クリスタと読書さん 03 [ 77/167 ]
「.......クリスタ」
「え......」
そうしてしばらく経ったある日、ざわつく駅構内で、エルダの声が聞こえた。
「エルダ、なんで......」
「クリスタが....最近、電車の中にいないから、少し待ってみたのよ....」
彼女は何処か寂しそうに笑うと、「一緒に...行きましょう?」と言って私の掌を引く為に手を伸ばした。
けれど....その行為が、以前あの人と指を絡ませ合っていた光景と重なり...思わず後ろへと退がって拒否してしまう。
「あ.......」
互いに...驚く。私も咄嗟に、無自覚にした事だったのだ。
そして自分は何てことをしてしまったのか、と思っては顔へと熱が集中するのが分かる。
「ごめん....、エルダ....。」
そう言って、私は駆け出した。人の波...学校とは別方向に。
「クリスタ!」
遠くからあの人の声がするが、聞こえないふりをした。むしろ...それから逃れようと、必死で走る。
必ず...エルダは追いかけてくる。そう理解しているから、決して捕まらない様にと更に走る速度を上げた。
「クリスタ.....!」
ほら...やっぱり追いかけてくる。大好きなあの声が。
でも...今は駄目。こんな顔、見られたくないもの...。
気付けば、全く知らない街並となっていた。それでも構わない。...あの人の声、瞳、仕草、何もかもから逃れられるのならば....!
私、恥ずかしいなあ....
勝手に一人で期待して、舞い上がって.....
エルダが恋人がいないだなんて一言も言っていなかったのに、遂々自分の事、少し好きになってくれたかも....なんて....
「クリスタ!!」
ふいに....腕を掴まれた。...ひねって、それから逃れる。
けれど、駄目だった。.....いつの間にか、目の前には壁が迫っていた。
「......!!」
がむしゃらに走り過ぎた...!こんな所に迷いこんでいるなんて、全然気付かず....
後ろを見れば、息を切らせたエルダがこちらへとゆっくりと歩み寄る。
一歩、足を踏み出されれば、一歩、後退し、また一歩、一歩と.....遂に、私の背中には固い壁が触った。
エルダはその光景を見下ろして、私の顔の横辺りの壁に....ゆっくりと右手を付いた。
「.......何故.....逃げるの?」
その声は、信じられない程静かだった。
初めて....その薄緑に少しの恐怖を覚える。
「にげてなんか.....ない.....」
両の掌を胸の辺りできゅっと握り、それを見つめ返した。どういう訳だか眼がそらせない。
「.....私の事、嫌になった?」
「違うよ.....」
「それともやっぱり....私みたいな『庶民』とは付き合えないの....?」
「そんな事言わないで....!」
「じゃあ、なんで.....」
気付くと、私の瞳からは涙が溢れていた。.....こんな事言わせたく無かった。
それに.....エルダの、こんな辛い顔なんて.....
「.........にげないで」
それだけ言って、エルダは壁に手をついていた姿勢を崩し、そのまま私を抱き締めた。
「やっと、仲良くなれたと思ったのに....急にこんなの、嫌よ....」
耳元で吐息と共に吐き出された言葉があんまりに痛々しい響きを持っていたので、私は、彼女を抱き返して...その繊細な髪を撫でてあげた。
「私....クリスタが好き....」
泣き出しそうな声だった。私を抱き締める力が強まる。
「変だよね....。私、女なのに....」
だから私も腕に、強く力をこめた。
「でも、気持ち悪がらないで....」
とても寂しそうな....苦しそうな声。
「お願いだから.....」
私が知っているエルダはいつも落ち着いていて、大人だったから....
「ずっと好きだったの.....」
こんなに、か弱い部分を持ってるなんて...初めて知った。
「私も、エルダが好き....」
そう呟けば、エルダは顔を上げてこちらを見る。その瞳には涙が薄い膜を作っていた。
「ごめんなさい、逃げたりして.....」
自分より背の高いエルダの頬に触れる。少し...彼女の体は震えた。
「違う.....」
エルダの口から言葉が漏れる。
「クリスタの好きは、きっと私の好きとは違うわ....!」
遂に彼女の瞳の中からは涙が滑り落ちた。エルダは音も無く、はたはたと泣く。
「違くなんかないよ、一緒だよ....」
その涙をどうしても止めて上げたかった。
......が、少し嬉しくもあった。これは...私の為に流されているものなのだ.....
「エルダ....。少し、屈んで.....」
言われるがままにエルダは屈む。
.....恐らく、何をされるか察知しているのだろう。涙で濡れた睫毛はそっと伏せられていた。
それでもまだ少し高い位置だったので....首に腕を回してこちらに引き寄せる。
最初は少しだけ、するつもりだった。
けれど、エルダはそれを許してくれなかった。
驚いて身を強張らせる私を余所に、彼女はもっともっとと求めてくる。
けれど....嫌じゃ無かった。むしろ....好きな人に必要としてもらえるのが分かって、嬉しかった。
―――電車の中で、授業中、夜のベッドの中。いつも願っていた事が、こんなにも幸せな形で適った。
この瞬間が少しでも続く様に、そして終わっても、ずっと私の中に、貴方の中に残る様に....私からも更に深く....
「っはあ、」
やっと唇を解放してもらえた。自分からも散々求めた癖して、体は羞恥から燃える様に熱く、顔を上げる事が出来なかった。
「......クリスタ」
頬に手を添えられて、エルダの方を向かされる。
.....彼女は相変わらず優しく笑っていた。少し、頬を赤く染めながら。
もう一回、キスをされる。今度は本当に一瞬だった。
「好きよ」
耳元でまた囁かれたので、自然と私からも「...大好き」と気持ちを言葉にしてしまう。
「.........明日は、一緒に学校に行ってくれる.....?」
エルダが...まだ少し、不安そうに尋ねて来た。
私は....今までの事に少しの罪悪感を抱きながら、「勿論だよ....」と応えた。
「その代わり、あの人と一緒じゃない方が良い.....」
「あの人....?」
「ほら...私とおんなじ、金髪で青い眼をした....」
「ああ、アニの事。.....でも、どうして?」
「どうしても....!」
「そう......?」
それから私たちは....今日の帰りにまた以前行った喫茶店でのお茶を約束してから、それぞれの学校へと向かった。
大遅刻を働いた私は...それはもうこっぴどく怒られたが、心はとても晴れやかなのだった。
――――これが、読書さんがエルダになって、エルダが私の恋人になるまでのお話。
晨様のリクエストより
現パロ、クリスタに壁ドンをしてぐいぐい迫っちゃう話で書かせて頂きました。
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