銀色の水平線 | ナノ
◇ リヴァイとおはよう、おやすみ 中編

ピクシスは、ひとつ溜め息を吐く。

シルヴィアは「人の顔を見て溜め息しないで頂きたい」と足を組み直して言った。


「はー…何が悲しくて真っ昼間から白髪の婆さんと茶をしばかなくてはならんのだ」

「貴方が呼んだんでしょうが」

「これが美女なら大歓迎なんだが」

「おや美女で無くて失礼」

「お主もちょっと前までは良い女じゃったのになー…年月って恐ろしい」

「ぶちますよ」


シルヴィアはず、と配された紅茶を一口飲んだ。


「のどぼとけ」

「やめてワシ死んじゃう」


ピクシスは場を仕切り直す様にひとつ咳払いをする。

そうして「だがそんな婆さんにも需要が無いことはないらしい」と薄く笑った。


「…………見合いならしません」

「良い加減その真っ黒な腹を括らんか」

「いえ…私好きな人がいますから」


何でも無いような彼女の発言に、ピクシスは一瞬言葉を失う。

応接室の中に閑とした空気が漂った。シルヴィアがその合間に「この紅茶薄いですね」と不満げに漏らす。


「……………。それは、一体どういう。」

やがてピクシスは重々しく口を開いた。


「だから薄いんですよ。毎回毎回思いますがよくこんな色水みたいな「そんなことはどうでも良い」

「良くないです。そもそも紅茶というものは「そんなことはどうでも良いんじゃあ!」

「………………はい。」


ピクシスの剣幕に、シルヴィアも驚いて大人しくなる。


「好きな人……?あれじゃろ。女ってオチじゃ。」

「まあ同性で好きな人間は沢山いますが、私はそっちの気はありません。」

「………そもそもお主、今ここで発言をするに当たって…好きという単語が持つ意味は分かっているのか」


シルヴィアは失礼な。と言って片眉を軽く上げた。


「一人の愛する人間を指しています。その上で改めて言わせて頂くと…」


白いカップが彼女の手の内からソーサーの上に戻っていく。

かちゃりと軽快な音と共にあるべき場所にそれが収まったのを確認すると、シルヴィアは今一度ピクシスの方をじっと見た。


「私にはお付き合いをしている人がいます。彼のことが好きです。」


辺りにはまた…水を打った静けさが広がる。

室外のみがいつものように騒がしく、男女の入り交じった声がしていた。


……ピクシスはかぶりを緩く振ってから…ふ、と笑う。


「そうか……。今朝は良い夢が見れたようじゃのう」

「ぶちますよ」


シルヴィアは再びカップをソーサーから持ち上げ、中身を飲んだ。


「みぞおち」

「ひええ」


その言葉が真実味を孕んできたことに危険を感じたピクシスは、彼女を宥める様に掌で仕草する。

シルヴィアは鋭く細めた視線で彼のことを眺めていたが…やがて表情を緩めて小さく笑った。

つられてピクシスも微笑する。何だか愉快な気分だった。


「………しかし。どう言った風の吹き回しなんじゃ?今までの鋼鉄の処女ぶりはどこへ」

「まあ私もそろそろ焼きが回ったんでしょうかね…」

あと…その例えやめて下さい。とシルヴィアは付け加える。


「今まで、とても恐れていたものが些細だと分かったんですよ。……教えてもらいました。」

「そうか。」

「どうやら愛にも色々な形があるようですね……。私は知らなかった。
そうして私は彼と一緒にいたいのです。」


彼女はカップの中身を最後まで飲み干して、ほうとひとつ息を吐いた。

文句を言っていた割には美味しそうに紅茶を飲む人間だな、とピクシスは思う。


「…………と言う訳で見合いの話は受けないで頂きたい。これからはお相手に会うことも致しかねる。」


少し伏せた睫毛が日の光を浴びて白く半透明に光った。

…………あの地域の人間独特の容姿である。厳しい冬に絶えるうちに身体の内にまで雪が忍んでいったような。


「用事がこれだけならば今日はおいとますよ。美女で無い婆のお相手ご苦労様でした。」


シルヴィアは悪戯っぽく片目を閉じてからゆっくりと腰を上げる。

