だ。心の底からそう思った。







エルヴィンは……5匹ほどの猫に集られるようにして囲まれては、彼らと共に眠るシルヴィアを見下ろしてひとつ溜め息を吐いた。

今日も今日とて真昼の宿舎室内には彼女以外の姿が見当たらなかったので、遠慮なく中へと入らせてもらえばこの有様である。


(なんだこいつ…身体からマタタビの匂いでも発しているんだろうか。)


恐らく、この毛玉たちは開け放されていた窓から侵入してきたのだろう。昔から彼女は異様に猫に好かれ犬に嫌われる性質なのだ。

しっし、とシルヴィアの腹の上や胸の辺りに寄り添って気持ちよさそうに眠る猫たちを追い払えば、彼らは実に迷惑かつ不機嫌そうにしながらエルヴィンのことを威嚇する。おまけにそこからどかない。当のシルヴィアは未だに安らかな寝息を立てている。


「シルヴィア。起きろ、もう昼だぞ。」

彼女の身体の上にいた猫を抱き上げてはどかしながら、エルヴィンは友人へと声をかけた。……どうやら起きたらしいシルヴィアが、「今日はお休みだぞお、寝てて何が悪い…」と掠れた声で辛うじて言葉を返してくる。


「それになんだ、君はいつもいつも女性用の宿舎に無断で入ってきて。スケベ野郎なのかしら。」

「スケベ野郎じゃないし無断でもない。管理人に断ってある。お前とは違うんだ。………というか、こうでもしないと起きないシルヴィアが悪いんじゃないか。」

「だから…寝てて何が悪いんだよ、このアホ君。ようやく先の壁外調査が終わってお休みになったんだろうに。」


シルヴィアはブツブツと文句を言いながらもようやく体を起こす。

寝癖なのか、髪が二房ほどあらぬ方向に跳ねていた。「伸びたな。」と呟きながら、エルヴィンはそれを直してやる。


「そろそろ切った方が良いんじゃないか。これじゃ装置を扱う時に危ないだろう。」

「うん…。私もそろそろ切る頃だとは思ってたんだけど…。」


中々寝癖が直らないので、彼女のベッドに腰掛けて何回かそこを撫で付けるようにして整える。…甲斐あってどうにかそこは元の真っ直ぐな髪質に戻るが、なんとなくそのまま彼女の髪をゆっくりと撫で続ける。


「伸ばそうかな…と思って。」

「………伸ばす?なんでまた。」


シルヴィアは、エルヴィンの掌の動きが心地良かったのか目を細めていた。

不思議そうに彼が尋ねれば、「いや…ねえ。」とゆっくりとした口調で言葉を紡ぐ。


「…………髪が短いままじゃ、女性用の礼服が似合わないだろう。社交の場でも浮いてしまう。」

「……………………。」


エルヴィンは、手の動きを止めてシルヴィアのことを見据えた。

しかし彼女はなんでもないようにしている。……まだ寝ぼけているらしく、その瞳も半分しか開いていない。


「でぇ、エルヴィン。君は今日、何の用があってここに来たんだ。」


欠伸を噛み殺しながら、シルヴィアは再度後輩へと問いかけて来た。そして自分の傍にいた痩せた小さな黒猫を抱き上げて、愛おしそうに頬ずりする。実にリラックスした様子であった。


「……………………。」


反対に、エルヴィンは言葉を失って身を固くしていた。

…………ここに来た理由。勿論、シルヴィアに会う為だ。先日同じようにこの場所で会話を交わしてからというもの、壁外調査の慌ただしさも手伝って二人きりの時間を取れずにいた。だから今日という機会を逃したくはなかったのだ。

だが…会って、何をしたいのかはよく分からなかった。

そもそもあの夜、シルヴィアの身に何があったのかすら自分は知らないのだ。彼女は話してくれない。いつも通りに明るく振舞って、なんでもない風にしている。それはエルヴィンに仄かな苛立ちを募せさせた。


