グンタの誕生日、少し前 おまけ編
「てめっ、この野郎!巨人!!間抜け!!!」
「ぶへえ!?」
深夜である。いつものようにクロエの夜の時間が始まる時………
唐突に部屋に乱入してきたジャンによって、クロエの脳天がかち割られんばかりの手刀が振り下ろされたのである。
座っていてジャンよりも頭の位置が低くなっていた彼女は、まともにそれを食らってしまう。
奇妙なうめき声が口の端から漏れた。
「ジャン、チョップは夜の挨拶じゃないんだよー」
「うるせえ!!」
「痛い、痛いよ!!」
二発目も綺麗に旋毛の辺りに直撃する。
腕をもたもたと動かして防御の姿勢を取るが、それはあまり候を成さなかった。
「もー、一体今度は何があったの。またミカサにフられたの?」
「まだフられてねえよおおお!!!!」
「うへええごめええん」
ひとしきりクロエへと暴力を行使したあと、しかしまだ腹の虫が収まらないジャンは、先程までグンタが座っていた椅子へと乱暴に腰を下ろす。
「お前なあ……真っ昼間から男連れ込んでイチャついてたってマジかよ!?」
「う…ん。イチャついては無いけど」
「それはオレにだって分かんだよ。お前のかっわいそうな身体じゃイチャつきようも無いことくらいはなああ」
「えっひどっ」
「問題は人気が全く無かった祭りの日和にてめえが密室で男と二人きりだったことなんだよ…」
「密室じゃないよ、ここはいつでも誰でもウェルカムなんだよー」
「うるせー喋るな巨人身体ミジンコ脳みそ」
「えっ」
ジャンはイライラとした様子で足を組み直す。そうしてジロリと眼前の友人を眺めた。
…………そうして、しばらくの睨み合い(ただし一方的な)が続く。
やがてクロエはキャンバスの前に落ち着かせていた長い身体を、それに不釣り合いに小さい箱椅子ごと動かして彼の傍へと持って行く。
ジャンは未だ厳しい視線を彼女へと投げかけていた。
「ジャン。心配しなくて大丈夫だよ…」
むっつりと黙り込んでしまった親友の骨張った掌を両手で握ってやる。
………昼間に触ったグンタの大きなものとは少し違うなあ、と考えながら。
「私はずーっと、ジャンが大好きなマルコを大好きなクロエのままだからね…」
小さな子供に言い聞かせるように呟けば、ジャンは眼を伏せる。後、小さ過ぎる溜め息。
(きっと、ジャンの方がまだ辛いんだろうな。)
人の苦しみに上下は無いと思うけれど、クロエは忘れることで…優しい思い出から逃げることで、どうにか自分を保つことが出来ている。
でも、ジャンは逃げないで乗り越えようとしているようだ。
だからきっと彼が生きる道は……黒いリボンなんかであっさりと大切な人の面影を切り捨ててしまった自分よりもずっと厳しいのだろう。
「ジャンは偉いよ……」
クロエは続けてそっとした声で言う。
ジャンは何も応えず、ただコックリと一度だけ頷いた。
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