ユミルと一緒 [ 89/167 ]
(同郷トリオと一緒シリーズ)
「......っちー......」
外に出て、一言。
なんだこれ、夏か。
はっきりした日差しにアスファルトの上に木の影が踊って、視界の端にチラッと見える鼻柱もうす赤くなってしまっている。
......もう、初夏なのか。
元来、クソ暑いあの季節が大嫌いな私はいらいらとしながら地面に転がる石を蹴飛ばした。....もっとも、クソ寒い冬だって大嫌いなのだが。
あー...何故こうも、心地良い時期というのはすぐに終ってしまうのか....
.......大学までの道をぶらぶらと辿って行くと、道路を挟んで向かいの歩道に....どこかで見た事のあるチビが歩いていた。
(あれは.....)
そうだ、あれはあのクソ女と瓜二つなクソガキだ。妹だか子供だかそんな事は知ったこっちゃないが、どうも一緒にいると調子が狂うので苦手だ。
(.......バレないうちに別の道に回るか....)
そう思ってそろそろと進行方向を変えた時....お約束の様に「おねえさーん!!」という声が向こうの歩道から聞こえた。
(やべえ、気付かれた)
そう思って急いで足を進めるが....今度はけたたましいクラクションの音が。
何かと思ってその方を見ると、トラックの運転手にひたすらに頭を下げて謝る小エルダの姿が。
........どうやらこちらの歩道に渡る為に道路に飛び出して来たらしい。.....あっぶねー.....
「こんにちは大きいお姉さん、ご無沙汰で痛い!」
遂に私のもとまで辿り着き、満面の笑顔でこちらを見上げたチビの頭に、私は勢い良く拳骨を落とした。奴は頭を抑えてうずくまる。
「あっぶねえだろうがこのクソガキ!!!」
そう言いながら更にもう一発。あー...ハラハラさせやがって.....
「ご、ごめんなさい...遂、お姉さんの事見たら嬉しくなっちゃって....」
しかし小エルダは全く意に介した様子なく、むしろ楽しそうに笑っている。
.....あー、やっぱり私はこいつが苦手だ。
「お姉さんは大学ですか」
私の隣に並びながら奴が尋ねてくる。野郎、歩幅を精一杯広くして歩いてるのについてきやがる。
「そうだよ。じゃなかったらこんなクソ暑い日に外なんか出るか」
「.....暑いですかね。どっちかというとあったかいっていう感じじゃないでしょうか....」
「うるせえ20℃越えりゃ充分暑いって言えるんだよ」
不機嫌さを目一杯声色に押し出して話しかけるな、と訴える。こいつの相手はできるだけしたくなかった。
小エルダは少しの間考える様な素振りをしていたが、やがてバックの中から何かをごそごそと取り出す。
「じゃあ、これを使って下さい。」
そして差し出されたのは真っ白な日傘だった。
「........は」
目を瞬かせてそれを見つめていると、小エルダは留め金を外してさっと傘を開く。
「はいっ、どうぞ!!」
もう一度差し出された真っ白なそれは、太陽の光の中で輝いている様に感じた。
....そういえば、これ....よく、エルダが使っていたものだ。
最近...どういう訳だか姿を見ない。......何か、あったのだろうか......
「「.................。」」
しばらく無言で見つめ合う私たち。
小エルダはびくとも動かない私を見上げながら微かに首を傾げる。
「........いらねえよ。」
呟いて、再び足を進めた。小エルダは「あらら」と零してから私に置いてかれぬ様、懸命についてくる。
「いりませんか。でも美白の大敵は紫外線と聞きますよ?お姉さん折角美人なんですから、今のうちに対策するのが吉と思います!」
「はあ?何寝言言ってるんだ、何処の誰が美人だって」
「.........お姉さんがですよ?」
「あー.....性質の悪い冗談はやめろ。気分が悪い」
「冗談じゃありませんよ」
そう言いながら奴は私の服の裾をひき、道路の端に立つカーブミラーを指差した。
「ほら、こんなに美人」
そこには、いつもと変わらず不機嫌そうな顔をした自分の顔と、対照的に幸せそうに笑う子供の顔が映った。
「背が高くてスタイルも良いし、鼻筋もきちっと通ってて....目だって切れ長ですっごく綺麗です」
小エルダは当たり前の事の様に歯が浮き上がる台詞を並べて行く。
思わず睨みつけてやろうとカーブミラーから奴へと視線を映すが、きょとりとした顔で見つめ返されて....何も、できなかった。
こいつ....本気で言ってやがる。......なんつーか、最強に最悪に性質悪りい.......。
「んん....?」
ふと....小エルダが私の顔を見上げながら、服をひいて屈む様に促した。逆らえず、それに従う。二人の顔が至近に迫った。
「うん.....。」
奴は私の眼の中を覗き込む様にした後に、小さな声を上げて頷いた。
「睫毛、長いですね....!」
それから感心した様に一言述べる。
私は....何故か、全身の力がへなへなと抜ける様な感覚を味わった。
『ユミルは美人ね。....とっても。』
溜め息をひとつ吐き...そして、奴の頭に再び拳骨を一発お見舞いした。
「い.....いたい......?」
突然の事に訳が分からないという風にしているガキから日傘を取り上げると、あっという間に畳んで、ぽいと返す。
「.......どうせお前からすりゃ、誰だって美人なんだろうよ」
「............?」
「こっちの話だ.....。」
「......そうですか。」
「大馬鹿野郎......。」
「.................。」
日傘をバッグにしまった奴に対して、私は手を差し伸べる。
「また轢かれそうになられちゃ適わねえからな。ほら」
そう言えば、小エルダは非常に嬉しそうに私の掌へと同じものを重ねてくる。.....小さく、繊細な手だった。
「.......お前、今日は何で来たんだ」
並木道を下りながら尋ねる。奴はとても機嫌が良いらしく、鼻歌を唄っていた。
「そうですね、大きいお兄さんがお弁当を忘れたんで届けに来たんです。」
「......大きい...ああ、ベルトルさんか....。」
「はい。」
「お前....あいつが広い校内の何処にいるのか分かってんのかよ」
「えーっと.....。でも、お兄さん位大きければすぐに見つかる筈です!!」
「ああー....こりゃ駄目だ」
仕方無え、連れてってやるか、と私は何度目かになる溜め息を吐いた。
それから私たちは、先程とは違い、歩幅を少し狭くしながらゆっくりと歩く。
......どういう訳だろうか。普段、エルダに素直になれない分....こいつに、優しくしたくなったのかもしれない。
それに、ほんの少しだけ今が長く続けば良いと感じてしまった事もあり.....
やはり....大きかろうと小さかろうと、私はエルダという一人の女を特別に思ってしまっているだろう。
悔しいけれど、それは事実だ。
まる様のリクエストより
幼児化、ユミル落ちで書かせて頂きました。
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