愛しい雨 | ナノ


マルコと結婚する 前編  


まるで、影の様な二人だと思った。

どちらも自己主張が強いタイプではない。ただ、静かにそっと寄り添い合う....互いの影の様に....







「お前ら....本当にこんな小さい式場でいいのか?」

休日が重なる時、偶にマルコとクロエが住んでいるマンションに遊びに行く事がある。

二人が再会したあの日から、それはもう予め決められていたかの様な自然な流れでこいつ等は一緒に暮らし始めた。

どうやら式が終わるまで待てなかったらしい....。

しかし、クロエに至っては結婚式を挙げるなんて全く考えていなかった様だ。

ある日式はいつ挙げるのかと質問したらまるで何の話?という様に首を傾げられた。

これはマズいと思い、お前はあいつの花嫁姿が見たくねぇのか、とマルコを説得してようやく式の段取りを決めさせた所である。

しかしこの二人、欲がまるで無いのか凄まじい地味婚へと舵を取りつつある。

まあこいつ等らしいと言えばそうなのだが.....


「しかも式の時間帯が夜って....!お通夜かよ....」

「そんな怖い顔するなよ、ジャン....。
そこしか時間が取れなかったんだよ。もう少し後になれば空くのかもしれないけれど....これ以上先延ばしにするのも良く無いだろう?」

「別に結婚式なんてしなくてもいいのに.....。一緒にいれればそれで私は良いんだよ?」

はい、御馳走様。

「それは駄目だよ。クロエのウェディングドレスは僕が見たいし....」

「そんな大した物じゃないよ....」

「そんな事言っちゃ駄目。
まぁ呼ぶ人間も二人の共通の友人、つまり君達だけだし...僕もクロエもあまり派手なのは好きじゃないからね。」

「はぁ...お前等ってなんか似た者同士っていうか.....もう老夫婦みたいな落ち着きっぷりだよなぁ...」


.....何と言うか、本当お似合いだよな.....







「ユミルにクリスタ!来てくれたんだね....!」

そして式当日、シンプルな白いドレスに身を包んだクロエが随分と身長差がある二人組に駆け寄った。

夜の式場の薄明かりの中で、全身を白に包んだその姿はステンドグラスを通した鮮やかな光を綺麗に投影させている。

「おめでとうクロエ。とっても素敵だよ...!」
感極まったクリスタの目には涙が浮かんでいる。

「いや....私はてっきりお前はアニと結婚するんだと思ってたぜ...。
まさかあの雀斑とはなぁ....」

「もうユミル...貴方だって雀斑でしょう。クロエとマルコはね、ずっとお互い好き合ってたんだよ....!
私は気付いてたもの。」

「まぁ確かにお前等仲良かったけどさぁ、なんかほわほわしたコンビだったから....そういう事になってるとは思わなかったぜ....。あいつも所詮雄だったという訳か...」

「変な事言わないの!」

「で、どうなんだよ。どこまでいってるんだ?
.....まぁ今更式を挙げるなんておかしいとは思ってたんだよ。....できちまったんだろ?」

「ちょっとユミル!何て事言うの....!!」
クリスタが顔を赤くして怒る。

しかしそのクリスタ以上にクロエの顔は赤かった。白いドレスが余計その朱色を引き立てている。

「.....ま、まさか本当に...!」
ユミルの顔は反対にサッと青くなった。

「ち、違うよ....!マルコはそんな事する人じゃない....!!」
クロエは今までに無い位の慌てぶりでそれを否定する。

「はぁ?じゃあ何でそんなに狼狽えてるんだよ」

「う、ううん...。私....結婚するって....式を挙げて...名字が変わって...それで一緒に暮らす位しか想像してなかったけれど....。
そうなんだよね....。子供も....作れるんだよね...。」

クロエは口元を左手で覆う。
指先までほんのりと色付いており、薬指の銀色の指輪がその朱色と対照的に凛とした光を放っていた。


「.....なぁクロエ.....。結婚する関係にまでなったって事はよ....その、それなりの事はしてるんだろ....?
何で今更そんな.....」

ユミルがひとつ溜め息をつきながら尋ねる。

こいつ....本当に中学生かよって位初心だな.....


クロエの目は先程の質問ですっかり泳いでしまっている。見ているこっちがこそばゆくなる反応だ。

さっきまでユミルを咎めていたクリスタもその白い頬を少し上気させながら事の顛末を見守っている。

......クリスタはこういう話結構好きだからな....


