ベルトルトと結婚(仮)する・後日談 [ 87/167 ]
(ベルトルトと結婚(仮)する後日談)
草原に誰かが仰向けに倒れていた。今回は驚く事なく、穏やかに笑ってそれの傍に寄る。
ベルトルトが隣に腰を下ろすと、エルダはゆっくりと目を開けた。その瞳の中では空が円やかに広がっている。
「........気持ちよかった?」
そう尋ねると、エルダは淡く笑い「とっても...」と答えた。
「この前はお疲れ様だったわね。」
寝たままの姿勢で彼女はベルトルトへと視線を向ける。ベルトルトもまた膝を抱える様にしながら「エルダも」と返した。
「楽しかったわー....」
エルダは遠くの空を眺めながら言う。
正直ベルトルトにとっては結構気疲れした一日だったが、エルダに合わせて「僕も」と呟いた。
「ねえベルトルト...」
ゆったりとした口調でエルダが彼の名前を呼ぶ。その方を見ると、優しく細められた瞳と目が合った。
「良かったら貴方も横になってみない?」
「えっ」
.....思わぬ提案に変な声が出る。
「でも....服、汚れるし.....」
「女の子みたいな事言うのねえ」
「僕は女じゃないよ...!」
「知っているわ。冗談よ。」
可笑しそうにしながら、エルダは自分の隣の地面を軽くトントン、と掌で叩いて横になる様に促す。
「中々気持ち良いわよ。おいで。」
........彼女の『おいで』の一言にベルトルトは非常に弱いのだ。逆らえない引力によって、遂に彼は茂る青葉の中にその身を横たえた。
............。
「.....空だ.....」
そしてベルトルトの口から零された言葉に、思わずエルダは吹き出してしまう。
「なあに、空じゃなかったら何かと思ったの?」
「いや...空を見上げるなんて久しぶりだったから....」
横になりながら二人は言葉を交わした。
「私よりずっと視線が空に近いのに見ないでいるなんて勿体ないわよ」
「....そうかな。」
「そうよ。」
ベルトルトがふと脇に視線をやると、露草がいくつか青い火を灯した様に咲いていた。空と同じ色だ。
どこからか流れ込んでくる風が、二人の髪を優しく撫でて行く。いかにも穏やかな春の日和であった。
「あのさ.....」
ベルトルトは....そろそろとエルダの掌へと手を伸ばしながら声をかける。
「なあに?」
遠慮がちに触れて来た彼の手を握ってやりながら彼女は応えた。
「エルダってさ....どういう人と、結婚したいの....?」
きゅっと手の力を強くしながらベルトルトは尋ねる。握り合った掌から顔へ向かって熱がせり上がってくる様な気分だった。
「まあ、急にどうしたの」
エルダは少々困った様にしながら笑う。
しかし...大きな掌が自分のものを包む力が一際大きくなった事を感じると、考えを巡らす様に少しだけ目を伏せた。
「.......一緒にいて、楽しい人かしら。」
「え.......」
エルダの答えに、ベルトルトは小さく息を漏らした。.....と、同時に腹の底に重たい何かが落っこちるのを感じる。
.........一緒にいて楽しい、人?
それは間違いなく、僕じゃない。だって僕はエルダを笑わせてあげた事すら碌に無い......
えっ、じゃあ、もしかして......
「......それって...ライナー....?」
ベルトルトの発言を聞いて、エルダは盛大に咽せた。
「なっ、どうしたのエルダ.....!!」
あんまりな咳き込みっぷりにベルトルトは思わずその身を起こしてエルダの事を覗き込む。
......しばらくして、ようやく落ち着いたらしいエルダも身を起こす。どうやら咳き込みつつも笑っていたらしく、目尻には涙が溜まっていた。
「嫌ねえ。何で急にライナーが出てくるのよ」
何が面白いのか口元が今にも笑い出しそうな形を描いている。ベルトルトは呆然としながらその様を見つめた。
「いや...だってエルダ...ライナーといる時はよく笑って...楽しそうだから.....」
それを聞いて、エルダは穏やかな表情で小さく笑った。
「そうね、確かにライナーと一緒にいるととても楽しいわ。でも、楽しいっていうのは何も声を上げて笑う事だけじゃないと思うのよ」
そう言いながらエルダは手を伸ばしてベルトルトの髪を撫でた。心地よい感触に少しだけ目を細めると、彼女は「葉っぱ、ついていたわ」と一枚の青葉を見せてくる。
「今貴方と過ごす時間だってとても楽しいわ」
ね、と零した後、エルダは青葉をそっと風に流した。彼女の薄い色の髪もそれに微かに揺らされている。
ベルトルトは...その光景を見ながら、胸中がすーっと穏やかになっていくのを感じた。そして、何とも言えずに、嬉しかった。
「僕も....すごく、楽しいよ」
「そうかしら.....。......良かったわ。」
「うん......。すごく、」
心から思う事を言葉にすれば、エルダは隣で少々恥ずかしそうにしてしまう。それを眺めては、しみじみと好きだなあ、と実感する。
「......私ね、面白い話ひとつできないでしょう....、」
そして、頬を少し染めたエルダが口を開く。.....小さな声だった。
「それなのに、いつもベルトルトは傍に来てくれて....凄く嬉しかったのよ」
「そんな...僕はただ自分がしたい様にしていただけで....」
「そう....?でも、嬉しかったのよ.....」
エルダは柔らかな風を感じ取る様にそっと目を閉じる。
「.......嬉しかったのよ。」
もう一度繰り返した彼女の言葉は、ベルトルトの中、深い部分にことりと収まって行った。
その時....ふいに、二人はとてもよく似ているんじゃないかという気持ちが胸中に湧き起こる。
故郷が無いエルダと故郷を求め続ける僕、二人共とても孤独で寂しい生き物だ。
エルダの掌に触れると、いつもの様にそっと握り返してもらえた。
......僕らの距離が無くなるまで、後少し。
いつか辿り着く故郷では、どうか二人で、同じ場所にいられます様に。
あの時の様に豪華な衣装でなくて良い。大きな式場も必要無い。.....ただ、二人でいれば...それで....
そんな、僕らが結ばれる日が....
.......目を閉じれば、妄想とも言える考え事ばかりが頭を過る。
でもね、ただ予感がするんだよ。
僕と君が振る様な星空の下で永遠を誓う日が訪れる事を......
強く、予感するんだよ.....。
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