銀色の水平線 | ナノ
◇ エレンとリヴァイ班、苦手なあの人 前編

初めて彼女を見たのは、鉄格子越しだった。

鍵を持つエルヴィン団長の傍らに立ち、淡く微笑みを浮かべながらこちらを見るその人の印象は....ただ、綺麗な人....それだけだった。







次にその人を見たのは審議所だった。

どんなに場が白熱しても決して美しい微笑みを崩さないその様に、何故か不気味さを感じた。

その唇がひとたび言葉を発すると、空気がしんしんと冷え込んでいく。

陶磁器人形の様な白い横顔を見つめていると、小さく肌が粟立つのが分かった。







審議が終わった後....またしてもエルヴィン団長の傍らに立って微笑む彼女と、初めて目が合った。


瞬間、ぞわりとした悪寒が体を駆け抜けていく。

底が見えない淵を覗き込む様な不安感.....。


理由は分からない。でも....今はあれだけ痛めつけられたリヴァイ兵長よりも....彼女の方が怖かった。

それだけ、その存在は....自分の中で全く分からない....未知、異常、恐怖.....そのものだったのだ...。



そう、オレはシルヴィア副長の事が苦手だった。







「......シルヴィア副団長って....どういう人なんですか....」

古城の掃除をしていた時、オレはリヴァイ班の面々に尋ねた。

何てこと無い疑問を口にしたつもりだったが、何故か全員しょっぱいものを見る様な目を向けてくる。


「聞かれると思ったわよ」
その反応に疑問符を浮かべていると、ペトラさんが困った様に微笑んだ。

「え?それはどういう.....」

「男性の新兵の子に必ず一度は聞かれるのよ、それ。」

「.....エレン、あまり顔に騙されるなよ...あの人、内面はただのものぐさ屋だからな。」
グンタさんは何か嫌な事を思い出しているらしい。眉間に皺が寄っている。

「シルヴィア副長は顔だけは綺麗だからな。まあ男なら気になって当然だ。」
エルドさんも苦い笑いを顔に浮かべていた。

「はぁ....あんなんでも入団した直後は憧れの美人上官だったんだぜ?」

「あらオルオ、私は今の彼女もかなり好きよ。」

「.....お前の好みは分からねえな...」

「いや、オレ...そういうつもりじゃなくて.....」
オレは生温かい視線を送られる場の空気に反論する様に発言する。

「.....違うんです....。何かオレ....シルヴィア副長の事、怖くて....」

語尾がどんどん消えていく。今更ながら失礼な事を言っている気がして来たのだ。

「怖い?何でまた」
エルドさんが意外そうに聞き返す。

「あの人....いつも笑っているし....何考えてるかわからないというか....」

「十中八九仕事をサボる事しか考えていないと思うぞ」
オルオさんが口を挟む。

「.....何で笑っていられるんでしょう....こんな時に....」

彼女の微笑をもう一度思い浮かべる。やはり皮膚が粟立つのが分かった。

「オレ....シルヴィア副長が苦手です....」

「エレン!」

ペトラさんの声でハッと我に返る。

しまった、と思った。

仮にも自分は調査兵団に入り立ての新兵だ。それなのに上官に対してなんて言葉を....

皆の顔を見回しても青い顔をしている。やってしまった....と後悔の念が胸の内に押し寄せた。


「エレンよ....シルヴィア副長に言いたいことが色々あるみたいだが....」

オルオさんが言葉を絞り出す。

「とりあえず、後ろに居る本人に直接言ってみたらどうだ?」


え?


その言葉に、岩を飲み込んだ様な気持ちになった。

オルオさんが指差す方...つまり、自分の背後へと最高に重たい気分で首を回す。

ぎぎぎ...という首の間接が擦れる音がいやに頭の中に響いた。

視線の先には....当たり前だが予想通りの.....



「やあエレン。調子はどうかな」


銀の髪、白い肌、色素の薄い瞳....瞳孔ばかりが黒く、こちらを捕えている.....


