◇ リヴァイとペトラと話す
「どうだ、かわいいだろう!」
七時を少し回ったところ……公舎前でイライラとしては待ちぼうけを食らっていたリヴァイの前に、華やかに着飾ったペトラと共に濃紺のスリーピースのスーツを身に纏ったシルヴィアが現れた。
「…………………。」
二人の姿を認めて、しばし呆然と立ち尽くすリヴァイ。
そんな彼の反応を満足そうにシルヴィアはふふんと笑う。
「どうだ声も出ないだろう。素材はやや地味ではあったが極上だからなあ!料理のし甲斐があったというものだよ。
ふふん、存分に見蕩れるが良い!!」
そう言いながらペトラの姿をずいずいと見せびらかすようにリヴァイに近付けた。
ペトラはリヴァイを前にして緊張のあまり叫び出したい気分である。
そして自分のことを彼の方へと押して行くシルヴィアに「や、やめて下さいよ副長お!」と小声で必死に訴えた。
「…………………。確かに似合い過ぎるほど似合ってはいるが……それに反してお前はなんて格好しているんだ。」
リヴァイはペトラの姿に若干感心したように溜め息を吐いた後、シルヴィアに向き直っては険しい顔をして尋ねる。
シルヴィアは「ん?」と不思議そうに自分の姿を確認した。
何のことは無い、普通の礼服である。
…………が、あることに思い当たった彼女の顔には徐々にいやらしい笑みが広がっていく。
「ははあん、さてはリヴァイ君は私のドレス姿が見れなくて残念がっているぐへえ」
だが、その言葉が終る前にシルヴィアは向こう脛に痛恨の蹴りを一発お見舞いされる。
あまりのことに彼女は患部を抑えて踞った。
「お前が何を着てようと俺はクソの先程の興味も持っちゃいないが……。
それにしても何だその格好。喪にでも服しているのか。」
「失礼なタイは赤いだろう。」
シルヴィアは未だに足をさすりながら立ち上がって応える。
ゆっくりと頭の位置が高くなり、最終的にはリヴァイを追い越して…また、にやりと笑った。
リヴァイは何故かその一連の仕草が非常に気に食わず、また向こう脛を蹴飛ばしてやりたい気分になる。
「何だ、似合わないのか。自分では結構気に入っている格好なんだけれどなあ。」
シルヴィアは袖の金釦の位置を気にしながら少々不満げにそう漏らした。
……………いや。似合わないことはない。
むしろそこいらの男よりもよっぽど美丈夫である。
女性が主な相手である今回のシルヴィアの社交は成功するだろう………。と、早くもそう確信してリヴァイは小さく溜め息を吐いた。
「………それに後はまあ。この格好はドレスよりも目立たなくて良い。
もう私は大体の貴族に顔を覚えられてしまっているからね……
私の顔を見ると皆金を無心にされると察して逃げて行ってしまうんだ。だから地味な格好の方が好ましい。
そして、そんな私をカモフラージュする為に呼んだのが目立つ君たちという事だよ。」
シルヴィアはポン、とリヴァイとペトラの肩に手を置きながら笑顔で話した。
どうやらすでにやる気のスイッチはオンになっている様である。
その瞳にはらんらんとした光が確かに灯っていた。
「だからとにかく!ペトラ君はおじ様、リヴァイは女性方々と出来るだけ話を盛り上げては足止めして欲しいんだよ。」
彼女はぴしりと人差し指を立てて言葉を続ける。
ペトラは緊張しつつも「は、はい。」と応えるが、リヴァイは無言でただ嫌そうにするのみであった。
…………どうやら、今夜の懇親会に心の底から気乗りしていないらしい。
「…………リヴァイ。返事はどうした。」
シルヴィアはそれを横目で眺めつつ返事を促す……が、効果はあまり無かった。
彼女は困ったように首を軽く振ると、ゆっくりと掌を彼の方へと近付けた。
…………ペトラとリヴァイは、何が起こるのかとそれを見守る。
そしてシルヴィアの指先はリヴァイの頬へと届き、そこを軽く抓った。
「…………………………。」
突然のことにリヴァイは僅かに驚いたようにするが、やがて苦虫を噛み潰した表情をして「離せ」と凄む。
「………その前に返事をしなさい。」
「うるせえよクソババア。離せ。」
