銀色の水平線 | ナノ
◇ エルヴィンの誕生日 中上編

少しの間二人は無言のままでいたが……やがてハンジはのっそりと起き上がって窓の傍、ミケの隣までやってくる。


……………丁度そこから臨める来賓室には、シルヴィアが入って来たところだった。



身なりのしっかりとした夫人に対して輝かんばかりの笑顔を向けて挨拶をし、軽い抱擁を交わしている。


なにやら随分と懇意らしい。………シルヴィアの爽やかな表情からは先程の気怠さは微塵も感じられなかった。



「おお………。やってるねえ。ご立派立派。」


ハンジは感心したようにそれを眺めながら漏らす。



一通り挨拶を交わし合った二人はやがて着席した。

そして、シルヴィアは目の前の夫人に対して何かを身振りしながら二言三言零す。


すると押し隠した笑みと共に夫人の顔が僅かに紅潮した。

恐らく、世辞のひとつでも言ったのだろう。


ハンジと並んでその様を傍観していたミケもまた…「なるほど、流石だ。例のだらけ切っていた人物と同じとは到底思えない。」と呟いた。

呆れと称揚と少しの皮肉が入り交じった声色で。



「でも………。シルヴィアってさ……最近思うんだけど、割と人付き合い苦手なタイプだよね。」

ハンジは窓枠に頬杖をつきながらその様を見つめ続けた。


「最近じゃなくて昔からだ。あれはとみに人間関係には不器用なところがある。」

視線は動かさずにミケが応える。



「ならさ………。なんでこんな仕事ばっかりしてるんだろ。…………少し可哀想だよ。」


「さあな。だが、これはシルヴィア自身が買って出た役目だからな。同情する謂れは無いだろう……」


「そういうものかなあ……。ちょっと冷たい気もするけれど。」


「誰しもやりたいことと得意なこと、そして周りに望まれていることがお前みたいに一緒とは限らないからな。
それに……これによって得たものも多くある筈だ。奴の望む望まないに関わらず。」


「ふうん………。」



ハンジはひとつ溜め息を吐いた。


いまいち釈然としないが………これは恐らく、自分が職務での関係以上にシルヴィアに肩入れをしてしまっている節があるからに違いない。

自分の感情に素直でいるこの性質は……時と場合によってはあまり褒められたものではないとハンジは重々に理解していた。


だが……、まあ。一人くらい、こうやって彼女を思いやっては構いたがる人間がいても良いだろう。

賢く立ち回り過ぎるのは窮屈だし、何よりそれは自分に向いていない気がするから……。



「…………気付かないうちに、おせっかいが伝染ったかなあ……。」



ハンジがふいに呟いた言葉を聞いて、ミケは僅かに首を傾げた。







「なにーーーーーーーー!!??」



団長室に怒号の如く凄まじい声が響いた。


あんまりな声量だった為、シルヴィアがソーサーごと持ち上げたカップはかたかたと揺れる。



「……………元気な子だなあ………。」


シルヴィアは紅茶を一口飲んだ後、感心したようにハンジの方を向いた。



「元気なんじゃないやい!!私は怒ってるんだ!!!」



ハンジが掴み掛かってくるので、持っている紅茶がこぼれないようにシルヴィアはカップをローテーブルの上に戻す。



「じゃあなんで怒ってるんだ。言っておくがもう君のための予算は昨日の話し合いで決着が「ちっがうわ!!!」



叫びながら今度はテーブルを蹴飛ばしてくるので、シルヴィアはまたカップを持ち上げるハメになる。


………このままでは中身を零されてしまうので早く飲んだ方が良さそうだ………。



そう考えていた矢先に襟元を両手で勢い良く掴まれるので遂に紅茶は真っ白いカップから堪らず溢れ出す。

それはシルヴィアの袖口をびっちゃりと濡らした。



「今週末丸一日中用事があるってどういう事だ!!団長のお誕生日会だぞ!?
祝ってやろうとは思わないのかそれでも君は調査兵団員かこの非国民、こんの鬼畜壁外人!!!!」


「そうは言ってもなあ……断り辛いんだよ、あの夫人の誘いは……。
私だってああいうごみごみしたところは出来れば遠慮したいんだけどね。」



分かったら離しなさい、とシルヴィアはまたしても近しい距離にあったハンジの顔をどかせるように頬を押して遠ざけようとする。

だがハンジは引き下がらない。顔の距離は更に縮まり、肌と肌が接触しそうな域にまで達している。



「……………ハンジ。あまりシルヴィアを困らせるなよ。」



その様子を静観していた……先程団長室に戻ってきては自分の机の前に着席していた………エルヴィンがようやく口を開いた。



「シルヴィア………。まあ、面倒事とは思うがよろしく頼む。」

そしてひとつ溜め息を吐いてはやや申し訳なさそうに言う。


「うん。こういうのは気に入られているうちが華だからね…。精々飽きられないように顔を出しておくよ。」

すっかり中身が少なくなってしまった紅茶をまた一口飲み、苦笑いでシルヴィアは応えた。



「でもそれじゃあ……折角久々にみんなで集まれると思ったのにつまらないよ……。
それに合同会議がやっと終るのに、シルヴィアがちっとも息抜きできないじゃないか。」

ハンジは冷静なエルヴィンの反応を不服そうにしながら零した。


それを聞いてシルヴィアは少し意外そうな表情をした後……ハンジに対して「ありがとう」と礼を述べる。

表情自体は微笑に留まっているが、声色からはじわりとした感謝の念が滲んでいた。



「さて………。思わぬ来客で随分と時間を食ってしまったね。
ハンジ、さっき言った通りに資料を運ぶのを手伝ってくれないか。」


そして、シルヴィアは立ち上がっては切り替えるように続けて言う。



「…………………。」



ハンジはまだ何かを言いたそうにしていたが……もう、これ以上は栓が無いことだろうと思い直して、こくりと首を縦に振る。



「じゃあエルヴィン。次会う時は……お互い、総統局でか。」


「ああ、そうだな。その時はよろしく。」


「うん。それまでせいぜい悪足掻きをさせてもらうよ……。」



そう言い残して、シルヴィアはハンジと共に団長室を去っていった。



「……………………。」



残されたエルヴィンは……何とはなしに掌を組んで机の上に乗せてみる。



(またひとつ、年を取るのか。)



窓の外では、澄んだ秋晴れの青空が広がっている。


自分の誕生月独特のこの気候が、エルヴィンは好きだった。



「時間とは恐ろしい早さで過ぎていくものだなあ………」



ひとつ呟いては、彼もまた自分の仕事に打ち込む為に机の上の書類に手を伸ばした。



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