銀色の水平線 | ナノ
◇ リヴァイに声をかける

エルヴィンと紅茶を飲み交わしては、更に無駄話をしようと踏んでいたシルヴィアだったが、仕事熱心な彼の手によってその野望は早々に打ち砕かれる。


にべもなく仕事の邪魔だと団長室を追い出されてしまった彼女は、(……まったく、ちょっと真面目すぎやしないか?)と不満げに心の中で一人ごちる。


対照的に彼女は不真面目過ぎる人種の人間なのだが、それはあまり自覚していないようであった。







調査兵団の公舎の長い廊下を歩いていると、遠くに見慣れた人物を発見する。



(おお………。)



そして、シルヴィアは彼に用事があったことを思い出した。更に言えば、良い暇つぶしの相手にもなってくれそうだ。



「リヴァイ。」


意気揚々と声をかけてはこちらを振り向く不機嫌そうな男性。


いつもいかめしい表情しかしないが、シルヴィアは彼の顔が好きだった。綺麗なつくりをしていると思う。



「リヴァイ、おはよう。」



上機嫌で傍によっては肩に触れようとすると「触んな。色素が沈着する。」と対照的に嫌そうに言われてしまう。



…………どうも、シルヴィアが好いているほど、リヴァイは彼女のことを好いてはくれていないようである。



「朝からひどいことを言う。ショックで寿命が10年は縮んでしまったよ……。」


大袈裟に残念そうな素振りをするが、それがまたリヴァイの気に食わなかったらしい。


彼は舌打ちをして、「もう充分生きたろクソババア……。なんならもう10年縮めてやろうか」と相変わらずの口の悪さである。



「ババアじゃない。ちょっと君より年上なだけだ。」


「それをババアと言うんだこのクソババア。」


「なんてこと言うんだ。いつからこんな口の悪い子になったの。」


「安心しろ、お前にだけだ。」


「…………………。」



シルヴィアは押し黙っては近くの窓ガラスに映った自分の姿をちら、と見る。


………私はそんなに老けているのだろうか………。



「お、そうだ。」


窓ガラスに気を取られているうちにリヴァイがさっさとその場を立ち去ろうとしてしまうので、それを逃がすまいとシルヴィアは彼の肩をつかむ。

しかしリヴァイは構わず前進する。最終的にシルヴィアは引き摺られるような形になった。



「ちょっと君!!なんで止まらないの!!」


「俺はお前に構うほど暇じゃねえんだよ。分かったら離せこら」


「いや、ちょっと止まりなさいったら!!貴様、上官に楯つくつもりかあ!?」


「お前を上官と認めた覚えはねえよ」


「君が覚えてなくてもそういう決まりなんです!!私は副団長、君は兵士長!!どっちが上か言ってごらん!?」


「そんなんお前……とりあえずてめえが俺より偉いのだけは気に食わねえよ」


「気に食う食わないの問題じゃないの!!」



シルヴィアは引き摺られつつも必死で受け答えをする。


それを周りの調査兵団の兵士たちは生暖かい目で見つめていた。



「良いからちょっと聞きなさい!仕事の話なんだよ。ちゃんと真面目な話だ。」


「嘘だろ。」


「………私も随分と信用がないなあ。」


「普段の自分の行動に胸をよーくあてて考えろ。」


「悪いな、さっぱり心当たりがない。」


「…………………。」


「待て待て待て待て。話だけでも聞いてくれ。」



ようやく廊下の半ばで立ち止まっては会話する姿勢を取る二人。

しかしリヴァイは非常に不本意そうな面構えをしていた。



「………今度の金曜日、空いているかな。」


彼が立ち止まってくれたことに安堵してはシルヴィアが尋ねる。


リヴァイは少し考え込んだ後、「用件による」と愛想無く答えた。


「貴族に呼ばれての懇親会があ「悪い、その日は腹の調子が悪くなる予定だ」「空いてるね。どうもありがとう」「待て話を聞け」



今度はリヴァイがシルヴィアに引き摺られる形になった。


シルヴィアはそれはもう女とは思えない力で意気揚々と前進していく。



「おいこら、社交はお前の仕事だろうが。何故俺が行かなくちゃならねえ。」


流石に力では押し負けてシルヴィアはリヴァイにがっちりと肩を掴まれた状態で問いただされる。



彼女はちょいちょい、と自分の銀色の髪をいじっては、「何だって言われても……君のこと連れて行くって言ったら先方が大喜びして下さったからさ………」と悪びれずに返答した。


