06鼠の涙
「お前、でかい癖にいつもおどおどしてて気持ち悪りーんだよ!!!」
食堂に男の罵声が響き渡る。
その言葉に、クロエの頭の中は真っ白になってしまった。
「あ.....」
脊髄から頭の中へすごく嫌な感覚がせり上がってくる。
胃は収縮し、ひどい悪寒がした。
「ご、ごめんなさい.....」
やっとの思いで一言絞り出すと、食堂にいた人たちをかき分けて外に逃げ出してしまった。
その日の立体起動の訓練はペアで採点の対象になるものだった。
立体起動が得意でないクロエはペアの男性の足を多いに引っ張ってしまい、彼の評価を下げてしまったのだ。
しかもミスをする度におどおどと謝るクロエの態度が勘に触ったらしい。
訓練が終わったあと、食堂でクロエを見かけた際、遂に怒りが爆発してしまった様だ。
(私が全部悪い....どうして、どうして私はこんなにも駄目な人間なのだろう....!)
(食堂に大勢人がいる前で言われてしまった.....!きっと皆も私の事、そう思ったに違いない.....!!)
がむしゃらに外に飛び出して来たので、我に返るまで自分が森の中まで入ってしまっていた事に気付かなかった。
クロエは木の根元に腰を下ろし、膝に顔を埋めて自身を抱きしめた。
そうしていると少しパニックが収まって来たが、次に訪れた感情は情けなさと深い悲しみだった。
(きっと、私が大きいから駄目なんじゃない....もっと根本的な.....私の中身自体が駄目なんだ....)
(もう....消えて、死んでしまいたい......でも、私には死ぬ勇気なんてない.....)
(いつだって私は中途半端で役立たずで....こんな私に良い事が続きすぎたから、罰があたったんだ.....)
木々の間から覗く空は、茜色から淡い藤色へと変化している。
こんなにも激しい悲しみに襲われているのに、空だけはいつだって変わらずに美しかった。
(マルコ....マルコもそう思ったのかな....)
クロエの頭の中にそばかすの優しい顔をした彼の姿が浮かんだ。
(わ、私の事、気持ち悪いって、.....)
頬に涙が伝った。次から次へとそれは流れ出て、しまいにはクロエに激しい嗚咽をもたらした。
クロエにとって、マルコに嫌われることはこの世の終わりを意味する位恐ろしかった。
今まで沢山辛い事を経験したけれど、こんなに悲しい気持ちになったのは絵を諦めた日以来初めてだった。
(彼は、優しいから....本当は嫌なのに私に付き合ってくれてただけかもしれない....)
(きっと....そうだ....もう....考えるのが....面倒くさい.........)
泣いて泣いて泣き疲れて、クロエはその場で気絶する様に眠りの淵へ落ちて行った。
もう、二度と目が覚めて欲しくなかった。
このまま消えてしまう事が、今のクロエのただひとつの望みだった。
鼠:病魔と戦いながら人々の為に奉仕し、
わずか15才で亡くなった不幸な聖女フィーナと共に描かれる。
彼女は体が麻痺して動かなくなり、最後には鼠にかじられて死んだという。目次[
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