「名乗るのは初めてだよね....私はシルヴィア。副団長をしている。」


手を差し出されたのでほとんど機械的にそれを握る。ぞっとする程冷たい掌だった。


「よろしくね」


そう言って例の微笑みを浮かべる彼女は.....やはり綺麗で、どうしようもなく不気味だった。




「シルヴィア副長!どうしてここに....」

ペトラさんがシルヴィア副長の元に駆け寄る。

彼女はそれに応える様にその頭をそっと撫でた。

「...最近の調子はどう?」

「えっと....良好です....。」
ペトラさんは少し照れくさそうにそれを甘受する。

「それは良かった...エレンと仲良くね...」

「副長...仕事はちゃんと終わったんですか?」

「グンタ君か....ふふん、教えてあげない」

「......終わっていないんですね」

「決めつけは良く無いなあ。」
そう言いながらシルヴィア副長はハンカチを取り出して彼の頬の辺りをそっと拭う。

「えっ.....あの、何を....」

「お掃除ご苦労だね。ついてたよ」

自分の頬の辺りをとんとんと指差しながら彼女は言った。

「で、副長は何故ここに?」
エルドさんが改めて尋ねた。

「差し入れを持って来たんだよ。テーブルの上に置いておいたから皆で食べてくれ」

「ありがとうございます!今回は何ですか?」
ペトラさんが嬉しそうに持っていた箒を握りしめながら聞く。こうして見ると年相応の少女の様だ。

「ただのパウンドケーキだよ。大した物じゃない」
この食糧難がどうにかなればね...とシルヴィア副長は困った様に笑う。

「エルド君は....最近どう?君に追いかけ回されないとなんだか毎日が物足りないよ」

「.....追いかけ回させないで頂きたい」

「ふふん、真面目な君のささやかな息抜きにと思って」

「いらんお世話です」

「まあ、元気そうで何より」

憎まれ口を叩いてはいるが彼はどこか楽しそうだ。その肩をぽんと叩いてシルヴィア副長も淡く笑う。

そうして次に彼女はオルオさんに声をかけた。

「オルオ君、君に会えなくて寂しかったよ」

「また心にも無い事を....」

「本当だよ。私を信じてくれ」
シルヴィア副長はそう言いながら彼のスカーフの歪みをそっと直してやった。

「うん、男前が上がったぞ。」
綺麗に整えられたスカーフを見て彼女は満足そうに笑う。

「............。」


固まるオルオさんを見つめながらペトラさんは小声で「案外今でも憧れの美人上官なのかもね」と話しかけてきた。





その後、リヴァイ兵長を含めて皆で、休憩がてらシルヴィア副長が焼いてきたケーキを食べたが....オレはどうしても、彼女が作ったものを食べる事ができなかった。


やはりオレは彼女が苦手だった。


......それどころか、話した事によって、彼女から感じる底の知れない不気味さを更に多く感じる様になった気がする。

先程の皆とのやりとりから、シルヴィア副長が良い人だというのは分かった筈なのだが.....



手つかずのオレの手元を見て、シルヴィア副長は「甘いものは苦手だったかな....」と、ただ優しく微笑むのだった....







「エルヴィン、私はどうもエレン君に嫌われてしまった様だよ」

団長室の窓から外をぼんやりと眺めながらシルヴィアが言う。

「......何かしたのかい?君が新兵に嫌われるとは珍しいな。いつも大人気じゃないか」

エルヴィンは書類から目線を上げずに言葉を返した。

「.....まぁその人気も私の内面が知れた途端急降下するんだがな.....
何もしてないよ。恐らく彼は....最初会った時から私にあまり良い印象を抱いていない。」

シルヴィアは自分の書類の中からできるだけ綺麗なものを選び、紙飛行機を作って外へと飛ばした。

青空の中でその白さはよく栄えて、日の光を浴びて輝いて見える。

「良い天気だな.....」
いつの間にか隣に立っていたエルヴィンが静かに呟いた。

「そうだなぁ....こういうのを平和と言うのかもしれない....」
シルヴィアもゆっくりと目を伏せてその日の光を甘受した。

「......平和か。我々にはほど遠い言葉だな」
エルヴィンはそっと彼女の銀髪の一房を指先に絡める。

日の光を充分に吸収したそれは温かく、きらきらと銀糸の様に光を放っていた。

「そうかな...意外と身近に転がっているものだと思うぞ、平和なんてものは」

シルヴィアは少しくすぐったそうに目を閉じたまま笑う。

エルヴィンはそんな彼女の反応に満足そうに口角を上げた。

「.....そういうものなのか?」

「そういうものだよ....。きっとね....。」

そう言いながらシルヴィアはゆっくりと目を開く。

先程飛ばした紙飛行機の姿はもうどこにも見当たらなかった。


「エルヴィン、エレンの事でひとつ気になる事があるんだ。」

「......何かな」


「それは........」



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