ピクシスはそのままで彼女を見送った。


…………そうして歩き出したシルヴィアの背中に、「いや。」と小さく声をかける。応えて歩みは止まった。


「訂正しておこう。お主は今もそれなりに、イける。」

「まあたまたご冗談を」


彼女は振り向かずに扉の向こうへと消えていった。

しかし嬉しくない訳では無いのだろう。それはピクシスにも何となく分かった。



「…………………。」


一人になった応接室で、ピクシスは向かいの空の座席を眺めた。

………本日は晴天である。窓の外には白い鳥が泳ぐ様に数羽飛んでいた。


「最も大いなるものは……、愛と。」


呟いてから口髭を撫でる。

どうにもこそばゆい気分がして彼は人知れず低く、笑った。







「……………で。」


ハンジが何事かの記録を細かくしていたノートからようやく顔を上げて、リヴァイのことを見た。

その表情には若干うんざりとしたものが浮かんでいる。


「何の用なのさ。さっきからお腹痛そうな顔してうろうろして。」

「……別に腹は痛くねえよ」


リヴァイはいつもの仏頂面のままでそれに大真面目で応えた。


「じゃ何よ。私はエスパーじゃないから君の面倒くさい思考は言ってくれないと理解できない。」

「…………………、…………。」


ハンジが彼に言葉を促すが、リヴァイは重々しい口を閉じたままである。

…………そのままで少しの時が経過した。


「お前から見て……」


ようやく彼が口を開く頃には、ハンジの頭の中は既に自身の研究でいっぱいになっていた。

気を取り直すようにハッとしてその方を向いてやる。


「……お前から見て、あいつはどう思う」

「ああ……5m級でありながら中々俊敏な動きをしていたね。食べて来た人間の質の違いかな」

「違えよこのクソ」

「人間なんて一皮向けば誰だってクソだらけじゃない」


リヴァイは深い皺が刻まれた眉間を軽く揉んだ。

…………本当にこいつは察するということを全く持ってしてくれない。


「あいつのことだ。……シルヴィア。」

「ええ?面倒くさいお節介おばさん。」

「だから違えよこのクッソ野郎」


リヴァイは悪態を弱く吐く。現在は怒りを行動で表現できる余裕も然程無かった。


「…………どうにも。男と思われていない節がある。」

「そりゃシルヴィアの目が節穴なんじゃない……。リヴァイみたいな女いたら怖い」

「…………………。」


相談相手を間違えた。リヴァイは確信をした。

しかし…もうどうしようもないので話すことにする。

……自身の心配事を。かなり回りくどくではあったが。


聞き終えて、ハンジは座ったままで大爆笑してしまった。

流石に腹が立ったリヴァイはぼさぼさと整わないその頭を一発拳骨で殴る。良い音がした。


「じゃあ……何さ。要はリヴァイはシルヴィアと助平なことがしたいんだ。」


全く懲りていないらしい言葉にリヴァイは再度拳骨を握りしめる。

その気配に焦ったハンジはまあまあと諌めるようにした。


「照れない照れない。男なんだからそれが普通、普通。」


まだ笑いの余韻を引き摺る口調で零しながら、ハンジは脇のごっちゃりとした棚から何かを探し始める。

…………シルヴィアの部屋もものが多いが、ハンジの研究室はそれに輪をかけて凄い。

リヴァイは無性に掃除がしたくて仕様が無くなった。


「まあ私も……君にはちょっと同情していたしね。手が無い訳じゃないんだなあ。」


目当てのものが見つかったらしく、ハンジはリヴァイの方に小さなガラス瓶を差し出す。

………彼が受け取ろうとしないので、ハンジはその瓶をずいともう少し近付けてやった。


「ちょっと見方を変えるだけで随分気持ちも変わってくるものだからね…。ほら、飲む飲まないは君の自由だよ。」


ハンジは穏やかな表情で中身の薄緑の液体をゆるりと揺らす。

小さな波紋が、瓶の中でいくつも広がった。



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