愛しい雨 | ナノ


04閉じた庭園  


「クロエはまだ絵を描いてるのかい?」

マルコに尋ねられ、返答に窮する。

幼い頃は確かに絵が好きで、将来は絶対に絵描きになるんだと思っていた。

しかし現実は甘くはなかった。
自分の才能の無さ、写真の台頭による絵画需要の衰退、実家の困窮した生活等様々な事情が重なり、私はその夢を諦めた。
道具を見るだけで夢を諦めてしまった後悔や情けない気持ちが蘇るので、ここ数年は一回も筆に触れていない。


「絵は...もう描いてないの...。道具も...多分お母さんが捨てちゃったと思う...」
なんとか言葉を絞り出す。胸がずきずきと痛んだ。
その痛みは私がまだ絵を嫌いになれない証拠だった。

「勿体ないなぁ。クロエの絵、好きだったんだけど...。」

あぁ、彼はまだ私の絵を好きだと言ってくれる。その優しさが余計に胸を締め付けた。

「...でも、風景しか描かない私の絵なんて見てくれる人いないよ...絵画と言ったら貴族の肖像画や歴史、宗教画を指すものだもの。
それに私は今兵士だわ...絵なんて描いてる場合じゃないよ...。」

「?別に描いたらいいじゃないか。」

「え?」

「兵士だからって絵を描いちゃいけない決まりなんてないだろ?クロエは戦って絵も描ける兵士になればいい。」

????マルコは何を言っているんだろう。

「それに僕はまたクロエの描く綺麗な空の色が見たいなぁ。」
僕のためと思って描いてみてよ。そう言ってマルコは笑った。

そのあたたかい笑顔を見るだけで勇気と希望がむくむくと体の中で起き上がる。
...この人はどこまで私を夢中にしたら気が済むのだろう...。


「...そう言えばクロエ、明日は予定空いてる?」

「ん?空いてるけど...」
明日は訓練が休みなのだ。

「じゃあ連れて行きたい所があるから一緒に出かけよう。久しぶりに話もしたいしね。」

「え」

じゃあまた明日と一言残して爽やかにマルコは去っていってしまった。

........で、でかける...?一緒に?どっどっどどどどどうしよう....!!







「ア、アニ....どうしたら良いと思う....?」

「私が知る訳ないだろ」

部屋のベットの上で足を組み、優雅に本を読むアニが顔すら上げずに言った。

「だ、だってでかけるって....いきなり二人で?
駄目、緊張して死んじゃう....そ、そうだアニ、一緒に「お断りだよ」

最後まで言い切る前に断られた。

「なんで私があんたらのデートに付き添わなくちゃいけないんだ。」

「デ、デートぉおお?」

「違うのかい」

「そ、そんなの恐れ多すぎるよ...私なんかが...」

言っていて悲しくなってきた。
...私みたいな大きな女を連れて歩いたら、マルコに恥をかかせてしまうかもしれない...。

しょんぼりと項垂れていると、アニがひとつ溜め息をついた。
「...あんたは自分で思っている程価値の無い人間じゃない...。これ以上うじうじするんなら蹴り飛ばすよ。」

視線はいつの間にか本を離れてこちらを向いていた。

どうやら発破をかけてくれてるらしい。...ぶっきらぼうだけれど、アニがとても優しい事を私は知っている。

自然と顔が綻んでしまい、それを見てアニは薄気味悪い奴、と言って再び本に視線を落としてしまった。



閉ざされた庭:聖母マリアの処女性、純潔を表す。
絵画に描かれる際はマリアの純潔を表す百合、慈愛を表す薔薇等の花々が描き入れられる。


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