銀色の水平線 | ナノ
◇ リヴァイとおはよう、おやすみ 後編

シルヴィアが自身の部屋へと帰ると、室内…奥の方に人の気配を感じる。

誰か来ているのかと思いながら、彼女はのんびりとした足取りで細長く様々なもので溢れ返った通路を歩いた。


突き当たって開けた空間に出ると、そこにいたのは見慣れた兵士長である。

シルヴィアは上機嫌で「ただいま、リヴァイ」と挨拶した。


「…………ああ。」


大きな窓から澄んだ光を受けていた彼は、少しの溜めを取ってから返事をする。


「何か用事かしら」

「いや……用事というほどでは」

「そう?ついでだしお茶でもしていけば良い。ピクシス爺さんからお土産をもらっているから…」


シルヴィアはそう言ってジャケットを脱ぎながらその場を横切って、一度寝室に入ろうとした。

しかしリヴァイが「おい、ちょっと待て」と彼女を引き止める。


言葉に従ってシルヴィアは彼の方へとやってきた。

リヴァイは……非常にためらいながらも、「お前……何か俺に変化は感じないか」と尋ねる。


「………………。大きく……なったなあ?」


遅れて来た反抗期ならぬ成長期か…とシルヴィアは繁々と自分より高い位置にあるリヴァイの顔を見上げた。


「大方ハンジに何かされたんでしょう。
あれは本当にどうしようもないことばかり仕出かして…困ってしまう。」


彼女はおかしそうにしながらリヴァイの頭の上に手を伸ばす。

自身との身長差…普段とは逆の…を楽しんでいるようだった。


リヴァイはシルヴィアの掌を掴んでやめろ、と軽く去なした。


…………彼女のことを見下ろすのは少し不思議な気分がする。

無邪気にこちらを覗き込んでくるその姿を本当に初めて、ほんの少し


「何か思うところは無いか」


掌を握ってやったままで尋ねた。

シルヴィアは相変わらずの笑顔で「頭にものをぶつけないように気をつけてね」と呑気にのたまう。


…………どうも。ハンジによる、そして自身の目論みは功を成さなかった様だ。思わず溜め息を吐いてしまう。


「ああでも……こんなことは滅多に無いし、ひとつお願いが。」


彼女はリヴァイの手を握り返しながら目を細めた。穏やかな表情である。

そうしてそろりと彼の掌を自身の頭上へと促した。


……意を汲み取って撫でてやる。ぽん、と軽く叩いた後で銀色の髪を梳くように。

一層嬉しそうな表情になって、シルヴィアは小さく声をあげて笑っていた。

笑い声の合間に「ああ……これは良いな。すごく良いよ。」と漏らしながら。


黙ってリヴァイがシルヴィアの頭を撫で続けると、徐々に彼女の無機質に白い頬にじんわりとした朱が滲んでくる。

何がそこまでおかしいのか、彼女はずっと少女のように…くすくすと堪らなさそうにしていた。







「………………まだ寝ないのか」


夜。なんとはなしに今晩もリヴァイはシルヴィアの部屋に泊まることになった。

同じベッドの中、もうすっかり横になっている彼に対して彼女は半身を起こして本を読んでいる。

ランプの光に点々と縫われた輪郭がそろりと崩れてリヴァイの方を向いた。


「ごめん。眩しかったかな」


ランプの光を弱めようとそちらに手を伸ばすので、リヴァイは「いや…」と応える。

そのままで良い、と零して少し離れてしまったシルヴィアの身体を傍に戻した。

……読んでいる本は字が細かい。辺りも薄暗かったので、ちらと見ただけでは内容をよくは理解出来なかった。


「何の本を読んでいる。」


なので聞いてみた。シルヴィアは視線を文書に落としながら「うん…」と軽く相槌する。


「魚の…飼育方法について。」

「また何か飼うのか」


リヴァイの少し呆れた感想に、シルヴィアは淡く笑った。

少しの静寂が夜陰の内に沈む。時計の秒針の音がこっくりこっくりと規則正しくその間を埋めていった。


「………これはアルミンに聞いた話なんだけどね」


内緒だよ、と付け加えながら彼女はページを一枚捲る。

…図解が登場した。滲んだインクで印刷された魚が文字の隙間で泳いでいる。


「壁外のとある場所には、塩水の巨大な溜まり場があるらしい。」

生半可な大きさでは無く、この壁内より遥かに巨大なものだそうな。とシルヴィアは紙の上の小さな魚をつつく。


「そこには様々な魚が泳いでいて…中には全長が30mを越すものもある……と。」

実にロマンティックだよなあ。とシルヴィアはうっとりとした表情になった。


