02空色の車輪
どうやらマルコは完全にクロエの事を忘れているらしい。
すれ違った時も全く無反応だった。(軽く挨拶はしてくれたが)
(...やっぱり、私の事覚えてないのかな...それともこの身長のせいで分からないのかも...)
声をかけてみれば解決するのだが、本当に綺麗さっぱり忘れられていたらもう立ち直れない。
(一目見れただけでも奇跡だもの...このままずっと遠くから見ているだけにしようかな...)
「はあ...」口から出るのは溜め息ばかりだ。
*
「君と僕、今夜の夕食の片付け担当だから。」
「へ?」
運というものは巡ってくるものである。なんとマルコから声をかけてきてくれたのだ。
「じゃあ夕食が終わったらよろしくね。」
「ふへぇえ?」
そう言うとマルコは爽やかに立ち去ってしまった。唐突すぎて何がなんだか分からない。
その日の夕飯は喉を通らなかった。
夕食が終わりが早く来て欲しい様な、来て欲しくない様ななんとも複雑な気分である。
しかし思いとは裏腹に時間とは容赦なく過ぎ去るもので、遂に片付けをする時が来てしまった。
「じゃあ始めようか。大変だと思うけど頑張ろう。」
「だ、大、じょ、丈夫、です...」緊張のあまりひどいどもり方をした。
マルコが話しかけて来てくれるだけでクロエの中では幸せな気持ちが風船の様に膨らむ。
「?そういえば名前聞いてなかったね。僕はマルコ。君は?」
...やはり覚えていないらしい。その一言で心の中の風船は嘘の様にしぼんでしまった。
「わ、わたしは...」
もしここで名前を言っても思い出してくれなかったらどうしよう。
それどころかこんなにみっともない背になった自分を気味悪がるかもしれない。
悪い考えばかりがぐるぐる回って頭がおかしくなりそうだ。
「あ、あの...」
な、何か言わなくちゃ...それとも逃げてしまおうか...駄目だ。片付けの当番を彼に押し付けてしまうわけにはいかない。
マルコは固まったまま動かないクロエのを不思議そうに見ていたが、ふいに何かに気付いた様に近づいた。
「ん?もし違ってたらごめん...君ジエナ町に住んでいた事、ある?」
「え...」
「髪を結わえてるそのリボン、なんか見た事あるんだよね...確か近所で売ってた様な...」
当たり前である。このリボンは幼い頃にマルコがプレゼントしてくれたものだ。
「僕それを買ったことあるから分かるんだよ......ねぇ、待って...君、もしかしてクロエかい?」
嘘。.....思い出してくれた。身長が変わっていても私だと分かってくれた。
「あぁやっぱりクロエだ。
随分と背が伸びたね、僕より大きいじゃないか。...久しぶりに会えて嬉しいよ。」
その言葉だけで一生分の幸せを味わった様な気分だった。
しかし、それだけにまた何か悲しいことが近いうちに起るのでは無かろうかと、不安な気持ちがクロエの胸の中に頭をもたげた。
いつだって幸せの絶頂にいたかと思えば突き落とされ、また気まぐれに幸福の頂きに祭り上げられる。
そうやって一生運命の良い様に弄ばれるのかと思うと、たまらなく怖い。
(でも...)
貴男が私を見つけてくれた事実がこの胸にあると思うと、少しだけ不安じゃなくなるの。
車輪:運命の浮き沈みを表す。運勢の女神フォルトゥナの持ち物。
また高度な学識を備えた聖女カタリナが殉教した際の拷問道具でもあった為、キリスト教絵画では彼女を象徴する。目次[
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