「それは....まぁ...キ、キスとかは....するよ.....?」

ようやく口を開いたクロエの言葉にユミルとクリスタは盛大にずっこけた。


「キ、キス......?」

「う、うん.....。」

「.....んな事は分かってるんだよ!キスとか....小学生の恋愛かよ!もっとこう...あるだろ!!」

「え....えっと....」

「.....なぁもしかしてお前.....」

「そ、それ以上は駄目!!」
その時、クリスタが精一杯手を伸ばしてユミルの口を覆った。

「な、何するんだよクリスタ...!だってこいつ等結婚する癖にまだ....」

「駄目!絶対にそれ以上言っちゃ駄目!!今時こんなにピュアな女の子なんていないんだから...!!
クロエの事を汚しちゃ駄目だよ!!」

「なんつーかあの雀斑.....。ヘタレなのか...それともホモなのか....」

「.....ユミル....何言ってるの....。
きっとマルコはすごくクロエの事を大事にしているだけだよ。」

クリスタはうっとりと微笑んだ。

そしてクロエの肩に手を伸ばして屈ませる様な仕草をする。

クリスタの手の動きに合わせて少し膝を折ると彼女の細い腕が首に回るのが分かった。

そっとクロエを抱き締めた後、クリスタはその頬に軽くキスを落とす。


「.....クロエ。本当に、幸せになってね.....。」

そう言って微笑む彼女は、ステンドグラスの厳かな光の中でまるで聖女の様に美しく見えた。


「....ありがとう....でも私はもう充分幸せだよ....。本当にありがとう、クリスタ....。」

クロエもまたそう言ってクリスタの事を抱き返す。


.....どうかこの世界では...皆が幸せでありますように.....







「....ちょっとヤバいね。」

軽くアルコールが入って頬を赤くさせながら、マルコは呟いた。

「何がだよ」

式場を少し出た所にある噴水の縁に寄りかかりながらジャンがマルコに尋ねる。

夜の噴水はオレンジ色にライトアップされ、その琥珀色の細かい雫を辺りに柔らかく飛ばしていた。

宴の騒ぎに上気した体に心地よくそれは沁みて来る。


「クロエだよ....。まさかウェディングドレスがあんなに似合うなんて.....
何あれ......。妖精?天使?いや、最早神様だね。」

マルコはうっとりと式場の方を眺める。入口からユミルとクリスタと話すクロエの姿が小さく見えた。

「な、式をちゃんと挙げて良かったろ?
......それにしてもお前も目玉にめでたいフィルターかかってんなぁ。あれが天使ねぇ。」

ジャンもちらりとクロエの方に視線を送る。

「....何て事言うんだジャン!
というか君....クロエの可愛らしさが分からないなんて....人生損してるよ。可哀想に。」

「まぁ....確かに可愛いっつーのは分かるよ。」

「それは駄目だ!クロエの魅力は僕だけが知ってれば良いんだから....!
君までクロエを好きになられたら困る!」

「.....オレはどうすりゃ良いんだよ....。そんなんじゃねーから安心しろ。
オレからしてみればあいつは....何と言うか大型犬の類いと同じかな....
まぁ、懐かれて悪い気はしなかったぜ」

「大型犬か....成程。なんか分かるよ。」

「お前が居ない間オレがあいつの世話焼いてやったんだからな。感謝しろよ。」

「.....あぁ....。君やクロエには....悪い事をしてしまったと思うよ....」

マルコはぼんやりと噴水を眺める。
今は吹き出す水の量が少なくなり、静かな水音をその場に響かせている。

「あの時のあいつはなぁ....見てるこっちが辛かったぜ....
大して強くもねえ癖に無理しやがって...」

「うん....」

「クロエの主人はお前だろ?....二つの意味でな。
.....もう、勝手にいなくなってやるなよ....。可哀想で見てられねえから....。」

「.....そうだね....。本当...クロエにはなんて謝っていいのか分からないよ...」

「馬鹿、謝る必要なんてねえよ....。
精々クロエがババァになるまで傍に居てやって...それであいつより長生きしてやりゃ良いんだよ。
たったそれだけの事で...あの女は世界で一番幸せになれんだから...。本当、安い女だぜ...」

「うん....そうだね....。ありがとう、ジャン.....。」

「....別に良いって...。」


勢いの増した噴水が再びキラキラと月の光を映して辺りに水を広げる。

ジャンとマルコはしばらく無言でそれを見つめていた.....







「ライナーとベルトルトも来てくれたんだ!招待状送っておいて良かった....!」
クロエが嬉しそうに自分と同じく長身の二人に話しかけた。

宴もたけなわとなり、少しアルコールも入っているのか彼女の表情はふわふわとしている。

「うん、おめでとうクロエ。」
ベルトルトが優しく微笑みかけた。

「中々綺麗じゃないか。背が高いとそういう服も似合うな」
ライナーも上機嫌にクロエに声をかけた。

「あれ....そういえばアニは?」

二人がいるのにアニが居ないのはおかしい。

.....というより、自分の一番の親友であり仕事の良きパートナーである彼女の姿が見えないのは奇妙だ。

「あぁ、アニならな....」

ライナーが式場の入口の方へ目をやる。

「お前の花嫁姿を見た瞬間に堰を切った様に泣き出してしまってな....まだ外に居る...。」

「え?そんな....まだって...もう式を挙げてから随分経つよ?」
クロエも驚いた様に入口の方を見る。

「まぁ何だ、ちょっと声をかけてやってきてくれ....」

「うん、良いけれど....」

ちょっと行って来るね、とクロエはドレスの裾を翻して走っていった。

「しかし....恋をすると女ってのは本当に綺麗になるもんだな」

その後ろ姿を見送りながらライナーは感心した様にベルトルトに話しかける。

「....うん、そうだね。....アニもクロエと知り合ってから...綺麗になったと思う....。」
少し憂う様な表情でベルトルトは答えた。

「.....?どういう意味だ」

「.....そういう意味だよ...。」

ベルトルトはひとつ溜め息を吐く。

ライナーは不思議そうな顔をしてそんな彼を見つめた。


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