銀色の水平線 | ナノ
◇ リヴァイとおはよう、おやすみ 前編

(…………………。)


光が、窓から斜めになって差していた。

眩しいなあとシルヴィアは思う。

朝日は未だごく薄く仄かなものであったが、寝起きの彼女には充分すぎる明るさだった。


まだ…物の影もその形がはっきりとしない。

しかし光とその間の透明な金色が美しかった。強みがあって輝き、そうして色がある。


シルヴィアは、主人が起きる気配を察知して挨拶兼朝食の催促に来た黒い毛玉に対して…人差し指を軽く唇へと持っていき、しー、と静かにするように指示した。

………彼はあまり理解していないようであったが(自慢では無いがあまり頭が良い猫ではない)元よりそこまで騒がしい性質では無かったので、大人しくする。

主人が軽く腕を広げてこちらにおいでと促した。それに甘えてすり寄ってから胸に収まる。


「………。重くなったなあ」


彼女はぽつりと零した。よしよし、と背中を撫でつつ…ベッドに半身を起こしたままで隣にちら、と視線を落とす。

こちらの猫は賢い。そして滅多に甘えてくれないが…何故かとても可愛らしく感じて、シルヴィアは好きだった。


彼はまだ夢の中にいるらしい。

シルヴィアは片手で、その固めの黒い毛も同じ様に撫でてやった。安心しているようで、その表情はいつもより穏やかである。


自然とシルヴィアは笑った。素敵な朝の訪れだと思った。


………リヴァイを起こさないように、猫を抱いたままでベッドから抜け出る。


「分かってるよ。朝食を作ろう。」


尾をゆるやかに動かして何かを訴えてくる黒猫と共に、シルヴィアは寝室を後にした。







「リヴァイ、朝だよ。」

リヴァイは身体を包んでいた毛布を持ち上げられるのを感じて、些か不機嫌にうっすらと目を開く。


「おはよう。良い天気だ」

そこにはシルヴィアがすっかり笑顔でこちらを見下ろしていた。

白く簡素なエプロンが眩しく、彼の黒い瞳の奥へと染み入るような気分である。


「…………………。」

寝起きが良いとは言えないリヴァイは、その様をひどくぼんやりとした気持ちで眺めていた。


「顔を洗っていらっしゃいな。朝ご飯はすぐに食べれるよ。」

促されて立ち上がり、ふらふらと洗面所へと向かう。……もうシルヴィアの部屋の勝手は知っていた。


その危うい足取りを後ろから見ながら、シルヴィアはまた笑う。

それから「気をつけてね」と一言声をかける。リヴァイは唸ってそれに応えた。







(…………………。)


パンケーキを口に運んで、リヴァイはしばし沈黙した。


シルヴィアが「どうしたの」と尋ねる。


「いや…林檎が…と思ってな」

「嫌いだったかな、林檎。」

「………パンケーキに入っているものは初めて食べた」

「美味しかろう?」

「不味くはない」


素直で無い彼の言葉を聞きながら、シルヴィアは新聞を読んでいた。


リヴァイが「食事中に読むのはやめろ」と機嫌悪く言うので、「……おお、ごめん。」と畳んで脇に置く。

そうして中空で持ち上げたままだったカップから紅茶を一口。


二人が隣り合って向かう、いつもの大きめの卓の周りでは静かな時間が流れていた。


「音楽でも欲しいねえ。リヴァイ、何か歌っておくれよ」

シルヴィアが楽しそうに要求するが、リヴァイはそれを無視する。


彼は…黙々と彼女が用意した朝食を摂りながら、ひとつ溜め息をした。


……どうにも心にはひとつのわだかまりが解けずに転がっている。

今の穏やかな関係は……悪くはない。幸せと呼べる類のものだろう。だがしかし。


(………結局また何も起こらずに朝になったな)


自身の誕生日の夜から……時々、彼女の部屋にこうして泊まる機会が増えた。

シルヴィアのベッドは元より大きいサイズだったので二人で寝るにはなんら問題無い。安眠すら出来る。

それは彼女も同じようで、ベッドに入ってからしばし読書をした後ランプの灯りを落とすと…恐るべきスピードで眠りについてしまう。


……………これではどうしようもないとリヴァイは思った。


そしてこうまで繰り返されると、男性として見られていないのでは無いかとすら考えて少し不安になる。


「リヴァイ。」


シルヴィアに呼ばれる声で思考が現実に戻ってきた。

彼女は少し首を傾げてこちらを覗き込んでいる。……リヴァイの悩みの存在は露知らずのようだった。


「今日はどうしているのかな」

「……いつもと変わらねえよ」

「そうか。良い事だ」

「何も良くはねえよ……」


リヴァイのぼやきに似た発言に、シルヴィアは苦笑しつつ「どうしたの、元気が無いね」と肩をポンと叩く。


「陰気な心は骨を枯らすぞお。笑顔だ、笑顔。」

「うるせえ白髪」

「だから地毛だったら」


今更外見に突っ込まれるとは思わなかったよ…と零してシルヴィアはまた紅茶を一口飲んだ。


「……お前はどうしてるんだ、今日は。」

「まあ…。いつもと変わらないが…ピクシスの爺様に呼ばれている。どうせ野暮用だろうが。
それを済ましたら散歩して夕寝して遊んで寝る」

「仕事しろ税金泥棒」

「何も時間いっぱいギリギリまで働くことが美学じゃないのよ。上手に遊んで休むことが必要だ」

とくに最近の若い子や君らのように真面目過ぎる人にはね…とシルヴィアはリヴァイの黒い髪を軽く指先で弄った。


「お互い良い一日になると良いなあ」


未だにどこか難しそうな顔をしたリヴァイを気にはせずに、シルヴィアは心から幸せそうに言った。



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