愛しい雨 | ナノ


24白い鳩は空高く....  


「驚いたよ」

アニが腕を組みながらマルコを見つめた。ズボンに包まれた美しい足も組まれている。


今三人は、画廊の隅のテーブルに設置された椅子に腰掛けて向かい合っている。

あれから抱き合って動かない二人をいつまでいちゃついてるんだとアニが一喝し、この姿勢に落ち着いたのである。

しかしテーブルの下でマルコとクロエの手は繋がれている。

(何十年ぶりの再会だ....。そうしたくなる気持ちも分かるが....)

アニは若干苛ついていた。


「二人は今何をしているんだい?」

マルコがにこやかに問う。

「今は...二人三脚で仕事をしているんだ」
クロエがまだ恥ずかしそうに答える。しかし顔がにやついている。嬉しくて仕方がないのだろう。

「私が仕事を取って来てクロエが描く。そういうスタイルでやっているよ....
超売れっ子という訳ではないが二人で食べて行くことはできている。」
アニがそれを引き継いだ。

「へぇ....じゃあこれも....」
マルコが室内をぐるりと見渡す。
一番大きな海の絵に気を取られていたが、室内にはそれ以外にも小品が飾られていた。

どれも風景の絵ばかりである。
細かい草花や葉の一枚一枚に渡るまで丁寧に描き込む彼女が描く世界はいつだって美しい。
いつか彼女の目を通した世界に行ってみたいと思える程だ。

「そうだよ...。偶にこうして個展を開いて絵を売ったり新しく注文をもらったりしているんだ。」


「いつもここで展示している訳じゃないのかい」

「うん。毎回開く場所は違うし、ここの画廊も二週間借りているだけ......。
だから、マルコがこうしてここに来て私と再会してくれたのは......とても幸運な事だったの....」
クロエが下を向いて頬を染める。

(かわいい.....)
思わずその姿にマルコは見入ってしまった。


「......そうだ、マルコはジャンに会った?」
クロエが突然顔を上げてジャンの名前を口にする。どうやらジャンもこちらの世界に来ている様だ。

「いや....まだ会っていないが....」

「ジャンはこっちの世界の仕事で随分成功したみたいで、よく仕事を紹介してくれるんだ....。
この大きな海の絵も、ジャンが勤めている会社の応接室に飾る用なんだよ」

「調査兵団の応接室にあった報告書に描かれた絵をなんだかんだ言って気に入ってたみたいだしね」

「嫌だいつの話してるの、アニ...」
クロエが少し照れて笑う。


マルコがいなくなってしまった後も、当たり前ではあるがクロエはあの世界で生きていた。

きっと自分が知らない悲しい事、楽しい事を沢山経験したのだろう....

そう思うとマルコは少し切なくなった。


(でも.....)

テーブルの下で握っていた手を少し強く握り直す。

(これからはずっと一緒だ......二人の思い出をひとつずつ丁寧に作っていこう....)


クロエはマルコの手の力が強まった事を感じたらしい。

殊更顔を赤くしている。耳まで赤い。


(こういう所はいつまで経っても変わらないなぁ.....)
マルコは優しく微笑んだ。


「そ、そうだ!私、お客さんが来てくれてたのにお茶も出してなかった....!」
クロエががばりと立ち上がる。

「い、いや.....僕は別に「クロエ」
マルコの言葉はアニに遮られた。

「折角だし何か買って来ると良いよ。角の洋菓子屋はまだ開いている筈だ.....。
私はティラミスが良い。あんたは?」

有無を言わさない視線でアニはマルコを睨みつけた。
その鋭い瞳に萎縮してしまったマルコは「モ、モンブラン.....」と思わず呟いた。

「分かった。あそこ美味しいものね....それじゃあちょっと行って来るね。」
クロエはコートとマフラーを身につけるとすっかり暗くなった外に飛び出して行った。




こうして室内は二人きりとなった。時計が時を刻む音だけがやたら大きな音で響いている。

.......はっきり言うとマルコは居心地の悪さを感じていた。

あちらの世界でも、アニが自分の事を良く思っていないのをなんとなく理解していたからだ。


「マルコ」

はっきりとした声が辺りに響く。唐突に発せられた自分の名前にマルコの肩はびくりと震えた。

アニはマルコに真っ直ぐに向き直る。

「......あの子を追い出してあんたと二人きりになったのは....ひとまず謝罪を述べる為だ.....
あの時は悪かったよ.....ごめん」

そう言うと彼女は少し目を伏せた。


(あの時.....)
それがいつなのかは考えなくても分かった。

「今更言われてもなぁ......でも...もういいよ...。大丈夫。」
マルコは穏やかに笑った。

アニはその反応に一瞬驚いた様だったが、やがて少し悔しそうに唇を噛んだ。

「あんたのそういう所が....私は嫌いなんだ.....」

「そう....」

「私は.....あんたがこっちの世界でクロエと再会してしまうのが....ずっとずっと怖かった....」
アニは組んでいた足を解いて膝の上に乗せた自分の手に視線を落とした。

「あんたがあの子をどこかに連れて行ってしまうんじゃないかって.....
.......でも.....クロエのあんなに幸せそうな顔、私は何十年ぶりに見た....すごく綺麗だった....
やっぱり誰もあんたの変わりはできないんだよ....」

そうしてアニは再びゆっくりとマルコを見つめた。真っ青な瞳は澄み切って美しい色をしている。

「私はね.....あんたの事が大嫌いだよ.....」

マルコは黙って彼女の言葉に耳を傾けた。

「だから.....あの子を泣かせることがあったら容赦なくぶちのめす....」

しばらく無言で見つめ合ったあと、マルコはほうと溜め息を吐いて笑った。

「あぁ.....ありがとうアニ」

そしてゆっくりと目を閉じた。

......自分は、この世界に生まれ変わることができて本当に良かった.....



「お待たせしてごめん....!ちょっとお店込んでて.....あれ、どうしたの二人共見つめ合っちゃって....」

行き同様慌ただしく帰って来たクロエが不思議そうにマルコとアニを見る。

「......なんでもない」

「なんでもないよ」

ほぼハモって返答する二人に、彼女は頭上の疑問符を更に大きくした。



その後、クロエが買って来たケーキを紅茶と一緒に食べながら、三人は色々な話をした。

あっちの世界での苦労話から始まり、こちらの世界での自分の人生、現在の状況.....

話しても話しても話題は尽きない。

気付くと、窓の外には見事な黄色い満月が雲を破って輝き始めていた。





鳩:ギリシア神話では愛と美の女神アフロディテを表す。
ユダヤ教では白い鳩は清純を意味し、神殿では贖罪の犠牲として用いられた。
キリスト教においてもこの鳥はメッセージを伝える使者、または平和を意味する。
とりわけ美術においては神への犠牲や精霊として、鳩の図像は頻繁に用いられた。


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