愛しい雨 | ナノ


14砂時計は語り出した  


クロエの事を好きだと自覚してから、どうにも困った事がある。

それは自分が予想以上に嫉妬深かった事実であったり、クロエがあまりに無防備に他人に好意を伝える事であったりする。

今日の様に他の男性の手を握ったりしている場面を目撃した日にはもう居ても立っても居られない。

そしてこの様に無理矢理その場からクロエを引きずり出すに至った訳である。


「マルコ、どこまで行くの?」

無意識に人がいない所を目指していたら図書室に辿り着いていた。
本日は司書の女性も不在で、いつも以上にひっそりとした雰囲気に包まれている。


そしてここはクロエがマルコに想いを伝え、またマルコがクロエに想いを伝えた場所である。


ようやく手を離すとクロエが心配そうにこちらを見つめてきた。

自分を気遣う視線に何とも言えない愛しさを感じ、思わず強く抱き締めた。


「え......マルコ....ちょっと、どうしたの.....」

彼女は相変わらずすぐ赤くなる。
動揺させてしまうのは可哀想だが、どうしても抱き締めたくなってしまったのだから仕様がない。
我慢してもらおう。


「クロエ」
彼女の首筋に顔を埋めながら言う。白い首筋が間近にあって、奇妙に心がざわついた。

「29位おめでとう」
ひとまず祝辞を述べる。

「あ、ありがとう......」
まだ緊張が解けないのか随分と固い声色だ。

「何で僕じゃなくてジャンに先に伝えに行っちゃったのさ....」
ずっと不満に思っていた事を口にした。

別にクロエに他意が無い事は分かっている。しかしどうにも納得がいかない。
彼女の事になると自分はまるで子供の様な思考回路になってしまう。


「それはジャンには立体起動でお世話になったから.....」

ジャン、という呼び方にぴくりと反応する。......まぁ良しとしよう.....。

「それを言うならクロエの座学の面倒は僕が見た」

「あ、あとマルコにはまた別に見せたいものもあったから、それを持って改めて会いに行こうと思ってたんだよ....!」

クロエがマルコの体をがばりと引き離して真っ直ぐ目を見つめながら言った。

「見せたいもの?」

「そう.....!マルコの事忘れてたとかそういうわけじゃないから.....」

クロエが必死になってそう伝える。
その仕草が何だかいじらしくて、先ほどまで心に渦巻いていた黒い気持ちはいつの間にか消えてしまった。

「ちょっと待ってて、すぐ持って来るから....」
クロエは小走りで図書室を去って行った。.....一体何を見せたいのだろうか.....。



クロエは僕の事を本当に一途に愛してくれている。それは事実だ。

僕だってクロエの事を愛している。

でも、それはクロエの愛しているとはほんの少し違う気がする。

クロエの愛してるは傍に居るだけで幸せを感じてくれるとても無欲で清らかな物だ。

対して僕は傍に居るだけでは飽き足らず、もっと近くで触れたくなる。

愛しているからもっともっと欲しくなって、どこまでも貪欲になってしまう。

好きだから手を握りたいし、抱き締めたいし、キスだってしたいし....その先だって.....



「その先!?」



.....図書室に場違いな大声を上げてしまった。


.......僕は今.....何を......


顔にじわじわと熱が集まって行く。

......本当に僕はどうしようもない男だ.....あんなに純粋な女の子をどうしようと......




「マルコ、お待たせ」

「ぶっへぇ!?」

クロエに背後から急に声をかけられて思わず妙な声を上げてしまった。


......顔が見れない......

「どうしたの......はいこれ。遅くなってごめんね」
クロエ不思議そうにスケッチブックを渡して来た。

「う、うん......あぁ、絵が描けたんだね.....」
咳払いをひとつして努めて冷静にそれを受け取った。

「そうそう、約束したでしょう。色鉛筆のお礼に好きな物を持って行ってね。」
こんなのでよければ....とクロエが柔らかく笑いながら言う。


.....やめてくれ...そんなに綺麗に笑われるといたたまれない......っ


「.......そ、それじゃぁありがたく拝見させて頂くよ....」

「?本当にどうしたの......何だか変だよ.....」

「何でも無いよ.....何でも」

「そ、そう.......」





しばらく図書室はスケッチブックが捲られる音だけが支配した。


する事が無くて暇なクロエは何となくマルコの顔を眺めていた。

(マルコって結構可愛らしい顔してるなぁ......)