「………俺の意見は無視か。」


「ごめんごめん。タダ飯にタダ酒に免じて許しておくれ。」


「死ね。」


「暴言が唐突過ぎるよ。」


「いや、今殺す。」


「おお……。」



シルヴィアは自らの襟元を締め上げてくるリヴァイの手の甲をべちべち叩いては勘弁してくれ、と呟く。



「まったく、いつまで経っても君は我が儘なんだから……。駄々こねないの。」


「こねてねえよ。あと我が儘はお前だろ」


「そういえば……ペトラ君は来るって言ってくれたけど……」


「お前なに人の部下に勝手なことをしてくれてる」


「良いじゃないのパーティーには華が必要だ。私と小さいオッサンだけじゃ向こうも物足りなく思うだろう?」


「誰が小さいオッサンだ」



そう言いながらリヴァイが向こう脛をなんの迷いも無く蹴飛ばそうとしてくるので、シルヴィアは焦った様にそれを避ける。



「それに……彼女可愛いから変な貴族に目を付けられちゃったらどうしよう……
私ひとりではペトラ君を守り切る自信はない、かも………。」



そして彼の真っ黒い瞳を覗き込みながら何かを考える様に、ゆっくりと声を発した。


そんな彼女の言葉に、リヴァイの身体が微かにだが……ぴくりと震える。



「どうしようかな……。大事な大事な私たちの仲間で、とても良い子だ。
もし変態で好事家な貴族の目に止まったら?権力に物言わせて兵士をやめさせて手元に置きたがったり……、
ああ、もしそうなったら責任重大だ。ひどい目にあってしまうに違いない……!!彼女のお父様に私は合わせる顔が無いよ……!」



シルヴィアは非常に演技がかった仕草で嘆きを表現する。


リヴァイは今目の前にいる女の顔面を形が変わる位殴れたらさぞ気持ちが良いだろうな、と考えながら盛大に舌打ちをした。



…………そんな彼の反応にシルヴィアは口の片端を僅かに持ち上げた。


いつだって、何だかんだと最終的にはこいつの思う通りに話が運ぶ。



リヴァイは、それが堪らなく癪だった。



「睨まない睨まない。志を共にする仲間じゃないか。喧嘩はやめて、仲良くしよう。」



そしていつもの、にやりともにこりともつかないあの笑顔だ。


リヴァイは、友好的なことを言いながら自分の頬にそっと触れて来ようとする指を振り払う。


彼女はとくに気分を害した様子は無いようだ。相変わらず白蛇のようにしなやかに笑っては目を細める。



「………君が来てくれれば皆喜ぶし、きっと調査兵団の資金の調達も潤滑に行く筈だ。頼まれてやって、くれないかな………。」


シルヴィアは先程とは違う、少しの生真面目さを含んだ声色で懇願してくる。


最早、どこまでが計算でどこまでが真実か分からなかった。



…………何を考えているか分からない。



調査兵団に来てそれなりの年月が経つが、リヴァイは未だにこの妖艶なる副団長が苦手であった。



「……………。じゃ、こういうのはどうかな。資金調達がうまく行った暁には何か君の好きなものを作ろう。」



シルヴィアは良いことを思い付いた、というように人差し指をぴしりと立てては提案する。


リヴァイが黙ったままでいると、シルヴィアは一歩前へと踏み出し、向かい合った形から隣に並ぶ。


………頭ひとつ分高い。どうも見下されているようで不愉快だ。



「私がこう見えても中々料理上手だと言うことは君も知ってるだろう?味は保証するよ。とくに甘いものは自分で言うのもなんだが絶品だ。」



そして少し屈んで、耳元で囁くようにする。


柔らかな吐息が耳元にかかって寒気がした。



「………駄目かなあ。私が出来るのはそれくらいのことしかないのだけれど……。」



やはり、声色だけ聞けば真摯だ。


だが、リヴァイはどうにも彼女が信用しきれなかった。

……しかし大事な部下が一人、質とも言える立場に立たされていることを考えると……、これは引き受けるしかないのだろうか、という気持ちにさせられる。



「林檎のパイはどうだろう。そろそろ美味しく実る時期だ。君が来てくれるのならとびきり美味しいものを焼くよ。」



そうだ、それが良い。どうだろうか、とシルヴィアは楽しそうに言う。


もう、リヴァイが首を縦に振ることは分かっているかのように。


不可解、怪奇、胡散、面妖。彼女を形容する単語としてはどれもしっくりと来なかったが、やはりその類のものである。


リヴァイは溜め息をひとつ。それから自分から離れる様に手で仕草する。


シルヴィアは微笑みながらそれに従った。



「……………何時に行けば良い。」



低く、微かな声で零されたその言葉に、シルヴィアは極上に美しい笑みを漏らす。


それから「……七時。公舎前に馬車を呼んである。制服ではなく、できれば礼服を着てくれると助かるよ。」



そして彼女の紙の様に真っ白な顔色の中、唯一滲んだ様に赤い唇から返答される。


…………笑顔。様々な笑顔が世の中にはあると思うが、リヴァイは彼女の笑顔こそが邪悪そのものではないか、と時々思う。



シルヴィアは唇にもう一度弧を描いてから、ありがとう、腕によりをかけて美味しいパイをお届けするよ、と行っては来る時と同じ様に上機嫌に去って行く。


後ろ姿の筋は伸びて洗練されていて、隙が無かった。



リヴァイは……行きたくもない懇親会に行かなくてはならないこと以上に、彼女への嫌悪で砂を食むような気持ちになり、脇の柱を思いっきり蹴飛ばす。


それは大きくみしみしと揺れるが、やがて収まる。



「あのクソババア………」



低く呟いては………かつて読んだ物語……あれは何だったか。蛇の甘言の騙されて知恵の実を齧り、楽園を追われた男のことを、何故か思い出した。



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