愛しい雨 | ナノ


怪我をする 後編  


クロエが一週間ぶりに目を覚ました。

その知らせを聞いた時、体からすっかり力が抜けてしまい、立てなくなってしまった。

ジャンにしっかりしろと体を起こされ、身が入らない訓練を終わらすと、着替えもせずに医務室へと走って向かう。


走りながら色々と考えた。

会ったらまずどうしよう。何を話せば良いのだろう。

あんなに会いたかったのに、いざとなるとどうすれば良いのかさっぱり分からない。

でも、そんな事はどうでも良い。

生きていてくれた、それだけで僕は――




久しぶりの彼女は、拍子抜けする程いつも通りだった。

ベッドに半身を起こし、弱く笑いながらこちらを見ている。

服から覗く体に巻かれた白い包帯のみが、その身に起こった事故の悲惨さを物語っていた。


「......マルコ、迷惑かけて、ごめんなさい。」

第一声はそれだった。


「......私、鈍臭いから....本当、こんな怪我までして....皆に迷惑かけちゃって....」

固まる僕に対して彼女は更に謝辞の言葉を述べて行く。

眉を下げながら、心から申し訳無さそうに.....


違う。

......そんな事を言わせる為に、僕は毎日君の傍で手を握っていた訳じゃないのに....


「そうだ、あの事故に誰か巻き込まれたりしなかった?」

こんな大怪我をしたのに、なんで君は人の心配ばかり....

そうだ、いつだってこの子はそうなんだ...。自分より、他人を優先して....

今回だってその性質の所為で君は....あんな奴を庇って....


「あと....あの人、金髪の男の....あの人は、平気だった....?」


その一言に何かが切れるのを感じた。


クロエの両肩に手を乗せ、しっかりと視線を合わす。

彼女の瞳が不安げに揺れた。


「自分が何したのか分かっているのか」


そう問えばクロエはまた「ごめんなさい....」と謝る。


「謝るなよ」


彼女に対して一度も使った事が無い様な低い声でそう言うと、みるみるクロエの目の縁に涙が溜まっていく。


あぁ、違う。違うんだ....。

こういう表情をさせたかった訳じゃない。

君が起きたらうんと優しくしてあげようとずっと思っていたのに.....!


「......謝って欲しいんじゃないんだ....!」


でも、止まらない。

僕がこの一週間、どんなに不安だったか。

どんなに君が居なくなるのが怖かったか。

それを何で分かってくれないんだ....!


「クロエ....頼むよ.....」


肩に乗せていた手をそのまま首に回す。

喉から嗚咽が漏れて来た。

気付かないうちに、自分の頬はまたしとどに涙で濡れている。

この一週間で僕は一生分の涙を使い果たしてしまったのではないだろうか。


「頼むから、もっと自分を大切にしてくれよ....」


そのまま僕はクロエの首に顔を埋めて泣いた。

彼女はきっと困惑したに違いない。

それでも僕の背中に回って来たクロエの腕の温もりが怖い程優しくて....

一層僕の涙腺を刺激するのだった.....





「うわー、恥ずかしい。」

僕はクロエの顔が見れなかった。

ベッド脇の椅子に腰掛けながら頭を抱える。

何と言う事だろう。好きな子の前で泣いてしまうとは。

頭が冷静になるにつれて自分の醜態に気付き、顔に熱が集まってくる。


「そんな恥ずかしがらなくても.....。私だって以前マルコの前で泣いちゃったよ?」

「クロエは女の子だから良いんだよ....。僕だってちょっとは格好つけたいんだ.....」

「良いじゃないの。マルコの泣き顔なんてもう見慣れてるもの」

「....いつの話だよ」

「大丈夫。マルコは泣いても笑っても格好良いよ。」

「そういうのやめてくれよ....」

「本当のことだよ。私はどんなマルコだって昔からだいす「もう良い!もう良いから!!やめるんだ!!」

満面の笑みで好きを伝えようとする恋人の言葉を遮る。

ただでさえ熱かった顔に更に熱が集まる。

本当にこの子はもう.....


「あのね、マルコ.....私、嬉しかったよ....。」

クロエがそっと僕の掌を握りながら囁いた。

「私なんかの為に、マルコが泣いてくれて、すごく嬉しかった....」

その言葉に収まったと思った涙がまた溢れてきそうになる。

「......なんかって言うなよ.....。」

そう言いながら彼女の手を握り返す。

「クロエは、どれだけ自分が大切に思われているか分かってないんだよ....。
僕だけじゃない。アニやジャンだって、どれだけ心配したか......」

「......うん。」

「僕自身も.....びっくりしてる。君の事を、こんなに好きだったなんて.....。
だって、クロエが居ない世界なんて、そんなの....僕は嫌だ。」

「ありがとう.....。それからやっぱり....ごめんなさい。」

「.....うん。僕も、ごめん....。」

そう言った後、もう一度彼女の体を抱き締めた。

普段だと恥ずかしがってさせてくれないから、できるだけ長い時間こうしていよう。


「....マルコ、私の手をずっと握っていてくれたんだってね...。さっきアニから聞いたよ....。」

「うん.....。」

「すごく嬉しい。....ありがとう。」

「うん.....。」

「大好きだよ....。」

「....僕も。」


今更ながらクロエが目を覚ました喜びが胸の内に湧き起こる。

こうやって抱き合う事も、触れ合う事も、眠っている間はできなかった....!

嬉しい。僕は、クロエと出会えて本当に良かった。

もう二度とあんな悲しい思いをするのはごめんだし、彼女にさせてもいけない。

だから僕はもっと強くならなくては。

自分は勿論、クロエの事も守れる位....強い兵士に、僕はきっとなってみせる。


今こうして二人でいる幸せが....ずっと未来まで....どうか、続きます様に....。



リン様のリクエストより
訓練で自分を馬鹿にした訓練兵を助けて死にかけるほどの怪我をし、心配され、説教される話で書かせて頂きました。




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