(あ、睫毛も結構長い......)

(でも7才の時とはやっぱり違うな.....)

(男の人、って感じがする.....)


「クロエ」


「ぶっへぇ!?」

唐突に声をかけられて今度はクロエが凄まじい声を上げた。



「........ ?これ、すごく綺麗だ。もらってもいいかな」

「あぁ、そ、それ.....もちろん。」


マルコが目を留めたのは一面に広がる青い空と背の高い瑞々しい緑の杉林が描かれた絵だった。
空の青のグラデーションが上手くいったと、少し気に入っていた作品である。


「あ、でもこれちゃんと壁が描かれてるんだ.....
へぇ......絵だからって脚色しないでちゃんと事実を描いてる所も中々良いね.....」
マルコが感心した様に言う。

「そ、そんな風にまじまじと褒めないでよ.....照れるじゃない....」
クロエは再び赤くなる。ストレートな褒め言葉にどうも弱いらしい。


「いつか、この壁がない.....クロエが描いた外の世界も見てみたいな....」
マルコが空の絵を見つめながら言う。

「外の世界.....でもそれはきっと難しいよ....」
クロエが答える。

「いつかでいいよ。いずれかは絶対に僕達は外に出れる様になれるからさ.....」

この絵は部屋に飾るね、と言ってマルコは絵をスケッチブックから切り離した。



(....できる事なら私だって外の世界を描いてみたい......でもそれはとても先の話だろうな...)

(この世界ではいつ死ぬか分からない......生きて壁の外に出れるなんて何年先になる事か.....)



その時、ふとクロエの頭を双翼のエンブレムがかすめた。


(.........自由の、翼)


そうか.....すぐにでも壁の外に出れる手段が....ひとつ......




「クロエ、急に連れ出して悪かったね....そろそろ戻ろうか。」

マルコの声ではっと現実に戻る。


「そう、だね....」

差し出された手を握り、二人で並んで歩き出す。

クロエも手を繋ぐ位なら恥ずかしがらずにできる様になっていた。



(マルコとの距離が近づく事が、嬉しくて少し苦しい......)

(幸せなのに...こんなにも切ないのは....何でなんだろう.....)







「掲示見たよ、おめでとう」

部屋に帰るとアニがベットの上から話しかけて来た。
今日は珍しく本を読んでいない。


「ありがとう.....でもアニはやっぱりすごいよ....男の人に混ざってあんなに上位にいるんだもの」
クロエは照れくさそうに笑いながら言った。

「まぁそれほどでもあるよ」

「うわぁ、正直」


アニに隣を促されたので彼女のベットに腰をかける。

アニは横目でクロエの事をちらと見ると、ゆっくりと口を開いた。

「最近楽しそうだ....成績も上がったし....何かあったのか」


「そんな大した事じゃないよ......でも、今まで私は死なない為に生きるだけだったけれど、
今は強くなる為に生きている....その違いかなぁ。」

「へぇ....どういう心境の変化だい」

「アニやマルコやジャン、色んな人に助けてもらって私は生きてるでしょう?
私はみんなの事が好きだし、助けてもらったのに適当に生きちゃ失礼だな、と思ったんだよ.....」

私は何も返してあげられないから、せめて傍に居ても恥ずかしくない様に強くなりたいんだ、と少し恥ずかしそうに彼女は言った。


(初めて会った時とはまるで別人だな.....)

そんな彼女の成長が嬉しい様な、羨ましい様な、少し寂しい様な。


「あんたは偉いよ....」

「まぁそれほどでもあります」

「......真似するんじゃない」


クロエの鼻をアニがつまんだ。
腰掛けている今なら背の高い彼女にもやりたい放題できる。


「ちょっと!やめてってば....」

「嫌だね。調子に乗りすぎた罰だよ」

「さっきアニだって言ってたじゃない....」

「私は良いんだよ」

「理不尽だなぁ......」




その後二人は夕食まで取り留めの無い話をし、時間になると並んで食堂に向かった。

共に食事を摂る二人は幸せそうで、何も知らなければ兵士だと分からない程可愛らしい表情をしていた。



砂時計:時間の経過と終末を目に見える形で示すことから時間の象徴となる。
時の翁(時の擬人像)や死の擬人像の持物。


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