銀色の水平線 | ナノ
◇ ハンジとナナバと散歩する 結編

少し寒そうにしていたシルヴィアの肩に、ナナバは自身がしていたマフラーをそっとかけてやった。


彼女は驚きながらも「ありがとう」とはにかむ。

それを眺めていたハンジがおもむろに眼鏡を外した。

……その心理を察してシルヴィアが「いや、目元は寒くないからかけてなさい」と苦笑する。

ハンジは少し残念そうにした。


辺りには冬の気配が色濃くしていた。冷たい外気は三人の体にそっと触れては離れていく。

考えてみれば…シルヴィアにとってゆっくりと散歩をするのは久々の行為だった。

風に吹かれてさわさわ揺れている草の感覚が懐かしい。まるで酔った心地のようにぼんやりとした。

そんな気持ち良さの中、胸の内が清々しいものに変わっていくのをじんわりと感じる。



「冬だね。好きな季節だ」

シルヴィアの呟きに、ナナバが「じゃあ嫌いな季節は」と尋ねた。


「無いねえ……。でも雪はあまり好きじゃない」

「矛盾してるね。」

「壁外調査のときに降られると視界が最悪じゃないのよ。こういうからっとした天気が一番良い」


シルヴィアが首の角度だけ変えてナナバを見上げながら言うので、それもそうだ、と穏やかに応えてやる。


「ああ……でも本当に冬だなあ。匂いが違うね。」

瞳を軽く閉じて、彼女は同じことを囁いた。


「そうだね、冬なんだよ…」

後ろからナナバがその囁きを拾ってやる。

……二人の会話はどこにも着地をしないことが多い。しかし絶妙に緩い言葉の連なりがシルヴィアは好きだった。


「季節は移り変わるし君の傷だって治るんだよ。
悲しい事ばかりじゃなく、嬉しい事だっていずれ向こうからやってくるさ……」


そうして欲しい言葉を的確に与えてくれるのは流石ナナバだと考える。

これは……モテてしまうのも納得がいくというものだ。


「冬はあったかいものが食べたくなるなあ…。また何か作ってよ、シルヴィア」

ハンジはどうやらお腹が減ったようである。それか実のない二人の会話に退屈したのか。


「そうだね、いいとも。君たちにはお世話になったもの……体の自由が効く様になったらなんでも作るよ」

無邪気に話かけてくるハンジにつられてシルヴィアは目を細めた。


「本当!?私は……そうだね、きのこのスープがまた食べたいなあ。パンと沢山バターを用意してね」

「良いけれど…。君はいつも遠慮なくバターを使い過ぎる。身体を悪くするよ」

「冬は脂肪が必要なんだよ。あっ、シルヴィアも必要だね!主に胸に!!」

「ナナバ頼むからそいつを殴ってくれ」


シルヴィアの要求に応えてナナバは軽くハンジの頭を小突く。

あまり痛くなかったらしく、ハンジは「きゃー」とふざけた反応をした。


「私は…そうだね。料理も良いけどやっぱりシルヴィアの作る甘いものが好きだな。
また林檎で何か作れない?」

「うん…じゃあタルトにしよう。というか、それなら一回三人で夕食をしよう。私の部屋でね……
その時に二つとも作らせてもらうよ」

「ああ、いいねぇ!何、こういうの……女子会っていうのかな?」

「…………。女子、で合ってるのかな?」

「あっそうか!流石にシルヴィアを女子と言うには無理がっ」

「お、流石シルヴィア。車椅子の上からでも見事な突きだね」



それから夕暮れへと近付く空の下で、取り留めの無い話をしながら三人で歩いた。

どこからか雪の香りがする。………この匂いを感じる度にシルヴィアは少し辛かった。

しかし、優しい香りでもある。それがまた余計に嫌だった。



ナナバが言うように、季節は巡るのだろう。全てのものが変化を受け入れながら生きている。どんなに小さなものも大きなものも。

しかし……時々それについて行けない時がシルヴィアにはあった。


それは自分が古いタイプの人間だからかもしれない。いくら若作りしても、もうそれなりの年なのだ。


だが、どんなに時が過ぎ去っても忘れたくないものがある。忘れられないものだってある。

例え取り残される形になろうとも……そこに留まり続ける事が生き方で誇りなのだろう。

それを変えられるほど若くは無い。私の時間は止まったままだ。もうずっと何年も前から。



青黄色に染められた夕空の地平近い所には、一つ浮いた旗雲が入り日の桃色に静かに照り映えている。

シルヴィアは緩くかぶりを振ってから、表情にできた陰りを打ち消すために斜陽の光に顔を向けて弱く、笑った。







…………真夜中。気配がして、シルヴィアはゆっくりと意識を暗闇の病室に浮上させた。

誰かがベッドの脇に立っている。花の匂いが色濃くした。ペトラが生けてくれた山茶花だ。


「…………シルヴィア。起きてる?」


人影が囁く。シルヴィアはちょうどその方に背を向ける形で寝ていた。

身体は動かさずに、「うん、今起きたよ」と返事をする。


「……………。」

「……………。」


二人は黙っていた。

やがて……シルヴィアのベッドが緩やかに軋んだ。……受け入れて、それが収まる場所を作ってやった。

肩に遠慮がちに触ってから、ハンジは「やっぱり……痩せたよ、シルヴィア」と呟く。


その腕は肩から彼女の身体の前へ、やがてもう片方も、背中からしっかりと抱かれてシルヴィアはハンジの胸の内に収まった。

自身を包んで繋がれていたハンジの手の甲に軽く触れてやり、「……よしよし」と自然とあやすような口調になる。


そのままで時は経過した。

初めてのことでも無かったので、シルヴィアは驚かずにそのままでいた。自室にいるときではなく、病室にまで尋ねてくるとは思わなかったが。


(いや…………)


ここにいるからこそか


シルヴィアはゆっくりと身体をハンジの方へと向き直した。

………寝ているときに眼鏡をするのはしんどそうだと思って外してやり、花瓶が置かれたサイドテーブルに乗せる。



「ねえシルヴィア」


ハンジはシルヴィアの胸に顔を埋めて名前だけ呼んだ。相槌を打って続きを待つ。


「どこにも行っちゃ嫌だよ」


それだけ零して、ハンジはシルヴィアを抱き締める力を強くする。

昼の元気さとは打って変わってとても優しい抱擁だった。


シルヴィアは抱き締め返して、その背中をとんとんと叩く。


「どこにも行かないよ……。私はここが好きだもの。」


返事は無くて、辺りはしんとしていた。

そうして今更ながら、シルヴィアはハンジに謝った。「ごめん」と短く。


相変わらずハンジは無反応だった。

………寝たのか。普段睡眠が少な過ぎるから寝付きは良いんだ。

自分の世界に没頭しすぎて自己管理がなっていない。その癖して時々どうしようもなく寂しいらしい。


「ほんと……大きな子供だね」


よしよし、と背中を撫でてやりながら、シルヴィアは呟く。


まだ死ねないな、と思った。

憎まれ役もお守役も、まだまだ私の役目だ。



しゃけ様のリクエストより。
ハンジさんとナナバさん性別不明コンビとほのぼので書かせて頂きました。



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