17青い林檎
「マルコ!上位10名入りおめでとう!」
クロエはにっこりと笑いながらマルコに花束を渡した。
「うわ、びっくりした.....ありがとう。どうしたの?この花.....」
「今朝街の花屋さんで買って来たんだよ。マルコなら必ず上位10人の内の一人になると思って....」
クロエは嬉しそうに言った。
本日は訓練兵解散式だった。
マルコは無事に上位10名入りを果たし、憲兵団への切符を手に入れる事ができた。
兼ねてから彼が努力を続けて来た事を知っていたクロエはそれが自分の事の様に嬉しかったのだ。
そして夢を叶えた彼を心から尊敬した。
「クロエ、僕も君に渡したいものがあるんだ.....ちょっと付いて来てもらってもいいかな?」
「いいよ。」
そうして二人は賑やかな宴を抜け出した。
*
マルコがクロエを連れて来たのは物置の屋根の上だった。
屋根の上に腰掛けると、地上で見るより星が随分と近くに感じる。
「えーっと、ひとまずこれ。」
そう言ってマルコは水色のリボンを差し出した。
「髪、邪魔だろう?」
アニにリボンをあげてからクロエはずっと髪を下ろしたままだったのだ。
「ありがとう.....わざわざ買ってくれたの?」
「後ろ向いて。結ってあげるよ」
「マルコが手先が器用なのは相変わらずなんだね....」
小さく笑いながらクロエが後ろを向いた。
しばらくするとマルコがそっと髪に触れて来るのが分かった。心地よさにクロエは思わず目を細める。
「......あのリボン、なんでアニにあげちゃったのさ....」
マルコの少し不満げな声がした。
.....確かにプレゼントした物を他人に渡されてしまうのはあまりいい気持ちがしないだろう。
「だってあのリボンはもう....私には必要なかったから...」
クロエが穏やかに言った。
「.....?どういう事だい」
「私はね.....マルコと離れてた5年間、いつもずっと不安だった....
貴方のいない生活は私には寂し過ぎたんだよ....
だからせめて貴方にもらったリボンを付けてれば...いつか私を見つけてくれると思って.....」
そうしたら....やっぱり見つけてくれた。クロエは幸せそうに目を閉じた。
「これから兵団は別れて今よりは一緒に居られないかも知れないけれど......
それでも私たちはずっと一緒でしょう....?だから見つけてもらう為の目印はもう要らないなぁと思ったんだよ....
それにアニには私が一番大切にしていたものを持っていて欲しかったんだ.....」
クロエは再び目を開いて夜空を仰ぎ見た。まるで星が降って来る様な景色である。
「クロエとアニが仲良いってなんか未だに不思議な感じだなぁ.....
ジャンと言いアニと言い、クロエの交友関係は癖が強い連中ばかりだね.....っとできたよ。」
「ありがとう。」
「一応目印は付けとかないとね。クロエは泣くとすぐどこかに居なくなるんだから....」
「それは昔の話でしょう....」
「いーや、つい2年前にそんな事があったよ。」
「嫌だ....覚えてたの.....」
しばらく二人は取り留めの無い話をした。
頭上の銀砂を散らした様な星空がとても綺麗な夜だった。
「クロエ、あとひとつ君に渡したいものがあるんだ....」
マルコがクロエの手をそっと握る。
そのままその手の中に何かを落とし込んだ。
クロエが指を広げてその中身を確認する。
「.....これって....」
吐息に似た呟きがクロエの口から漏れた。
その手には、銀色のシンプルなリングが握られていた。
「今はまだ....箱も無いそんなのしかあげられないけれど....
僕が憲兵になって....しっかり稼げる様になるまでそれを持っていて欲しいんだ......
君にちゃんとした指輪を渡せる様になった時........僕と結婚して下さい。」
マルコが真っ直ぐにクロエに向かって言い放つ。
その目が今日の夜空の様にきらきらと綺麗に光るので、クロエは何だかとても切なくなった。
そしてクロエの頬には一筋の涙がこぼれ落ちる。とても幸せで、幸せ過ぎて何故か悲しかった。
「どうか.....私を離さないで......お願い。」
マルコの瞳を真っ直ぐ見つめ返しながら言う。
周りの景色が滲んで、星の輝きが一層美しく思えた。
様々な運命に翻弄されながらも、クロエは再びマルコに出会う事ができた。
......でも、今度離れてしまったら二度と会えない様な気がした。
クロエはそれだけが怖かった。調査兵団に入って巨人に食い殺されるより、何よりも怖かった。
「もちろん......二度と離さない。ずっと一緒だよ。」
マルコは優しくクロエの手を握る。
繋がれた手はとても温かくて、それがクロエの涙を更に誘った。
「ねぇマルコ.....」
クロエが空いてる左手をマルコに差し出す。
「この指輪は...マルコにはめて欲しい.....」
恥ずかしそうに言う。例によって耳まで朱に染められていた。
「いいよ.....そうだクロエ、これ持ってよ....」
マルコは先ほどクロエからもらった花束を彼女に手渡す。
「何事も雰囲気が大事だからね.....」
そう言っていたずらっぽく微笑んだ。
花束を受け取ったクロエは相変わらず恥ずかしそうだ。
しかし、意を決した様に顔を上げると穏やかに微笑んだ。
「えーと、こういうのってどうすればいいんだろう.....?
.......病める時も健やかなる時も.....だっけ?」
「そうそう...喜びの時も、悲しみの時も......」
「富める時も、貧しい時も....」
「愛し、敬い、慰め、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか.....」
「「誓います」」
互いを見つめてそう言い放った後、二人は額をこつんと軽く合わせて笑った。
妙に照れくさくて、とても幸せだった。
「じゃあクロエ.....手を出して....」
クロエがマルコに左手を差し出す。
マルコはその手を優しく握ると、彼女の細い薬指に銀のリングをそっと通した。
何回も店に通って選んだだけあって、そのリングはクロエの指にピッタリと合った。
「クロエ.....僕はね....命ある限りなんかじゃない.....
きっと生まれ変わってもクロエの事が好きだよ......」
クロエの指輪がはまった指を見ながらマルコはごく小さな声で言った。
そして開いている手をクロエの口元へ持って行き、そのまま唇を指先で撫でる。
「ねぇ.....しても、良い?」
囁く様に尋ねる。
星空の下で花束を持つ彼女がびっくりする程綺麗で、たまらなくなってしまったのだ。
「マルコ」
クロエが柔らかく微笑んだ。
「マルコがしたい時にしたい事をしていいの。.....私も貴方に触れて欲しいもの...」
そうしてそのまま目をゆっくりと閉じた。
マルコは穏やかに笑うと、彼女の頬にそっと手を添えた。
クロエは不思議だ。一緒に居て、触れて、抱き締めて、それでもまだ足りない位愛しい。
きっと自分は、何度生まれ変わっても彼女の事を愛し続けるのだろう.....
この短い一生で、彼女への愛を伝え切れるはずがない.....
ゆっくりと二人の影は重なる。
お互いを思う気持ちが、星空の下に、藍色の闇の中に、静かに漂っていた。
林檎:原罪、または勝利を象徴する。
時には禁断の果実として、時には最も美しい女神に贈られるものとして、
常に物語の中心で要の役割をする果実。目次[
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