光の道 | ナノ
クリスタと読書さん 02 [ 76/167 ]

「あら」


私に目を止めたエルダがこちらへと寄ってくる。


「まあまあ、帰りにも会えるなんて素敵な偶然ね」

そう言いながら私の両手を握った。

私はちょっぴりの胸の支えを感じながら笑顔を返す。


――――私は、エルダの学校の近くで、彼女を待ち伏せたのだ。


あれから、私たちは以前と変わらず...毎日、同じ電車に乗り合わせる様になった。


けれど...変わった事がいくつかある。

まず、エルダは私といる時は読書をしなくなった。会うとおはようと挨拶を交わして、駅に着くまで話をする。


そして.....お互いを名前で呼び合う様になった。


とても幸せだった。けれど、段々と朝の短い時間だけでは物足りなくなる。


だから今日、私はこうして....彼女の傍へと、歩み寄る事に決めたのだ.....



「.......それ、誰?」

ふいに、静かな声がした。


その方を見ると、私と同じく....金髪で青い眼をした女生徒が、エルダの後ろからこちらを覗き込んでいた。


「私の友達よ。ほら....以前話したでしょう?朝の電車でいつも一緒になるお嬢さん。」

嬉しそうに私を紹介するエルダ。.....けれど、その女性は一貫して冷たい表情だった。


「その制服....、もう少し歩いた所にある金持ち校の生徒か....。で、それが私たち庶民に何の用?」

刺のある言い方に小さく肩が震える。

「えっと....わ、わたしはただ...ここに通り縋っただけで....」

少々どもりながらそれに答えた。

彼女は微かに眼を細めて「ふうん」と言うと、踵を返して学校の方へと戻ろうとする。


「アニ?どうしたの」

エルダがその背中に声をかけた。


「学校に忘れ物をした。....あんたはそのお嬢様ととっとと帰りな」

それからこちらを振り向いて微かに笑う。


......私には分かった。これは、余裕の笑みだ。自分が絶対的に有利な立場に立っているという.....


「ごめんなさいね、クリスタ。彼女少し難しい子で....」

エルダが申し訳無さそうにしながら言った。私は首を小さく振って、気にしていない事を表す。


「..........さて!」


少しの沈黙がおりてきた所で、急にエルダが声を発した。

何かと思って顔を上げると、思ったより近い距離に彼女の顔があって驚く。


「折角放課後会えたんだもの、お茶のひとつでもしましょう?」


そう言いながらエルダは私の手を引いて、駅とは別方向へと歩き出した。


「私、チーズケーキがとっても美味しい喫茶店を知っているの。」

そう言ってこちらを振り返るエルダは、大人びているいつもの雰囲気とは違ってとても無邪気で....何だか見ているこっちが嬉しくなる。


「あっ、そうだクリスタ、これから用事があったりするのかしら?それだったらまた今度....「ううん」

彼女の言葉を遮って否定する。


「大丈夫、暇だよ。」

本当はこの後、ピアノのお稽古があった。


「良かった。」

そう言って笑うエルダはとても可愛かった。

この笑顔の為なら何回でもお稽古事をサボっても良い...なんて本気で考えてしまう。


「私ね、ずっとクリスタとゆっくりお話したいと思ってたのよ。」

彼女の言葉に、胸が高鳴った。


私....期待しても良いのかな。


エルダももしかして、私の事...同じ様に想ってくれていたり....


ううん、まさか....でも.....

それでも、淡い喜びと共にその考えは体を巡り、勝手に一人、舞い上がってしまうのだった....







「エルダは、一人暮らしなんだあ」
アイスティーをストローで一口飲んでから言う。

「ううん、厳密には父と二人暮らしなんだけれど、忙しい人だからあまり家にいないのよ」
エルダはコーヒーに角砂糖をひとついれながら零した。

「いいな....。私のお父さんも忙しい人だけど...家にはいつも人がいるから....」

確かにこの喫茶店のチーズケーキは美味しかった。けれど...家の話になった途端、それは砂を噛んでいる様な感覚に変わる。

「ふうん...。お母さんとか?」
エルダが食べる手を少し止めて質問をしてきた。

「ううん、お母さんもあんまり家にいない。いるのは...お手伝いさんたち。」

「お手伝いさんかあ...。でも、家に人がいるのは良い事じゃないかしら?」
寂しく無いし...と言って、エルダがコーヒーを一口飲んだ。...表情が少し陰ったのは、気の所為だろうか...

