愛しい雨 | ナノ


12私の太陽  


どの位経ったのだろう。ふとマルコは目を覚ました。変な体勢で寝てしまっていたらしく、体の節々が痛んだ。

欠伸をひとつして体を起こすと背中から何かが滑り落ちる。

(......ブランケット?)

床に落ちたそれを疑問に思いながら拾い上げた。

.....これはどこから湧いて出たのだろう......?

ぼんやりした頭で周りを見渡すと、なんとすぐ隣でクロエが先ほどのマルコ同様机に突っ伏して寝ていた。

(.....近くにいすぎて分からなかった.....)

どうやら寝ているマルコにブランケットをかけた後、自分もそのまま眠り込んでしまったらしい。

(やれやれ.....これで自分が風邪を引いたら元も子も無いじゃないか....)

「クロエ、起きないと駄目だよ」

彼女の肩を軽く揺する。

クロエの口から異界の言葉の様な呟きが漏れた。まだどっぷりと夢の中の様だ。

(......この子は本当に昔から寝起きの悪い.....)

「クロエ!クロエ!起きなさい!」
声のトーンを上げて肩をがくがく揺する。

しばらくしてようやく現実に帰還したクロエの口から「おはよう....」と言う声が微かに漏れた。

「クロエ....僕に毛布をかけてくれるのはいいけれどこんな所で居眠りしたら自分が風邪引いちゃうじゃないか...」
少し眉をしかめながら彼女に毛布を渡す。

クロエはまだふわふわした様子で「大丈夫だよ」と言いながらそれを受け取った。

「.....それにしても相変わらずマルコは偉いね。こんな時間まで勉強してたの?」
クロエが小さく欠伸をしながら言う。

彼女の言葉から窓の外を見ると、辺りは既に藍色の闇に覆われていた。
どうやら結構長い事寝てしまったらしい。

「.....いや....最近座学の成績があんまり良くなくてね....それでちょっと復習を.....」

「そっか、....でもマルコならきっとまた良い成績になるよ。だっていつも頑張ってるもの....」
だから大丈夫だよ、と言ってクロエは笑った。

マルコはクロエの眩しいその笑顔が直視できずに目を背けてしまった。

「.....そんなことないよ.....さぼってしまう事だってある....」
そうしてぽつりと呟く。その声は驚く程冷静だった。

クロエがブランケットを畳んでいた手を止めて不思議そうな顔でこちらを見る。

「.....君は...僕の事をすごく良くできた人みたいに思ってるみたいだけど....実際はそんな事ない....
人並みに悪意は持っているし、恨んだり嫉妬したりもする........。」

お互いの双眸に互いの姿が映り込んでいる。その目から真意を計り合う事はできない。

「それを知った時に、きっと君は僕の事を軽蔑するだろう........。
そうなる位なら今嫌われた方がマシだ.........だから、もう僕を好きなんて思うのはやめるんだ......」


.......言ってしまった。だけれど後でもっと傷付くよりはマシだ。

自分の今の言葉によって胸はきりきりと痛む。

本当は嫌われたくない。好きと思っていてほしい。

それでも....出て行った言葉は戻らない。......もう、これで終わりだ。


「ふっ」


短い沈黙の後、その場の重たい空気に場違いな軽快に吹き出す音がクロエの口から漏れた。

しかもそのまま肩をふるわせて彼女は笑い出してしまった。

「......クロエ?」

マルコは訳が分からなかった。クロエは頭をおかしくしてしまったのだろうか。

「ふ、ふ、ごめんなさい.....」
目尻に溜まった涙を拭いながらクロエは謝った。

.....そんな顔で謝られても全く謝罪の意思が伝わってこない。

「ねぇマルコ、私は貴方の表面的な優しさだけを好きになった訳じゃないんだよ?」
笑いが治まったクロエはマルコの手にそっと自らの手を重ねた。
訓練で酷使しているはずなのに、それは何故だかしっとりとしている。

「それだけで....こんな所まで追いかけて来たりしないもの。.....それに嫌いになるなんて無理だよ...
きっとマルコが私の事嫌いになっても...いつかさよならして忘れてしまっても...私はずっと貴方が好き。」

あまりにも真っ直ぐな愛の言葉にマルコの顔に熱が集まる。


......彼女は強くなったのだ。自分の気持ちに正直になれる位。それにとても綺麗になった。


「だから....私の気持ちに応えられなくてもどうか傷付かないで.....
....それで、何か辛い事や哀しい事があった時、何があっても貴方の事を愛している人がいる事を思い出して欲しい.....」
私、好きになったのがマルコで本当によかったと思ってるんだよ、と言ってクロエは笑った。



「.....僕なんかで本当にいいの.....」
マルコがごく小さな声で言った。その声は掠れている。

「自分に自信が無いのは私の役目のはずでしょう?....そんな顔しないでよ....」
クロエは困った顔で笑うので、眉毛がハの字になった。

「......クロエ、ごめん...やっぱり嫌いにならないで....」

「.....うん」

「僕もクロエが好きだから......」

「うん.....うん?」

今まで落ち着いてマルコの手を握っていたクロエの顔に一気に朱色が差した。

「え?え?.....どういう..こと...?」

「あれだけ人の事好き好き言っておいて自分はその反応ってひどくないか....?」

「え....だって.....私てっきり....!」
クロエの目尻には先ほどとは違う種類の涙が溜まっている。

「はぁー、僕の事もっと信用してって言ったじゃないか......
.......というか.....僕だって恥ずかしいんだからな.....!」
マルコの顔にも段々と赤みが差していった。


しばらく二人は机に突っ伏して悶絶していた。
そして司書の女性に「うるさい」と二人で仲良く図書室を追い出されてしまった。





「クロエの所為で追い出されちゃったじゃないか....」

「私の所為なの....?」

「当たり前じゃないか.....!よくもまぁあれだけ好き好き言ってくれたね....」

「だって本当の事だもの.....それにマルコが変な事言うからでしょう....」

すっかり暗くなってしまった道を二人で歩きながら話す。空には上弦の月が浮かんでいた。

「ねぇクロエ.....」
おもむろにマルコがクロエの手を握った。

「ど、どうしたの?」少し照れながらクロエが尋ねる。

「.....好きになってくれて..ありがとう...」

「........どういたしまして.....」

再びクロエの顔に朱が差す。この暗さでも分かる位赤い。

「だからその反応やめてくれないか....?」

彼女はとことん恋愛に慣れていないらしい。自分からはあんなに積極的だったくせに。

(先が思いやられるなぁ....)

マルコは心の中でぼやく。しかしその顔はどこか幸せそうだった。


日が昇っていた時は曇りだったのに今夜は見事に晴れて月が見える。
柔らかい月の光に照らされて、二人は手を繋ぎながら宿舎への道を辿った。


太陽:光、力を象徴する。
また、ギリシア神話では太陽の神ヘリオスまたは予言と牧畜、音楽、弓矢を司る神アポロンを表す。
アポロンは前述の月と狩りの女神アルテミスの双子の兄。



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