銀色の水平線 | ナノ
◇ エルヴィンと飲む おまけ編

「おい」


…………翌朝、リヴァイがほぼドアを蹴破る勢いでシルヴィアの寝室へとやってきた。

部屋の主は起きていたらしく椅子に腰掛けては「フロイラインの寝室に無断で入るとは紳士の風上にも置けない」と彼を迎えてやった。


「三十路越えはフロイラインじゃねえ」

「言ったなあ。」

「………酒臭えな。」

「うん、久々に飲んだ。」

「一人で……か」

「いや、エルヴィンとね。」


そう呟いた彼女へと乱雑に上着が放られた。受け止めると「とっとと着ろ」と非常に愛想なくリヴァイが呟く。


「………君がここに来るのは珍しいね、何か用事かしら」

言われたとおりに着ながらシルヴィアは尋ねた。……リヴァイは黙っている。



彼女はその様子をあまり気にせずに彼の傍まで歩み、「ねえ、見ておくれよ」と目を細めて笑った。何やら上機嫌である。

促されてシルヴィアの手の内をリヴァイが見下ろすと、何やら平たいものを持っている。小さめの絵画だった。

………そうしてなにが描かれているかは一目で分かる。「ナルシストか」とリヴァイは呟いた。


「描いたのは私じゃないよ。」


シルヴィアは肩をちょっと竦めて応える。「私の昔の部下が描いてくれたんだ」そうして続けた。


「………描きかけじゃねえか。」

「そうだね。でも多分顔の部分は完成してるんじゃないかな。……襟とかのあたりはざっくりした感じだけど。
割と美人じゃないか。繁々と見てしまうよ」

「やっぱりナルシストじゃねえか」

「そう言ってくれるない。……良い絵だもの。」


シルヴィアは苦笑してからもう一度絵画を見下ろした。透明感のある暗い画面である。光沢があって肌の色が繊細に描かれていた。


「でも、自分の顔の絵ってやつは中々困る。部屋にあると照れ臭い」

だからね……今更だけれどこれをどうしようか悩んでるのよ、かといって布かけて放置しておくのも勿体ない気がして……とシルヴィアはぶつぶつと呟いた。


「そうだリヴァイ君。なんなら君にあげちゃおうか」

「………ああ、構わねえよ」

「えっ」


てっきりにべもなく一蹴されると考えていた要求に対して当たり前のように快い回答が返って来たので、彼女は非常に驚いた様子だった。


「なんだその顔。てめえが言い出したことじゃねえか」

「いや……それはそうだけど。」


リヴァイはひったくるようにキャンバスをシルヴィアから奪い去る。

そうして「あと十分で始業だ。二日酔いで休むとか抜かしやがったらころすぞ」と念押してからあっという間に部屋を後にしてしまった。


「…………脅しがストレートすぎるよ」


ぽかんとしてそれを見送った後、シルヴィアは呟く。

それから、なんだか堪らず笑った。


「あの絵が……。リヴァイのものになるとはねえ。」


不思議な気持ちがするよ、と足下にすり寄って来た黒い毛玉を抱き上げて朗らかに言う。

猫は不機嫌なようで、むっつりとして彼女の胸の中に収まった。


(そういえば……奴はなんの用事でここに来たんだろ)


首をひねりつつ……ころされてしまうのは嫌なので、シルヴィアはぼちぼちと本日の業務の為に準備を始めた。

今日は、早速例の深青のタイをしてみるとしよう。







リヴァイは小脇に絵画を抱えて……ひとつ溜め息をする。


何と言うか、非常に出し抜かれた気分だった。


(付き合っているわけじゃ……ねんだよな。)


エルヴィンとシルヴィアの睦まじい関係は嫌というほど目の当たりにしている。……だが、双方友情以上の気持ちは無いと言う。

それでも嫌なものは嫌だった。


(……………。)


リヴァイは一旦自室に戻ると例の絵画と共に……胸元から取り出した小さな箱を机の上に置く。

………が、思い直して箱の方だけ屑篭に捨てた。舌打ちをひとつ。自分自身がどうしようもなく幼稚だと、つくづく思い知ってしまう。


絵画の中のシルヴィアは、こちらを向いて笑っている。

持ち上げて目の高さを同じにするが、妙なことにどう頑張っても視線は合わなかった。銀色の瞳はどこか遠くの景色を眺めていた。


額を、軽くそれに寄せる。

乾いた絵具の質感が触った。目を閉じて、大きな溜め息をする。やりきれなくて仕様が無かった。



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