愛しい雨 | ナノ


アニと春の雨上がり 後編  


(アニ.....遅いなあ。)


私は机に頬杖をつきながらぼんやりとしていた。



いつも...昼食時は私の方から、下校時はアニの方から互いの元へ出向くのが二人の暗黙の了解だというのに.....今日は、遅い。

ホームルームが終ってから20分程経つのにアニは一向に現れない。



のんびりとした気質の私であるが、流石にこれはおかしいと思い、重い腰を上げてアニがいる1組まで様子を見に行く事にした。










(......雨だ。)


廊下を歩いていると、しとりしとりと降り出した雨に気付く。


天の上から静かに煙る様に下りてくるそれを眺めては、ああ春雨だなあ...と穏やかな気持ちになった。



......今日、アニは傘を持って来ただろうか。持ってきていないといいな。



恐らく嫌がるであろう彼女を....少々強引に、私の傘の中へとご招待したい。



そう思うだけで、憂鬱な筈の雨も楽しいものへと変わって行く。アニと一緒なら........、ね。









1組の教室の中は、薄暗く、人の気配が無かった。


皆下校するなり、部活動に参加するなりしているのだろう。



「...........?」



アニは....何処に行ったのだろう。


教室内にそっと足を踏み入れ、彼女の席まで辿り着く。



(鞄は.....ある。)



しかも開かれたまま、中身が見えてしまっているものが。


更に....おかしな事に、いつも彼女が優雅に足を組んで腰掛けている椅子が冷たい床に横たわってしまっている。



......どういう事なのか。



椅子を元の位置に直してやりながら首をひねる。.....随分と焦った様子で、どこかへ行ってしまったらしい。



では、何処へ?アニが私を置いて先へ帰ってしまう可能性は、バックがここにある事も考慮に入れて零である。それでは...



アニが焦る....?いやこれはどちらかというと......




