◇ リヴァイの誕生日、門、冬の花火 中編
「リヴァイ」
ふいにシルヴィアが彼の名を呼んだ。それに応じてリヴァイは顔を上げる。
「時間の様だよ…………」
続けて彼女は呟く。その視線はリヴァイの顔から窓の外の黒い景色へと移されていた。
そしてリヴァイは晴れ切った冬の夜空に、光輝が或は消え或は現われて美しい現象を呈したのを見た。
…………去年、いや正確には今年か…その時は雪上にそれを眺めていた気がする。一人で。
高く低く連なる真っ暗な森の上に、橋をかけたようにぱっと束の間開花する光はどうにも眩し過ぎる。
先程シルヴィアの白いシャツを見た時のように沁みて、奇妙に瞳の奥がじんとした。
やがて虹色の一際大きい花火がそこに打ち上がる。素直に綺麗だと感動する。まるで絵画の光景だ、と断案を下して悦に入る気持ちにすらなる。
ふと…薄暗い部屋の中、すぐ近くで柔らかい香りが広がるのを感じた。
紅茶のものとはまた違ったけれどやはり少々甘い匂いだ。そしてリヴァイはこれに覚えがあった。
その方を見ればシルヴィアが何時かしら移動したのか、正面から彼の隣へとやってきていた。椅子ごと。
………どうやら、大分惚けて花火に見入ってしまっていたらしい。それには全く気が付けずにいた。
「………何だ。」
視線だけ向けて尋ねれば、彼女はちょっとだけ肩を竦めて「ここの方が花火が見やすいからね」と答える。
「別にどこでも変わんねえだろ…」
「いいや、変わるさ。」
私のことは気にせずに…一年に一度のことだ、きちんと見ていなさい。とシルヴィアはリヴァイに再び窓の外を見る様促す。
後から後から花火は上がっているらしい。
シルヴィアの輪郭が時々明るく染まっていた。遠くの方で地鳴りのように唸る火薬独特の音も止まずにいる。
…………リヴァイは、それもそうだな…と零して再びその方を見た。
相変わらず鼻孔は…先日自分が贈ったものだろう…控えめな香りが一滴散る様に漂ってくるのを感覚していた。
それと同時に馴染み深い優しい匂いがした。これはよく知っている。いやというほどに。胸が焼け付くほどに焦がれていた、あの。
溜め息を吐いた。
確かにこれは隣にいて、今現在冬の花火を共に見上げている。
それが何だか夢か幻のように思えた。
けれど現実だ。
離さずにしがみついて、真実に手繰り寄せた。けれどまだ信じられない。
ようやく手に入れた幸せも、この花火に似てあっという間に無くなってしまう日が来るのだろうか。
それを思うと堪らない。
消えては現れる花火を眺めながら、リヴァイは思わず卓の上に置いた掌をきつく握った。
力を淹れ過ぎたのか、爪が肉に当たって痛い。それに耐える様に眉をしかめた。
「…………お前は、門なんかで本当に良いのか。」
ささやかな声で言う。
シルヴィアはそれでも聞き届けたらしい。花火から目を離さずに、けれども短い相槌が聞こえた。
「………いくら気にかけて慰めて、一緒に頭を悩ませてやったって……。所詮門は門だろ。
通り過ぎられるだけの存在じゃねえか。」
それじゃあまりに孤独だろ、とは付け加えなかった。
言ってしまうのが憚られるほどに寂しい響きを持った言葉だと思ったからだ。
シルヴィアは少し困った様に笑っている。
後、どういう訳か妙にさっぱりした声で「良いんじゃないのかな、それで」と答える。
「いくら周りから任された役職とはいえ自分でそうなることを決めたんだから。そう決めてしまえることが出来たんだからね…。」
「………つくづく変なところで面倒事が好きな人間だな。」
「まあそう言うな。呆れてくれるなよ。」
「いや……別に呆れちゃいねえよ。」
二人の会話の合間にも、花火はどんどんと打ち上げられていた。
乾燥した空気の中で強く白熱した後に、音だけ残して無常に消えてしまう。
「まあ…でも。時々門の傍に留まってくれる変わり者だっているからね…」
ぽつんとした呟きが部屋の中に落とされた。小さいながらもよく通って聞こえた。
先程から痛々しい力で握られていたリヴァイの手の甲に、低い温度の掌が自然と重ねられる。
思わずその方を見た。彼女もリヴァイを見ている。二人の視線はようやく交わった。
「お誕生日おめでとう、リヴァイ。」
今日一番に言えて嬉しいよ、とシルヴィアは微笑んだ。
やはり………彼女はよく笑う女だな、とリヴァイは感じ入る。
そしてどの笑顔も胡散臭くて気に入らずにいたり、見ているだけで胸の内が切り裂かれる心地になった且つてを思った。
「ああ……」
ようやくそれだけ受け応える。
後は何も言葉が続けられなかった。
シルヴィアもまた無言のままで…どこからか取り出した白い箱を既に空となっていた彼のカップの横に置いた。
掌に収まる位の小ささだ。
「…受け取って欲しい。」
簡潔にそれだけシルヴィアは述べる。
頷き、一度彼女の掌を離れてそれを開けようとすると…「中身を見るのは…部屋に帰ってからにしてくれないか。」と阻まれる。
…………ちょっと、恥ずかしい。
そう言うシルヴィアは随分と照れ臭そうだった。
じっと見つめてやると更に気恥ずかしくなってしまったのか頬を僅かに色付かせる。
………リヴァイはとくに断る理由も見当たらないので「分かった、」とだけ言ってそれを胸ポケットに収めた。
そして再び空になった掌をシルヴィアの方へと差し出す。
彼女もまた受け入れて握った。
それは長い間ずっと変わらない、あまりにも器用とは程遠い二人の…ある種の感情表現である。
繋がり合わさった手が強く握られた後に、少し緩んだかと思うと指先が絡んで再びきつく掴まれた。
シルヴィアが小さく「痛いよ」と言う。
けれどリヴァイは力を弱めなかった。やがて彼女も諦めてそれを甘受する。
繋がった掌から再び窓の方へと視線を移すと、もう花火は終ってしまったらしい。
たったひとつの星すらない真の常闇がずっと果てまで広がっていた。
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