愛しい雨 | ナノ


アニとあんぱんと青空 後編  


クロエとアニの距離は、少しずつ近付いて行った。

以前はクロエが一方的に構い倒すばかりであったが、最近は自然と二人でいる事が多くなり...

その美貌とカリスマ性から孤高の女王と揶揄されていたアニと、規格外の長身故に目立たざるを得ないクロエのコンビは、ちょっとした名物となっていた。



昼休みとなり、アニはがたりと席を立つ。


偶には...こちらから出向いてみよう、と思ったのだ。

更に言うと...クロエが自分のいない...彼女自身のクラスではどういう風に振る舞っているかが少し気になる。


......クロエは、友達が多い。

人当たりの良さから来るいじりやすさか、長身ながら威圧感を感じさせない物腰の柔らかさか.....色々と要因はあるが、きっと一緒にいて落ち着く人だから....

そんな彼女が何故...自分の様な人間をここまで好いてくれているのかが分からないのだ。

私は、クロエの事がもっと知りたいのかもしれない...



――――



「クロエ、お前何処行くんだ?」


クロエがいる五組の扉付近まで来ると、彼女が男子生徒に呼ばれている声がした。

今日も今日とて自分の所へと向かおうとしている途中だろう...


「あ、アニの所に行くんだよー」


やはり予想の通りだ。


「.....最近、教室で食べないのはその所為だったのか...」

「うん。アニと一緒に屋上で食べてるの。」

「.....そっか。」


...クロエの会話の相手の声が少し曇った。


「あんまり、レオンハートと仲良くしない方が良いんじゃないのか?」

「?どうして」

「あいつ、キレーな顔してるじゃん?だからファンも多いんだよ。
最近、そこいらの連中がお前の悪口言ってるの聞いたし...」

「.....そうなんだ。」

「それに...オレさあ、あいつ苦手だよ。
....近くにいると、何だか見下されているみたいな...そんな惨めな気分になるんだよな...」

「アニはそんな事思わないよ...。」

「うん...。でもさ、クロエがあいつと仲良くする事を良く思わない人間もいるって事、覚えておいた方が良いぞ」


アニはそこまで聞くと、その場からゆっくりと踵を返して歩き出した。



.....別に、あの男子生徒が言う事がどうこうと言う訳ではない。

しかし...非常に不快な事は確かだった。



何で、そんな余計な事を言うの?

クロエは...私と仲良くしようとしてくれていて...

折角、ようやく、ここまで来れたのに...