......その時、ふと....背中に、いつもの感覚が突き刺さる。




振り返らなくても分かる。........どのような種類の瞳が私の事を見つめているのか、充分過ぎる程知っている。



息をひとつ吸って.....吐く。大丈夫。これ位どうって事は無い。




....とにかく....アニを探そう。彼女はああ見えて寂しがり屋だから、意外と見つかりやすい場所にいるかもしれない。



窓の外をもう一度見つめる。糸の様な雨が校庭の樹木を優しく撫でている。



それを眺めているとどうしてもアニに会いたくなって、変に胸がざわついた。









さらさらからざあざあに雨の音が変わった頃、私はアニを発見した。


.....全身から水を滴らせて膝を抱えていた彼女の姿に、思わず息を呑む。



「アニ、大変....!!駄目だよ、こんな事しちゃ....」


そう言いながら大急ぎで給水塔へと続く梯子を昇り切る。

肩に触れると、当たり前だがそれはぞっとする程冷えきっていた。


「びしょ濡れじゃない...。風邪ひいちゃうよ?ほら...傘の中入って....」


懸命に声をかけ続けるが、アニは全く持って反応してくれない。


真っ青な瞳も何処か遠くを見つめたままで、いつもの優しい視線を私に注いでくれる事は無い。



私は...どうしたら良いか分からずに、ただ、彼女の上に傘をかざす。



「アニ....、」



何かを訴える様に名前を呼ぶが、やはり無反応だった。


私はひとつ息を吐き.....アニの隣に、同じ様に膝を抱えて座り込む。小さい傘の下、二人共がその中に入れる様になるべく体を寄せ合って。



「........あんた」



そこで、ようやくアニが口を開いた。



「随分....上履き汚れてるね」



その言葉を聞いて...ゆっくりと彼女の方を向く。私たちの瞳は、ぴったりと中空で交わった。



「......やっぱり」


そして小さな呟きを、アニは漏らす。



「敵意を向けられていたのは、私じゃなかった.....」


次に、大粒の涙が彼女の頬を伝う。


「変だとは思ったんだよ、あんたと一緒にいる時だけあの視線を感じるから....、何でもっと早くに気付かなかったんだろう....!」


そう言いながらアニの声は嗚咽へと変わって行った。私は....ただ傘の柄を握りしめて、地面を見つめる。



「......クロエの、ひどい噂を聞いたんだ....。」


......アニの言葉に、肩が微かに震えた。分かってはいた....けど.....。



「私の所為なんだね.....。」


ちがうよ、そんなことない......そんな顔しないで



「.......ごめん」



それだけ言って、アニは膝に顔を埋めてしまった。


私もまた何も言えずに、傍らに寄り添う。




しばらく....私たち二人は、春雨の柔らかい檻に閉じ込められた様な気分でいた。

足下の水たまりが細かい波紋を次々と描き、景色を歪ませて映して行く。


徐々に弱くなる雨脚の中、私はアニの金色の髪を眺めていた。


真っ白な肌に本当に良く似合う美しい色だ。



そして嬉しくなるのだ。彼女と一番の友人でいられる事を。優しい優しい、この子と....。





「.....アニ、雨が上がって来たよ」


彼女にハンカチを渡しながら.....囁く。


ぽつ...ぽつ...と疎らな雨の音から、もう傘も必要無いと悟った私はそれも畳んでしまった。


雨上がりのしっとりとした空気で肺を満たすと、何故だか心が晴れ晴れして行くのを感じる。



「すがすがしいねえ.....」


極上の笑顔で言い放った私に、アニは意味が分からないといった視線を向けてきた。



「前に言ったでしょ。全校生徒を敵に回してもアニと友達でいられればそれで良いって....」


いつまで経っても顔を拭おうとしないアニからハンカチを取り上げて、それをぎゅうぎゅうと頬に押し付けてやる。当然、その手は嫌そうに振り払われた。


「それにアニが私の為に泣いてくれた事、すっごく嬉しかったから....。それだけで、充分。」


ひとすじのほのかな虹がかかる空を見上げながら言えば、「....馬鹿」という呟きが聞こえる。


「それに私は、アニの友達なんだって...アニのファンの子達にも胸を張って言える様になる為に...もっと頑張るよ。」


.......隣から鼻をかむ音が。.....私のハンカチはどうやら犠牲になった様だ。


「.....アニの隣にいるのに、相応しい人になりたいな....。」


そう零せば、アニがこちらを見つめてくる。その表情はとっくのとうにいつもの涼しげなものに戻っていた。


.......じっと、見つめられる。


何だか気恥ずかしくなって来た。顔に集まる熱を悟られない様に頬を抑える。


やがてアニはもう一言「馬鹿」と言うと、私の頭を軽くはたいた。


「??いたいよ?」


今度は私の方が訳が分からないという風にして彼女を眺めるが、アニはそれを無視して立ち上がる。

それに合わせて私も腰を上げれば、あっという間に私の視線はアニより高くなった。


しばらくそのまま、はた、と見つめ合う二人。......が、突如足に鋭い痛みが突き刺さる。


「はい!?」


謎の雄叫びを上げながら蹴られた足を抑えて踞る私。頭上からはアニの鼻で笑う声が聞こえた。


「.....偉そうに見下ろしてるんじゃないよ」


「なっ、別に偉そうにしてないよ!」


顔を上げれば、この上なく楽しそうにしながら私へ手を差し伸べるアニの姿が。

言いたい事は色々とあるが....この笑顔に私は弱いのだ。何も言い返せずに彼女の手を握るしかない。


......再び私たちの視点は離れて行く。アニは優しく目を細めながら、やはり笑っていた。



「.......あんたが、クロエで良かったよ」


「え......」


「さ、帰ろう。確かアイス奢ってくれるんだよね」


「このびしょ濡れ状態で食べたらそれこそ風邪引いちゃうよ....」


そのまま私の手を引いて歩き出すアニ。私は溜め息をひとつ吐いてから、笑顔でそれに続く。




「クロエ.....。」


給水塔の梯子を下りて、屋上に着地した時、ふとアニが私の名前を呼んだ。


「なにー?」


気の抜けた返事をすると、アニはやや恥ずかしそうに顔を伏せる。


「........ありがとう」


そして、一言こう告げた。私は思わず目を数回瞬かせるが、その間にアニはもう歩き出してしまっていた。


けれど...その耳が少しだけ赤い事に気付いた私は、穏やかに笑ってその隣に並びながら「どういたしまして」と告げる。


そうすると私の左手に彼女の右手が絡んできた。それが嬉しくて、強く強く握り返す。



........やっぱり、好きだなあ。


私はアニと友達になれて本当に良かった。いつだってそう感じるんだよ。


そしてそれは逆も然りの筈。


毎日の幸せは全部.....、アニと一緒だから。


ね、アニ......。



リン様のリクエストより
あんぱんと青空の続編でアニのファンの子達の主人公の悪口をアニが偶然聞いて怒る話で書かせて頂きました。




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