ユミルと濡れてしまった本 02 [ 82/167 ]
食堂を出て、軋む廊下を踏みしめて歩いていた。
胸の支えは今や痛みとなって心臓を圧迫している。息を吸うのも吐くのも苦しかった。
そして....苛立ちが最高潮に達したので、近くの壁を蹴り飛ばす。ミシミシと嫌な音を立てて辺りが揺れた。
「そんなにしたらこの建物が壊れちゃうわ」
.......背後から、声がした。今一番聞きたく無かった奴の声だ。
「何しに来た」
振り向かずに押しつぶした声で尋ねる。...どういう訳だか顔も見たく無かった。
「何.....。そうね、ユミルを連れに来たのよ」
ご飯をちゃんと食べないと明日に響くわ。と言いながらエルダは後ろから掌にそっと触れた。
それだ....。そういうのが私は凄く嫌なんだ.....
その手を叩き落とす様に払いのける。想像以上の力が籠ってしまったらしく、乾いた音が辺りに響いた。
「私は芋女やクリスタとは違うんだ」
「.....そんな事分かっているわよ。」
エルダは掌を叩かれた事などまるで意に介さず、相も変わらない柔和な声で返してくる。
「............本当に、怒らないのな。」
私は....ぽつりと零しながら振り向いた。
こちらを見上げているエルダの肩に手を置いて顔を覗き込む。薄緑に少し、困惑の色が滲んだ。
「私はな、お前に甘やかされたい訳でも、構って欲しい訳でもない。あいつ等と同じ様に扱うのはやめろ。」
「そう....分かったわ。」
「......お前は何にも分かってねえよ....」
肩を掴む掌に力がこもる。
.....何となく、この大いなる苛立ちの理由が分かって来た。
だが、認めたく無い。決して認めたく無い。
「....私はあの二人とは違って、お前が怒ろうが泣こうがどうとも思わない。」
「ユミル....?」
覗き込んだ顔の距離は触れ合う程に近かった。
「それ位分かってるだろう...?」
囁けばエルダの体が小さく震える。恐らく私の息が奴の皮膚を霞めたのだろう。
「なら何で....」
駄目だ、言うな。駄目だ.....、
「私に位はそういう弱い所を見せてくれたって良いじゃないか......」
......しばらく、私たちは無言で見つめ合った。
何て目をしていやがる、と思った。
そして、この淡い色の瞳が自分だけを映して欲しいという欲求が....遂、湧き起こってしまう。
嫌だ......、認めたく無い、こんな事.......。でも、
そうだ、.....そうなんだ。私は少しの嫉妬を抱いている....。
でも、あんな形で近付く事等私には不可能だ。
だから....別の方法で必要としてもらいたかった。
奴の肩から手を解き、本当に自然な所作で頬を撫でる。
その時の私は嘘も見栄も外聞も関係無い、まっさらで真に正直な状態だったと思う。
だからいつもは絶対にできないこんな事だって楽にやってのけた。
それに.....、お前の泥臭く、人間らしい所をいつかは見せて欲しかったのに。
.......仲間になって欲しかった。醜く怒りに震え、悲しみに悶える姿を晒して.....
私は慰め、優しい言葉をかけて......お前はそれを受け入れて、私たちの所にまで、堕ちて来て欲しかった。
なあ、そうやって....初めて私たちは、“友達”だろう......?
奴の顔にかかる髪が邪魔だな、と思った。
それを耳にかけてやる。くすぐったそうに目を細めた奴を見て.....ここで、一歩踏み出してしまいたいと本気で考えた。
「ユミル」
ふと....囁く様に....エルダが私の名を呼ぶ。
「戻りましょう?」
奴はそう言いながら、私の頬を撫でた。.......徐々に、意識が正常な感覚を取り戻す。
「皆の所に、ね。」
触れ合う程近かった顔の距離をエルダは更に詰めて、こつりと額を軽く合わせた。
奴は一歩後ろに下がると私の手を引いてそっと歩き出す。
、と.......ここで、完全に我に返った。
......あまりの事に地面から根が生えた様に動けなくなった。
「....ユミル?」
全く持って動こうとしない私を不思議そうに振り返るエルダ。
え....ちょ、ちょ、ちょっと待って。私は何を思い....何をしようとした....?
「ユミル、早く行かないと貴方の分もサシャに食べられちゃうわ」
エルダがもう一度私の手を引いた。
私はなんだか...どうしたら良いか分からず、それを逆に引いてしまう。...何故か。
「?」
....勿論、奴が軽々と私の胸の内に飛び込んで来た。
それを一瞬だけ強く、きつく抱き締めた後、乱暴に突き放す。
「.....??」
さっぱり訳が分からない、という顔がしている奴に「クソ女、くたばれ」と暴言を吐いてから、私は背を向けて走り出した。
後ろからエルダが私の名前を呼ぶ。.....それに捕まらない様に、力の限り走った。
.......やっぱり認めたくなんか無い。
何だって、何だって私がお前みたいなクソに....!
だが......どうしてこんなにも胸が痛くて、顔が熱いんだ!
クソ、クソ、クソ。くたばれ。
.........ほんと、くたばれよ。
足を止めた場所は....月が浮かぶ夜空の下だった。
息を切らしながらそれを見上げて、本当にやるせない気持ちになる。
.......素直になればきっと楽だ。
でも私がそれを決してしないのは、他の奴らと同じになりたくなかったからで....
それに....私はお前より、常に優位に立っていたいんだ。
頼れよ。縋れよ。
.....私にもっと分かる様な形で、愛情を表現して欲しかった。
そうしてもらえば、不安は取り除かれる筈。
「寂しくて、仕方が無え癖に......」
その呟きは誰に宛てたものなのか。
今日は自分がさっぱり分からない。またしても苛立って来て、足下の小石を力一杯蹴飛ばした。
遠くに飛ばされ、その石が見えなくなるのを見届けて.....ほんの少しだけ、気持ちが軽くなった。
そんな、気がした。
アニアニ様のリクエストより
ツンデレユミルで書かせて頂きました。
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