◇ エルヴィンの誕生日 おまけ編
「……………………。」
朝日が団長室に差し込んでくる頃、シルヴィアは頬杖をついて目の当たりの惨状を眺めていた。
「生き残りは………君と、私だけか。」
そして正面に腰掛けては腕を組んでいるリヴァイに声をかけた。
「どうする。………片付けておいてやるか。」
そう尋ねると、リヴァイは眉間に皺を寄せつつ「いや、しかるべき時間になったら叩き起こして奴らに片付けさせる。」と言い放った。
「…………それに。お前は今回の主役だろう。片付けは周りに任せておけば良い。」
「そうかな……。じゃあ、お言葉に甘えて。」
シルヴィアは苦笑しながらゆっくりと椅子から立ち上がった。
…………身体は休養を欲してしんどかったが、どういう訳か心は非常に晴れやかである。
シルヴィアは窓の傍まで近付くと、そこを開け放った。
………朝は、まだ少し寒い。凛とした秋独特の空気を吸って、シルヴィアはその心地良さに感じ入った。
「リヴァイ………。」
そして、向き直っては未だに着席したままのリヴァイに呼びかける。彼は瞳だけ動かしてこちらを見た。
「私を昨日……いや、日付的には今日か。ここに連れて来てくれてどうもありがとう。」
…………先程まで……いや、ここ最近は互いにゆっくりと話す機会はあまり無かった。
シルヴィアは一通りの事態が収束した今、彼にこれだけは伝えておきたかったのだ。
そう言ってから僅かに微笑むと、リヴァイは席を立ってこちらまで近付いてくる。
少し、横にずれてシルヴィアは彼を隣に招くようにした。
リヴァイは促されるまま彼女の傍に立ち、同じように秋晴れの朝日を浴びる。
いつも険しい表情が、僅かに和らいだような……そんな気持ちがした。
「……………確かに、臭えな。」
だが少しの沈黙の後、リヴァイが唐突に言いながら眉をひそめる。
「…………さっきミケ、ハンジ、更にはナナバにまで言われたからね……。
どうやら相当きつい匂いみたいだね……。」
シルヴィアは困ったように言いつつ自らの袖の辺りの匂いを嗅いでみる。
…………だが鼻が麻痺しているのか、やはり自分ではよく分からなかった。
「まあなんだ………。とりあえずは良かったな。誕生日。」
切り替えるようにリヴァイが言う。
シルヴィアは窓枠にもたれながら、ありがとう、と礼を述べた。とても嬉しそうに。
「……………何が欲しい。滅多に無いことだ。常識の範囲内で聞いてやるぞ。」
リヴァイはぴくりとも表情を変えないまま呟く。
シルヴィアはそれが何だかおかしくて笑ってしまった。
「いや、良いよ。もう充分だ……。」
「充分ってことは無えだろ。俺も毎年もらっている。もらい放しは気持ちが悪い。」
「いや本当に…………、…………ああ、そうだ。」
そこで、シルヴィアは何かを思い付いたようにリヴァイの方を見る。
彼は元よりシルヴィアの白い横顔を眺めていたので、二人の視線はぴったりと合わさった。
「じゃあ……香水が欲しいな。君が好きな匂いが良い。
………こういう風に流行の匂いに染まってしまっても……君のことが思い出せるような、そんなものが欲しい。」
言いながら、シルヴィアは少し照れたようにリヴァイの右手を軽く握ってそれを見下ろした。
リヴァイはそれを聞いて少しだけ驚いた表情をしていたが………やがて、握られていた掌に強い力をこめる。
少し痛かったようで、シルヴィアは小さく声を漏らした。
「…………ああ、良いだろう。買ってやるよ。」
彼の小さな呟きに、シルヴィアは至極嬉しそうに笑った。
……………仕事柄、ものを贈られることは頻繁にある。
だから慣れていると言えばそうなのだが……それでも、今回は特別だと……本当に特別なんだと、シルヴィアは充分に理解することができた。
だからとても幸せなのと同時に、また何故か泣きたくなる。
一生懸命にそれを我慢して、リヴァイに「ありがとう。」と本日何回目かの心からの礼を言った。
でも………彼にはシルヴィアの胸の内は全て分かってしまっているに違いが無い。
それを思うと恥ずかしくて、けれどこそばゆくて仕様が無かった。
「………悪かったな。本当は今日何かしら用意してやるつもりだったんだが。」
何が欲しいか聞いてからの方が面倒が少なくて済むと思ってな、と掌を握る力は弱めずに、リヴァイが言う。
シルヴィアは首をゆるりと横に振ってからもう一度「ありがとう」と繰り返した。
ようやく、リヴァイは「ああ。」と一言だけ返す。
それから二人はどちらともなく手を繋ぎ合ったまま、色々なものが散乱してしまっている団長室を後にした。
………………少し、二人だけの時間が欲しかったのだ。
お互い、仕事に忙殺されて話す時間は中々無かった。
だから………それを取り戻すように、並び立ってはのんびりと歩いていく。
どこまで行くかは決めないままで。
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