「……………。まあ、でも。会いに来てくれたのは嬉しかったよ…。私も君に会いたかったしね。」

腕の中から逃れていく猫を追わずに逃がしてやりながら、シルヴィアはポツリとした口調で呟く。


そしてベッドの下へと腕を伸ばし、しばしごそごそと何かを探すようにする。

屈んだ際に、緩いシャツの襟首から骨ばった肩が覗いた。相変わらず少年のような体系をしている。

だが…自分には無い丸みがそこへ加わり始めていることに、エルヴィンはこの時初めて気が付いた。

こんなものは、知らなかった。どういう訳か彼は心の内側でざわりとしたものを感じる。


「はい、っと……。飲んでいきなよ。」


その良からぬ思考を打ち止めるように、実に暢気な様子でシルヴィアは空のグラスふたつと、薄い蜂蜜色の液体で二分の一ほどが満たされた透明なボトルを取り上げる。


「…………なんだよ、盗んで来たんじゃないぞ。私がきちんと漬けたんだ。」


グラスのうちひとつをエルヴィンへと渡しながら、彼の鈍い反応を訝しそうにしてシルヴィアは言った。


「ベッドの下に…酒を隠し持ってるのか。」

「おっとぉ…。そうだ、君は真面目で良い兵士だったなあ、忘れてたよ。見逃してくれたまえ。」


ははは、とシルヴィアは快活に笑って琥珀を薄めたような色の液体をグラスに注いでいく。

エルヴィンはひとつ溜め息を吐いては、(全く)とお馴染みの呆れた感慨を胸に抱いた。


「何を漬けたんだ。」

「檸檬だよ。好きなんだ。」


シルヴィアの女性にしては少し低い声を聞きながら、エルヴィンは渡されたものを口に含む。そして「少し変わった味だな。」と呟いた。


「……まずい?」

「いや、美味いよ。かなり。」

「そう、良かった。…リキュールに少し蜂蜜酒を混ぜて作ったんだよ。」

「なるほど。確かに甘い気がするな…。」

「いや、それは蜂蜜酒の甘さじゃないよ。白い砂糖をもらってね。せっかくだから使ってみたかったんだ。」

「白い砂糖を…?そんな高級品をどこで。」

「後は……これにミントの葉っぱでも入れたらもっと美味しいだろうね。今度飲むときは用意しておくよ…。」


エルヴィンの質問には答えず、シルヴィアは言葉を続けた。

………二人は短くない付き合いである。エルヴィンは既に、シルヴィアが敢えて特定の会話を避けていることに考えが及んでいた。


話してくれないのか、と思う。昔から何でも…とまでは言わないが、こういった時には一番に相談し合う関係だったと言うのに。


「シルヴィアは………。見かけに寄らず、料理がうまいな。」

だが、エルヴィンはひとまず友人の意思を尊重することにした。だから彼女に合わせて、なんでもない会話を差し障りなく続行させる。


「………料理って。大袈裟だね。こんなもの料理のうちに入らないよ。」

「いや…。何もこれのことだけを言ってるんじゃない。いつか作ってくれたレンズ豆の煮物も良かった。何と言うか…お袋の味のような安心感がある。」

「それは喜んでいいのかしらねえ。」

「まあ…。俺は好きだよ。」

「………………。そう。」


はは、とシルヴィアは短く笑う。それに合わせて目が細くなり、くしゃりとした表情になった。

エルヴィンはそれが好きだった。シルヴィアは飾らないでいるのが一番良い。言動が粗野で、頸がよく見えるほど髪が短くて、化粧気もなく時折男に間違えられるくらいが一番……


「次の壁外調査が終わった後も、これで一杯やりたい。また作ってくれないか。」

「うん、良いよ。壁外調査の度に…君と私のために果実酒を作ろう。そして毎度二人で乾杯をしようね。……まあ、後何回出来るかは分かんないけれど。」

「しばらくは……出来るだろう。」


そこまで言って、エルヴィンはシルヴィアの方をちら、と見た。…アルコールが回ったのか、少しだけその頬が桜色に色付いていた。唇は更に色濃い紅色をしている。

眺めれば眺めるほどに、シルヴィアの中に女を見つけてしまうようで嫌だった。異性に変わっていく彼女のことなど見ていたくもない。それが厭わしい人間の為ならば尚更だった。