「そうかなあ...。それが仲が良い人だったら嬉しいのかもしれないけれど、私...お手伝いさんたちとは、あんまり....。それにね、何をするにも人が傍にいるのは、......」
その声はどんどん小さくなっていった。

.....いけない。こんな事、人に言うべき事では無いのに.....


「......確かにそうかもしれないわね。いっつも人と一緒じゃ息切れしちゃうかも」

ふいに....エルダがテーブルの上にあった私の掌を握った。

突然の事に心臓が跳ね上がる。顔を上げてエルダを見つめると、優しく細められた薄緑と視線が合う。


「その時は、私の家においで。だーれもいないわよ」


その言葉の裏に少しの哀愁を感じて....手を握り返した。


「私たち、正反対な様で似ているわ」


私の行為にエルダはひとつ溜め息を吐いてから、嬉しそうに笑って言う。.....が、急にぱっと手を離して赤くなった。


「いけない....。いきなりこんなお誘いするなんて困っちゃうわよね....。ごめんなさい....」

彼女は少々慌てながら頬の熱を冷ます様に、そこに手を当てる。


「そ、そんな事ない....!」

私は....想像以上に大きな声でそれを否定した。言った後、恥ずかしくなって顔を伏せる。


「私も....エルダの家に行ってみたいし...遠慮なんてしないで....」


私の小さな声に、エルダの方から細く長く息を吐くのが聞こえた。


「良かった....」


安堵の声で呟く彼女を眺めれば、その白い頬にはまた朱が差していく。


「私ね....貴方とはまったく質も格も違う高校に通ってるでしょう...。だから、本当はお友達になれるか不安だったのよ....」


......そう言う彼女の掌を、今度は私の方から握った。


「そんな事言わないで...。私、エルダと友達になれてすごく嬉しかったんだよ...?」

エルダが顔を上げてこちらを見る。少し不安げなその表情が....すごく、可愛かった。


「これからよろしくね、エルダ」

安心させてあげる様に笑いながらその掌を握る手にもう一度力をこめた。


......あの時とは逆。今度は私がエルダを落ち着かせてあげる番。


「うん....よろしく、クリスタ。」

ようやくエルダが見せてくれた笑顔を見て、私は心の中が幸せで満ちていくのを感じた。







......昨日は、とっても楽しかった。


あれから二人で、取り留めの無い話を沢山した。

私たちは本当に生まれも育った環境も全く違って、それを言い合ってるうちに日は傾いてしまっていた。


エルダといると、本当に楽しい。こんな人には初めて会った。いつまでも話をしていたくて、別れるのが辛かった。


そして今朝は....いつもの様に、エルダと電車の中で会える。


それだけで心は喜びで一杯になるのだった.....。



混んでる車内.....三両目の一番前。

これが、私たちの間の暗黙のルールとなった待ち合わせ場所。


今日もその場所で電車を待って、乗り込む。


エルダの学校の制服を探して車内を見回すと.....いた。いつもの様に、向かいのドアの傍に.....

嬉しさに胸を膨らませてそこに近付くと、....ふと違和感を感じた。


エルダが本を読んでいない。

いつも、私と会う時までは文庫本を読んでいる筈のエルダが....。

そして、最大の違いは、誰かと話をしている事だった。



その相手が、人ごみの間から.....見えた。



金髪で、青い眼の......あの人。



とても楽しそうに話をしている。車内が混んでいるので、二人の体の距離はとても近く、密着している箇所もあった。


.......なんで、そこはいつも...私の居場所なのに.....。



更に言えば、二人は手を繋いでいた。しかも普通の繋ぎ方じゃない...!まるで、恋人同士みたいに....


彼女がエルダの耳の傍で何かを囁く。エルダはくすぐったそうにしながらもそれに相槌を打っていた。


ふいに....彼女の青い瞳と目が合った。



じっと見つめ合う私たち。また....彼女はあの時と同じ、微かな笑いを漏らしている。



.........もしかして。



もしかして、エルダと、あの人は........



ふいに、おぞまし過ぎる考えが足下から這い上がって来た。



だって、あの距離の近さ、普通の友達じゃあり得ない....!


なんで、なんで....!?


折角、ここまで近くまで来れたと思ったのに....こんなの、ないよ....、



こんなのって.....



――――その日から、私は通学の時間を少し遅らせる様になった。


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