「アニ、見っけ」

クロエがまた梯子を登りながら笑顔を覗かせた。

「教室にいないからびっくりしたよー。」

そう良いながらいつもの様にアニの隣に腰を下ろす。


「....アニ?」

最近は言葉少なながらも反応してくれる様になった彼女が全くの無言だ。

訝しげに思ったクロエがアニの顔を覗き込む。


......無表情。初めて会った時の様な冷たい顔をしている。


それを見たクロエは...特に何を言うでなく、アニと同様に給水塔に背を預けて空を見上げた。

相も変わらず良い天気だ。抜ける様な青色の中、羽ばたいて行けそうな気がする。


クロエはそっとアニの手を握った。

且つて...泣き虫の私に、貴方がよくしてくれた事なんだよ、アニ。


「....無理に仲良くしなくて良い。」

アニが静かに口を開いた。クロエは目線を空に向けたままそれに耳を傾ける。

「私といたら、嫌われるんでしょ...。」

きゅっとクロエの手が握り返された。


....クロエは、静かに給水塔から体を離した。

何をされるか察知したアニもまたそれに倣い、クロエの方へと体を向ける。


....彼女の腕が自分の体に回った。....本当に長い腕だ。すっぽりとその中に収まってしまう。

ぎゅうと抱かれるととても心地良い。

胸に頭をもたせて目を瞑ると、微かな柑橘の香りがふわりとした。


「...校内の全ての人たちを敵に回しても、私はアニと一緒にいれた方が良いなあ。」

彼女が声を発すると振動が体に伝わる。体温とその微かな揺れが心を落ち着かせてくれた。

「前は...貴方がとても悲しくて、苦しい思いをしている事に気付けなくてごめんね。」

腕の力が強くなる。声が少し...掠れていた。

「今度は傍にいるよ。」

.....優しい言葉だ。止めて欲しい。....泣きたくなってしまう。


アニはただ、クロエの体から与えられるものを全身で感じていた。


そして.....しばらくして、一言....「ごめんね」と、呟く。


体をゆっくりと離すと、互いの瞳はしっかりと交わる。


アニは、カーディガンを捲り、隠されていた手首をクロエに見せた。

クロエは、彼女の白い掌をそっと手に取り...眼を伏せて、その手首に巻かれた白く、端に刺繍の入ったリボンを眺める。


「......私、記憶....あったんだよ。」


ぽつりとアニが零した。

「でも...忘れてるふりをした。」

クロエはただ白いリボンを見つめている。

「....自分が以前犯した罪が、受け入れられなくて...。」

ぽたりとそこに雫が垂れた。クロエの睫毛が濡れて光っている。

「あんたにも、怖くて...ずっと、会いに行けなかった。....蔑まれたり、攻められたらどうしようって...」

掌が、両手で包み込まれた。握る力が強くなる。

「だって...」

つう、と一雫涙が自分の頬を伝った。


「だって私...、クロエに嫌われたくなかった....」


その声は、痛い程澄み切った青空の中へと消えて行く。



しばらく...二人は、ただ無言で涙を流し続けた。



飛行機が頭上を通過する。そして、ぶーん...という鈍い音を辺りに響かせていった。





「...お腹減ったねえ。」

しばらくして、未だ鼻声のクロエが、ティッシュで鼻をかみつつ零す。

アニは無言で頷いた。


「ご飯食べようか。」

クロエはそう言って穏やかに笑う。赤い鼻が少し可笑しかった。

「うん....。」

それに眼を細めて応える。


....いつもと変わらない。昔から変わらない。私は...彼女の傍が好き。

そして、きっとクロエも私の傍が好き...。


ここでは...私は戦士ではない。だから、今度こそ本当の友達として、ずっと傍に...


――――


「ねえあんた...あの絵、公募展とかに出さないの?」

食べ終えた弁当に蓋をしながらアニが問うた。

「んー...。考えた事ないなあ。」

とっくにいつもの特大アンパンを食べ終えていたクロエが気の無い返事をする。

「出したら?」

「何で?」

「....大勢の人に見てもらった方が良い。」

「そうかなあ...」

「.....その中に、あいつがいるかも知れないでしょ。」


アニの言葉に、クロエの体がぴくりと反応した。


「あんた一人の足じゃ奴を探すのに限界がある。
でも、絵なら...美術館に飾られたり、印刷媒体に載って...あれの眼に入る可能性がある。」


.....頑なに名前を呼ぼうとしない。そんなに嫌いなのだろうか...


「それに....私は、あんたの絵は校内の廊下なんかじゃなくて...もっと広い所に飾られて欲しい。」

アニは、立ち上がって街の向こうにある空を眺めた。


「私は、クロエの絵が好きだから...」


そう呟くと、自分の後ろにクロエが立った気配がした。あの...旧校舎の美術室の時と同じ...。

クロエはアニの肩に手を置き、顔を覗き込む。


「私は、そう言ってくれたアニが大好き...!」

この上なく嬉しそうな笑顔だ。こっちまで嬉しくなる。




「....授業、サボろうか。」


ふと、アニが呟いた。クロエが驚いた顔をする。


「もう少し...話そう。」


そして柔らかく笑って手を差し出した。クロエはそれをしっかりと握る。


「私たち、ワルだねえ。」


無邪気にそう言うクロエを見て、アニは何だか可笑しくなり...何千年かぶりに、声を出して笑った。



リン様のリクエストより
転生でアニと再会する話で書かせて頂きました。





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