「おっとおー。私はクソでも無ければババアと言われる所以も無い。取り消しなさいー。」
「いや、ババアと言われる所以は充分「とにかく返事!!」「お、おう………。」
先程まで穏やかに笑っていたシルヴィアの突然の勢いにリヴァイは思わず返事をしてしまう。
…………どうやら年齢に関することは相も変わらず彼女の中ではNGワードに属するらしい。
「ん、よろしい。」
リヴァイの返事にシルヴィアは表情を元のゆったりとしたものに戻して掌を離す。
頬を擦りつつ、リヴァイは彼女に対する雑言を二、三言心の中で盛大に吐いた。
「………んー。もうすぐで馬車が来るね。今回は君たちはただ飲んで食べて話していれば良いだけだから。
よっぽどの下手をしない限り命の危険は無いし……壁外調査よりも随分と気楽なもんだよ。」
シルヴィアは銀の鎖に繋がれた懐中時計をポケットから取り出して時刻を確認しつつ、言う。
「あと二人同時には私もフォローできないから、なるべく会話を引き延ばして私の到着を待っていて欲しい。
私からの説明は以上だ。……まあ、今夜を精々楽しんでおくれ。」
シルヴィアは……今回は確実ににやり寄りの笑みを零しては二人への説明を終える。
リヴァイが「随分と適当なもんだな」と零すと、「……こういう時の作戦は大まかにしか決めない方が良い……。対人の仕事ほど何があるか予測できないものは無いからね、と」と言いながら肩を竦めた。
「ああ、馬車が来ましたよ。………私、誘導してきます。」
石畳の道から聞こえるガラガラという轍の音を聞きつけて、ペトラはその方に足を向ける。
…………先程までは今回の仕事に不安が一杯だったが、落ち着き払ってはいつものように笑っているシルヴィアに少しの頼もしさを覚えて……
ペトラは今、心細さは然程感じなくなっていた。
「…………………。」
シルヴィアとリヴァイは、花の様に可憐に着飾ったペトラの後ろ姿を見送る。
そしてシルヴィアは一言、「………良い子だよねえ。」と零した。
「………ババアを通り越してジジむさくなってるぞ。」
リヴァイが腕を組んでぼそりと零す。
「減らない口はここか!このお!!」
シルヴィアは間髪入れずにまたリヴァイの頬を摘む。
………だが、その表情は笑顔である。理由はよく分からないが、機嫌が良いのだろう。
「だから引っ張んなよこのクソババア………」
リヴァイは呆れたように言いながら離すように促す。
シルヴィアは促されるまま、素直に手を離す。……そしてやはり、笑顔であった。
「……………今回。もう少し女らしい格好しても良かったんじゃねえの。」
その様を何とはなしに眺めながらリヴァイが呟く。
シルヴィアはくつくつと喉の奥で笑いながら「こんなクソババアのドレス姿、もう需要なんてほとんど無いんだよ。」と応えた。
「それは大いにそうだろうな。だが……まあ。年増好きの趣向がある奴もいることにはいるんじゃないのか。」
「ふふん、それはどうだろうね。
まあ…でも、男性っていうのは得てして健康的で若い年下の女性が好きなんだよ。
年上………、まして私のような女を気に入る男性なんていうのは巨人で言う奇行種みたいなものだ。」
ペトラの誘導によって馬車がこちらに近付いて来たのを眺めながら、シルヴィアはリヴァイにそっと手を差し出す。
「…………時間だね。行こう。」
………………だが、リヴァイはその掌を無視して彼女の脇を通り過ぎ、馬車の方へと向かってしまう。
シルヴィアは行き場を無くした自らの手を少しの間眺めては、淡く微笑んだ。
そしてリヴァイの後ろに続き、隣に並んだ。二人は無言で歩みを進めていく。
すでに日が落ちて随分と経っていたが、輪郭のはっきりとした満月が辺りを照らすので暗さはあまり感じない。
リヴァイは隣を歩くシルヴィア越しにそれを眺めながら、心の中で先程の彼女の言葉を繰り返した。
(奇行種……か。)
もう一度だけそれを繰り返すと、非常に苦い心持ちが胸の中へと広がっていく。
唇を少し噛み、苛立ちを押し隠すようにして……ただ、リヴァイはシルヴィアの隣で歩みを進めていた。
マナミ様のリクエストより
[*prev] [next#]
top