アニと春の雨上がり 前編
(
アニとあんぱんと青空続編)
(........あ)
朝、登校する生徒で校門が賑わう時間帯。その中でも、周りとは違う...一際涼しげな空気を纏った美少女が私の目に留まる。
すかさずそれに近付こうと、満面の笑みを湛えて私はその傍へと向かう....が、流石ラッシュ時。思う様に動けない。
しかし、ふと彼女がこちらを向いてくれた。......真っ青で、本当に綺麗な瞳をしていると思う。
嬉しくなって手を大きく振る.....が、彼女はその美しいお顔をふいとそらして何事も無かった様に校舎へと歩を進めてしまう。
ええー.....
「アニー!置いて行かないでー!!」
遂に私は叫んでしまった。
だって...!折角会えたのに、朝の登校を一緒にするのが嫌っていうアニの言葉を聞かずに待ち伏せしたっていうのに、これじゃあんまりだよ!
私の声を聞いた美少女――アニは、ぎょっとした様にこちらを見た後...物凄い早さで走り出してしまった。
えっ、運動で勝負に出られると困る。適う訳が無い。
(.........でも、)
今はグラウンドでは無い、すし詰め状態に近い程ぎゅうぎゅうな朝の通学路!この状況なら、私だってアニに追い付くかもしれない!
そう思うと楽しくなって来た。何だか追いかけっこをしているみたい。
「アニー、待ってー」
「なっ、何で笑ってるんだ!!」
「ほらあ、走りながら喋ると危ないよ?舌噛んじゃったら大変」
「こっち来ないでよ!!」
「それは無理だなあ。」
下駄箱まで辿り着き、遂に私はアニの体を胸に閉じ込める。うん、収まりが良くて可愛い。
「おはよう、アニ」
「くたばれ」
「くたばれは挨拶じゃないよー」
「離して」
「......もうちょっと」
「..........まだ?」
「もう少し......」
「まだ........?」
「うーん.....」
「良い加減にしろこの2m級!!」
「ひどい、2mも無いよ!!」
アニの回し蹴りが私の脇腹に突き刺さる。うーん、朝食の納豆ご飯が逆流しそうだ。
しゃがみ込む私を睨み下ろしながら息を切らすアニ。先程までの涼しげな表情の女性とは別人の様だ。
だが....少しすると、何も言わずに手を差し伸べてくれる。それがして欲しくて大袈裟に痛がってみせたりするのは内緒だ。
「おはよ、アニ」
その手を取りながらもう一度朝の挨拶をすると、アニも小さな小さな声で「....おはよう」と返す。
それが本当に嬉しくてもう一度抱き締めたくなるけれど...それは我慢。もう一回蹴られたら今度こそ胃の中身が出て来ちゃう。
上機嫌になって鼻歌をしながら上履きを取り出す私の事を、アニは呆れた様に眺める。
見下ろして微笑めば、盛大に溜め息を吐かれた。その仕草すらとっても綺麗に見えるのは流石アニ。
さっさと歩き出してしまう彼女に早足で追い付き、隣に並ぶ。......今度は、逃げないでいてくれた。
........金色の髪、青い眼、透き通る様な白い肌、スラリと長い手足....アニの魅力を挙げたらそれこそキリが無いけれど.....私はやっぱり、優しい所が一番好き。
昔からずーっと変わらない。それで、ずーっと私の一番の友達。
「今日も一日頑張ろうね、アニ!」
「......朝から大きな声出さないでよ。脳に響く」
「アニったらテンション低いなあ。月曜日の朝なんだから元気に行かなきゃ!」
「月曜日の朝に元気が良い人間の方が珍しいよ....」
ぼそりと零したアニの掌を強引に握り、私は賑やぐ廊下を歩いて行く。
ああ、朝からこんなにもアニの近くにいられるなんて、今日は本当に良い日だ。
*
.......昼休み。
この時間が嫌いだった。
一人でいるだけなのに、何故か悪目立ちしてしまう時間帯。
勘繰る様な視線が肌をちり、と刺し、それから逃れる為に一人だけの場所を探して....
.......何より嫌なのは、その視線をかい潜って、一際強く深く、身体に届く種類のもの。
こんな事、かつては何でも無かったのに。私は...随分臆病になってしまった様だ.....
ほら、また感じる。
明確に向けられる、確かな―――敵意。
仕方の無い事だ。私は人に好かれる様なタイプの人間ではない。
だが.....嫌われる謂れも無い筈。
.........理不尽なものだ。少々異質というだけで勝手に蔑みの対象にするのだから。
気を紛らわせる様に、机の上に置かれた自分の掌を見つめる。
以前は豆とあかぎれだらけの手だったが、今はしっとりとしていて白い。
........綺麗だと思う。
クロエが、よく褒めてくれるから.....知らないうちに、自分でもそう感じる様になっていた。
最も彼女は私の事なら何だって褒めてくれる。正直やめてほしいと思う位これでもかと。
(..........クロエ。)
早く....来て欲しかった。
昼休みが始まってから彼女が迎えに来てくれるまでの時間はいつも物凄く長く感じる。
.....底の見えない孤独から、私は引っ張り上げてくれた人。今も、昔も、ずっと変わらない......
「おやおやあ、アニはこーいう男の人がお好みですか」
..........肩が、びくんと震えた。
反射的に湧いた様に現れたデカブツに肘を打ち込んでしまう。彼女は物凄いうめき声を上げながら踞る。
「普通に登場し・ろ....!!」
「うわあアニ、踏まないで。....あっ、蹴るのもやめて」
......何と言うか、こいつはこっちに来てから態度がでかくなった。
「誰が、誰を好みだってっ....!?」
「なっ、だってさっきから雑誌の同じページ見つめたままピクリとも動かないんだもん!そんなに好きなのかと思ったよ政治家の山田先生!!」
「来てたんならとっとと声かけろやクロエツリー」
「私は電波塔じゃないよ!!」
涙目になるクロエの腹の辺りを丸めた雑誌で叩くとぐへえ、とかいう間抜けな声が漏れた。それが面白くてなんだか笑ってしまう。
「.....今日帰り、アイス奢って」
這々の体で体勢を立て直したクロエの対して腕を組んで告げた。
「はい?なんで」
彼女は未だに涙目である。片手にはいつもの巨大アンパンが。
「何か今日のあんたムカつくから」
「.......あなた何処の国の女王様ですか」
「文句あんの」
「文句しか無いんですが....」
「何か言った」
「......ごっ、ごめん」
しょんぼりするクロエに先程の雑誌を押し付けてから、私は弁当を持って立ち上がる。
「金はあるんだろ。それ位良いじゃない」
教室の入口へと振り向かずに歩を進める私の後ろから、がたがたと焦った様に追いかける音がした。
「あ.....」
そこで小さな奴の声が聞こえる。.....あの馬鹿、ようやく何の雑誌か気付きやがったんだ。
「安美賞、おめでとう」
ちらりとだけ振り返って告げれば、案の定目尻に涙を溜めた情けない表情のクロエが目に入る。
その数秒後、私は全身の骨が折れるんじゃないかという位激しい抱擁を受けるはめになるが、表面上は至極嫌そうにしながらも悪い気はしなかった。
クロエが喜ぶと私も嬉しいし、悲しいと同じ様に辛い。それは逆も然りの筈。
だからこうして今....またしても、激しい敵意の視線をどこからか感じながらも、胸中は平静を保つ事ができるのであって....
全部.....クロエと一緒だから。
ね、.........クロエ。
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