09静かな月
「おいクロエ!!お前が言った通りミカサに花あげてみたけど、次の瞬間生ゴミに捨てられたぞ!
どうしてくれる!!」
ジャンが図書室でマルコと共に座学の復讐をしていたクロエに詰め寄る。
更に額をべちりと叩かれた。
「痛いよジャン君.....ど、どうするって....普通なら嬉しいはずなんだけど.....」
「うるせーお前にはもう聞かねぇ!!身長にステータスを全振りした女に聞いたのが間違いだった、クソ」
言いたい事を言うとジャンはずんずんと図書室から出て行った。
残されたクロエとマルコはその場で呆然とするしか無かった。
ジャンに立体起動の扱いを指導してもらう様になって数ヶ月、クロエの成績は以前と比べて大分ましになった。
ジャンの指導は厳しくて言葉のナイフもかなり鋭いが、とても的確である。
クロエは訓練後のジャンとの練習を結構楽しみにしていた。
「はぁ、ジャン君たらほんと理不尽....」
ひとつ溜め息をついて額をさすった。
このままジャンに小突かれ続けていたら額の皮膚が薄くなってしまう。
「はは...ジャンは仕様が無いね....」
マルコが苦笑いした。
「うん、でもとっても優しいよね」
少しはにかみながらクロエも笑う。
クロエの笑顔を見て、何故かマルコはふと真顔になった。
そして何かを考える様な仕草をした後、ゆっくりと口を開いた。
「ジャンの事が....好きなの?」
.....ものすごい一言がその口から発せられた。
「ぶへぇっ!?」
クロエもクロエで図書室に不似合いなひどい音を口から出てしまった。
しばらくお互いに固まったままだった。
その沈黙を破ったのは、クロエの小さい笑い声であった。
「まさか....ジャン君はミカサの事が好きだもの、
横恋慕したってあんな素敵な女の子に適うわけないじゃない。」
なおも笑い続けるクロエを見て、マルコはようやく表情を和らげる。
「はは....そんな事ないと思うけどなぁ....」
「褒めたって何も出ないよ?」
そう言って二人は笑い合った。
この年になるとみんな少しずつ人を好きになる様になり、訓練兵の中にもカップルがちらほらと成立していた。
お互いを好き合うという事はとても幸せな事なのだろう。
(マルコも....誰か好きな人いるのかな......)
それを思うとクロエの胸はひどく痛んだ。
「ね....マルコは....好きな人、いるの....?」
クロエはできるだけ平静を装いながら聞いてみたが、その声は微かに震えていた。
「いや、今はまだいないかな....」
マルコは少し考え込んだあとぽつりと言った。
その言葉に、クロエは安堵の溜め息を漏らす。
(でも、今は、か....いつかはマルコも素敵な女性を好きになって...私のそばからいなくなってしまうのかな....)
「クロエはどうなんだ?誰か好きな人はいないのかい?」
今度はマルコがクロエに聞いてきた。その言葉にクロエの身体がどくりと脈打つ。
「わ、わたしは.....」
机の下で拳をぎゅっと握りしめた。
顔に熱が広がって、耳まで熱い。
(駄目.....言ってしまうなんてできない....、マルコを困らせてしまう......!)
(このまま特にいない、となんでもない風に言おう....それでまたいつもの関係を続けらる.....)
「わ、わたしは、とくに...」
『自分に誠実に生きないと、きっと後悔するわ。』
口を開きかけた瞬間、いつか言われた言葉がふっと頭に浮かんだ。
(.....!)
さっきまで激しく波打っていた鼓動が潮が引く様に消えていく。
顔に集まっていた熱も嘘みたいに無くなっていた。
「ねえ....マルコ」
自分で驚いてしまう程その声は落ち着いていた。
「今から私が言う事....嫌だったら忘れて良い.....でも、一回だけ聞いてほしいの」
マルコの優しい色をした瞳を見つめる。どれだけ私はこの瞳に救われて生きてきただろう。
「私はね....今も、昔も、ずっとマルコの事が好きなんだよ」
月:女性の貞節や処女性を表す。
ギリシア神話では狩りの女神アルテミス、または月の女神セレネを、
キリスト教では聖母マリアを象徴するものとして描かれる。
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