08翠色の犬
「お...お前...下手くそ過ぎだろ.......」
ジャンは逆に感心しながらワイヤーに絡まって地面に転がるクロエを見た。
今日も今日とて立体起動の訓練はペアだった。(採点の対象ではないが)
クロエのペアはジャン・キルシュタインという目付きの悪い男性で、
その歯に衣着せぬ言動も相まって非常にクロエを萎縮させた。
「ご、ごめんなさい....」
地面から体を起こしながらクロエは言った。
(駄目だ....昨日強くなるって誓ったのに....)
自分の情けなさに目頭が熱くなった。
「はぁ、でかいナリして気は小せーんだなぁ。正直うぜぇぞ。」
「ご、ごめ....」
再び謝ろうと口を開いた瞬間、額部に軽い痛みが走った。
「いたっ」
ジャンに額を小突かれたのだ。
「謝んなよ....別に悪い事してる訳じゃねーだろ?」
次謝ったら怒るぞ!と言ってジャンはずんずんと前へ進んで行った。
(もう怒ってると思うけど....)
どうやらジャンは顔つき程怖い人ではないらしい。
人は見た目によらない。
アニだってちょっと怖い顔だけれどとても優しい。
「待って、ジャン君」
ジャンの後をクロエは急いで追いかけてその横に並んだ。
「ジャン君、ありがとう」
隣でぽつりと呟くと、今度は脇腹に割と重みのある痛みが走った。
「うっ」
....肘でどつかれた.....
「何訳分かんねー事言ってんだ...オレは別に何もしちゃいないぞ?」
心底訳が分からないという顔をしてこちらを向かれた。
「うん、でも....ありがとう...」
変な奴、と言ってジャンは再び前を向いてしまった。
*
「だから、アンカーを刺したらすぐにガスを吹かすんだよ、ウスノロ」
「ビビって吹かすタイミングが遅れるからミスするんだよ。何度言ったら分かるんだ、バカじゃねーの?」
「これが実戦だったらお前はとっくのとうにお陀仏だぞ?いやむしろ死ね。
生まれ変わった方がきっとうまくいく。」
悪い人ではないのだが......口がすこぶる悪い。
だが、確実に的を得たアドバイスをしてくれる。
(ちょっと、うまくなってきたかも....)
今までにない手応えをクロエは感じた。
(立体起動って、結構楽しかったんだ....)
苦手意識しかなかった立体起動で、初めて空を切る感覚が心地良く思えた。
*
「ありがとうジャン君、ちょっとコツが掴めた気がするよ....」
「まぁオレからしたら相変わらず下っ手くそだけどな」
「....ひどいなぁ」
その日の訓練は無事終了し、二人は森から宿舎への道を歩いていた。
「ねぇジャン君、お願いがあるんだけど.....」
ふと、クロエが真剣な眼差しでジャンを見つめる。
「?なんだよ」
「私に、立体起動を教えてほしいの」
「へ」
「私、変わりたいんだ...ジャン君みたいに、強くて格好良くなりたい...」
語尾が消えて行く。
断られるかもしれない....でも、私だって強くなりたいんだ....
クロエの言葉に惚けていたジャンが、ひとつ溜め息をついてがしがし頭を掻いた。
「オレが強いだと?バカ言うんじゃねーよ....」
「え?」
「誰だって最初から強くはねーんだ....皆多かれ少なかれ無理してんだよ....
お前だけが辛いと思ってんじゃねーぞ...」
「あ、ごめんな「だから謝んなよ」
ジャンが再びクロエの額を小突く。
「いたっ」
「だから、お前だってちょっと頑張れば強くなれんだよ...
いつもやる前から無理だって決めつけてるから弱いまんまなんだよ...!」
ジャンの言葉にクロエは目を見開いた。二人の視線が真っ直ぐにぶつかる。
「....オレは結構厳しいぞ?」
しばらく見つめ合った後、ジャンがニヤリと笑った。了承、という事だろう。
「....知ってるよ」
クロエもそれにつられて笑った。
「あと、オレに教わるからには、上位10名とは言わねぇ....50番内に入れ。」
「えぇ!?無理だよそんな「教えるのやめるぞ」
「....でも....」
「お前、また諦めんのか?変わりたいんだろ?」
......変わりたい。マルコの傍にいても恥ずかしくない様な人間になりたい。
「うん....私、頑張るよ....!」
「よく言った!....まず身長20cmばかり削って来い。頭が小突きにくくて仕方ねぇ」
「.....無茶言うなぁ....無理だよ....」
二人で笑い合いながら宿舎の方へ向かう最中、マルコにばったりと出くわした。
「クロエ、ジャン!珍しいコンビだね」
驚いた様に二人を見る。
「なに、今日からこいつはオレの弟子兼下僕だからな。仲良しでも何ら不思議は無ぇ」
嫌らしく笑いながらクロエの肩に手を置いた。
「げ、げぼ....?」
聞き慣れない言葉に思わずその言葉を反復してしまう。
「へぇ....クロエとジャンが仲良いなんて意外だったなぁ....」
「ま、仲良くなったのは半日程前からだけどよ....
じゃあクロエ、明日の訓練終わったらここに来い。オレより遅く来たらぶっ殺す。」
そう言ってジャンは男子寮の方に歩いて行ってしまった。
「ジャン君たらほんと理不尽....」
その後ろ姿を見送りながらほう、とひとつ息を吐いた。
「ジャンと何故待ち合わせしてるの?」マルコが尋ねる。
「立体起動をね、教えてもらおうと思ってるの。ジャン君上手でしょう?」
私、変わりたいと思ったんだ。そう言って笑うクロエの顔は今までに無い位生き生きとしていた。
「そうか....クロエは、偉いね....」
マルコが頭を優しく撫でると、クロエは殊更嬉しそうに目を細めた。
犬:主人に忠実であることから、中世では忠誠の象徴と見なされた。
また女性と共に描かれる場合は、その女性の夫への貞節という美徳を表した。
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