「何しろ、調査兵団に回ってくる資金が随分潤沢になった。…お前のおかげでな。」


彼の発言を受けて、ガラスのコップを唇へと運んでいたシルヴィアの手の動きがゆっくりと止まる。

そして瞳だけ動かしてこちらを見た後に…深く、溜め息を吐かれた。


「…………君の勘の良さにはうんざりさせられるよ。」

「別に俺の勘が特別良いわけじゃない。色々と…噂になっているからな。」

「そうかね。」

「だが、所詮は噂だ。本当のところは分からない。………何があったか話しては、くれないのか。」


ああ、結局言ってしまったとエルヴィンは思った。

だがこれ以上腫れ物に触るようにしていても始まらないのだ。人一倍そう言ったことに潔癖なシルヴィアの性質を考えれば尚更である。

だが…然しながら。最悪の場合のことを考えたくはなかった。


シルヴィアが黙っているので、エルヴィンは自然と早口となってしまうのを留めるように気を付けながら言葉を続ける。

「あんな噂は間違っている。それを俺は皆に弁明したいんだ。だから……お前に、何があったかをちゃんと話してもらいたい。」


………しかし、シルヴィアはやはり黙っていた。

何かを考え込むようにした後、彼女は一口にコップの中身を煽る。

そして空になった器をサイドテーブルの上へ放るようにして置くと、そのままゴロリとベッドに仰向けになってしまった。


「……別に良いよ、弁明するまでもない。大体噂通りのことが真実なんだから。」


頭の後ろで掌を組みながら、シルヴィアはやはり何でもないように言う。

あまりにも自然な声色で言われるので、エルヴィンには驚く暇も与えられなかった。


「……………は?」

「何度も言わせるない。まあ、程度の違いはあるかもしれないけれどね…。」

「お前がそんなことでは仕様がない。噂はどんどんと誇張されて収拾が付かなくなっているんだぞ…?」

「だから…別に、良いよ。噂したければすれば良い。その誇張だって、いつかは現実になってしまうんだから。」

「どう言うことだ。」

「団長から、次の夜会の日付を知らされている。これからそう言う仕事はもっと増えるだろう。」

「シルヴィア、断るんだ。そんなことをする必要はない。」

「断る…?それは駄目だ。私には一度行ってしまった責任がある。…私がやらなくなっても、他の人間が結局は同じ目に合う。それでは、駄目なんだ。」

「……………………。俺が、無理に行かせてしまったからか。」

「馬鹿言うな。君がいなきゃこんな仕事とっくに断ってるし、こんな兵団だってやめてやるところだ。」


寝転がったまま、シルヴィアは組んでいた脚を組み替える。そして、「ここにはエルヴィンがいてくれるからな…。友達がいるんだ。」と続けて呟いた。話しかけると言うよりは、独り言のように。


「それに、きっと君がこの兵団をもっと良いものにしてくれるだろう?こんなスケープゴートのようなやり方が長く続く筈あるまい。私も…私で終わりにする為に働かなきゃなあ。これ以上こんな思いをさせる子を増やすのはいかんだろう…。」


エルヴィンは…寝転んでは瞼を下ろしているシルヴィアのことをじっと見下ろした。

喋る度に、白い首が呼吸に合わせて動いていた。筋張っているが、その喉は女性のものだった。

……細いのだ。身体が、全体的に。小さくも感じた。勿論女性にしては長身の部類なのだろうが。それでも、こんな…いつの間に、自分と彼女の肉体は異なるようになってしまったのだろうか。


「……………だが。やはり俺は、噂とはいえシルヴィアが悪く言われるのは嫌だよ…。」

そのままで零すようにして言えば、シルヴィアは馴染み深い素朴な笑い方をしながら、「ありがとう、君はすごく優しいなあ。」と応える。


「でも、良いよ。君みたいな、私のことを分かってくれる人にだけ分かってもらえたらそれで良い。………充分なんだ。私は…私に出来ることでこの兵団に尽くすだけだからさ…。」


でも…君は、私の味方でいてくれるよね。


そう言ってシルヴィアは頭の後ろで組んでいた掌を解いて、エルヴィンの方へと伸ばしてくる。

彼は無言でそれを取ってやった。相変わらず体温が低い。思わずこちらの肌が粟立った。


「ああ………。」


冷たさに耐えて、エルヴィンは彼女の掌を握った。


「それは勿論約束する。だから…シルヴィアも、俺のことを裏切ってくれるなよ…。」


その白い指を握る力を強くしながら、一言ずつを言い聞かせるようにして、ゆっくりと言った。


「そんなの当たり前じゃないか。友達を裏切るくらいなら、真冬に全裸で運河にダイヴして死んでやる。」

シルヴィアはまた、はは、と笑った。

エルヴィンは良かった、と胸を撫で下ろす。その笑い方はまだ少年らしいそれだった。

だが、これも近いうちに変化してしまうのだろうか。いや…そうに違いない。シルヴィアは一度決めたら確実にその方向へと距離を詰めて行ってしまう性質の女だ。


「……社交界で、良い玉の輿相手がいても乗り換えるなよ。」

「乗り換えるわけなかろぉ。私は昔っから愛しい君一筋だぞ。」

「またそういう調子の良いことを言う。」

「ははは……。でも、まあ安心してくれて構わない。もう私は、誰のことも恋人になんてしないさ。」

「そんなことは分からないだろう。」

「いや、分かる。私は絶対に誰のことも好きにはならないし愛さないよ。相手のことを思えば、そんな無責任なことが出来るわけないだろう…。」


昔からずっと…そう言う運命だったんだ。今回つくづく思い知ったよ。


………そう言ったシルヴィアの声には、少しの弱々しさが混ざっていた。

そして…エルヴィンの掌を握り返してくる。その力は徐々に強くなった。

不安なのか、と思う。年上面して偉そうにしている癖に、いつも自分に頼ってばかりで本当に仕様がない人間である。


(でも…それで良い。これからも頼りにしろよ。決して、一人で……。…………………。)


…………それだけが、不安だった。

だからエルヴィンは空いている方の掌で、ただただシルヴィアの銀色の髪を撫でる。窓からの光を受けて淡く光る髪は、宝石を糸にしたようで綺麗だと、素直に思った。



リクエストBOXより、調査兵団への入りたての出来事をエルヴィンさんとお願いします。で書かせて頂きました。
素敵なネタをどうもありがとうございます。



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