「…………飼うのか。30mの魚を。」

「ああ、飼うねえ。」

「………………。」

「そんな顔してくれるない、流石に冗談だ。」


シルヴィアはそこで読んでいたものをぱたりと閉じてリヴァイの方を見た。

そのままサイドテーブルに本を置くので…寝るのかと思ったが、何故かランプの灯は落とさずに彼の方をじっと眺め続ける。


「なんだよ………」

軽く眉間に皺を寄せてリヴァイは尋ねた。

彼女の唇には相変わらずいつもの不思議な笑みが描かれている。


「いや…戻って良かったなあと思って。」

背のこと。と言って、シルヴィアは自然な動作でリヴァイの頭を撫でようとした。


彼は些かの不機嫌を覚えるが、させるままにしておく。

やんわりと優しく触れてもらえるのは嫌いでは無かった。


………リヴァイの機嫌が悪くなったのを察した彼女は、「自分の背丈に不満があるのかな」と尋ねる。


「困ることは……無くもない。」

「ふうん」

「……届きそうな場所に掌が至らないのは正直腹が立つ。」


シルヴィアが小さく吹き出すので、リヴァイは思いっきり睨みをきかせてやった。

彼女は「おおこわい」と全く怖く無さそうに言う。


「でもそれなら……届く人間に頼めば良いんじゃないのかな。ミケとかエルヴィンとかデカい子にね。」

「そういう問題じゃねえんだよ」

「そうかね。君はとても好かれているんだから…きっと皆喜んで助けてくれると思うけれど」


シルヴィアはリヴァイの頭髪から指を離して、ゆっくりと毛布の中に収まる。

それに合わせて目線も下りて同じ高さになった。彼女は近くなった距離をこそばゆそうに、少し頬を染める。


「そもそも…お前がデカいのが悪い」

「女性に向かってデカいとは失礼な。」

「事実だろ。今うちの兵団の女で一番の巨人で奇行種じゃねえのか」

「奇行種はハンジだよ……。
ああでも104期の新入りにも大きい女の子がいたね。ちょっとワルっぽい顔立ちだけど中々の美」


突然にシルヴィアの発言は途切れた。

その薄い色をした寝間着の襟首が乱雑に掴まれて、近かった距離が更に詰められている。


「………………急過ぎる。すごくびっくりするから先にすると宣言して欲しい」


額と額が軽く触れるほどの近さで、彼女は囁いた。

眉をしかめ、しかし心から驚いた様で少し目尻が滲んでいる。


リヴァイもまた低い声で「宣言すると嫌がるだろ、お前」と返した。


「………いちいち屈ませるのが面倒なんだよ」

「そのたんびに私のお気に入りのタイを引っ張るのはやめて頂きたい…」

「あんな掴みやすいもん首に下げてるのが悪い」


シルヴィアはふうと気を抜く様に目を伏せた。

安心しているらしい。……それが分かって、リヴァイは素直に嬉しかった。


「言ってくれれば…屈むよ。」

君は昔から少しせっかちが過ぎる、とシルヴィアは呟く。


「それに私は今の君が好きだよ。……とても…」


彼女のぽつりとした言葉を聞き届けて、リヴァイはゆっくりと目を閉じた。

………何だか自分ばかりが俗らしい気持ちがして、少し気まずい。


(確かに焦り過ぎたか)


そう思い直して反省をした。

いつかの時を思えば…今は幸福過ぎるほどである。それを忘れていた。


やがてすぐ傍だったシルヴィアの気配が遠ざかり、瞼の裏に届いていた微かな光も途絶える。

ランプの灯を落としたらしい彼女は、リヴァイが求める前にまた近くに戻って来た。


身じろいで腕の中に収まってくる。大きな猫を抱えている気分で、軽く背中を撫でてやった。


「……リヴァイ」


名前を呼ばれる。応えずに耳だけ傾けた。


「明日の朝…少し散歩をしよう。
ちょっと寒いけれど、この季節は空気が澄んでいて気持ちが良い。」


微睡む意識の中で高くも低くもないシルヴィアの声は心地良い。

その時に自分は何と言ったのだろう。もう、よく分からなくなっていた。


「おやすみ…リヴァイ。」


しかし、短い挨拶と共にしっとりとしたものを唇に感じる。



………馬鹿が。と思う。

こういうことはきちんと起きているときにして欲しい。

心からそう思った。



ねっしー様のリクエストより
リヴァイがハンジの薬とかで大きくなるで書かせて頂きました。



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