ベルトルトと深夜の電話 [ 80/167 ]
(現パロ、幼ベルトルト)
......ドアの隙間からオレンジ色の光が漏れている。
そして、微かに女性の話す声がしていた。
「.......、.......、。........。」
..........僕は、エルダが電話をしている所を見ると...不安になる。
その受話器の向こうにいるのは誰なのだろう。年上?年下?性格は優しい?怒りっぽい?女性?....男性?
エルダが電話を切る。その後、いつも優しい表情をするのもまた僕の不安を煽る。
.......そんなに、楽しかった?
そうだよね。会話が苦手で....まだ、自分の気持ちを上手く言葉にできない僕と話すより...ずっと、楽しい筈。
エルダは電話を机の上に置いて、またパソコンへと向かう。
そして部屋と、僕が佇む廊下の間にはキーボードを叩く音が微かにするだけになった。
.......エルダは、僕よりもずっと早くに起きて、遅くに寝る。
一緒に遅くまで起きていたいけれど、僕は夕ご飯の数時間後には眠くなってしまうから....。
だから偶に、ふと夜中に起きて仕事に打ち込むエルダを見ると...ああ、僕が知らない時間を沢山持っているんだな....と感じては少し寂しくなる。
息をひとつ吐き、エルダの部屋のドアを、押した。
それは少しの音を立てて向こう側へと開かれる。
「あら」
その音を聞きつけたエルダがこちらを振り返り、僕の姿を確認して淡く微笑んだ。
「ベルトルトが夜更かしなんて珍しいわね」
意外そうに言う。
そして...いつまで経っても、下を俯いて動こうとしない僕を見つめて、不思議そうに首を傾げる。
しばらくそうやって、ピクリとも動かず過ごしていた僕らだったが、エルダがゆっくり立ち上がった事から沈黙は終わりを告げる。
エルダはそのまま僕の傍まで歩き...ふいに、この体を自然な動作で抱き上げた。
「わあ、」
突然の事に間抜けな声が口から出てしまう。
「ベルトルトが大きな声を出すなんてこれもまた珍しいわねえ」
エルダは楽しそうに笑うと、僕をソファ....半分本に埋もれた...へと座らせた。
「怖い夢でも見た?」
隣に腰掛けたエルダが問い掛けるので、僕はゆっくりと首を振る。
「そう....」
彼女は優しく言って、頭を撫でてくれた。
嬉しいけれど、少し....悔しい。
抱き上げられたり、頭を撫でられたり、気遣われたり...どう足掻いたって、僕は貴方よりずっと小さな存在だという事を思い知らされるから。
そうだ。....僕はエルダよりずっと年下で、彼女から世話をしてもらわなければ生きていけない。
とても頼りがいの無い....背の低さや、年端のいかなさのみならず...会話や仕草で楽しませてあげる事もできない、つまらない存在だ。
そして一番気になるのは、僕がこの家で、邪魔になっていないかで....
「....好きなだけ、ここにいれば良いわ。」
エルダがこちらを覗き込みながら言う。それが僕のネガティブな思考を断ち切った。
「え....」
考えを読まれたのかと思ったが、「寝れない時は無理して寝ないのが一番よ」と人差し指を立てながら優しく言われたので...それは違うのだと理解し、ほっとした。
......その時、また電話のバイブが鳴る。
時刻はとっくに日付を越えているのに....非常識な相手だと小さな憤りを感じる。
今は....僕とエルダだけの時間だと思っていたのに、邪魔しないで欲しかった...。
エルダは僕に断りを入れてから電話に出る。.....それから、また楽しそうに受話器の向こうの相手と会話を交わす。
時々笑みを漏らしながら...恐らく仕事の事だろう...、少々難しい話を続ける。
.......やはり、10分足らず。それでも僕には永遠に感じた。
電話を切れば、エルダはまたじんわりと温かな笑みを漏らす。
「ベルトルト、そこにある好きな本を読んでいて良いわ。私は少し仕事を続けるから...」
『....もう少し、僕の傍にいて』
それは、言えなかった。エルダに何も与えてあげられない僕に言う資格は無いと思う。.....足手まといに、なりたくなかった。
また....部屋にはキーボードを叩く音だけが響く。
僕は、エルダの難解な書籍の中から読みやすそうなものを見つけようと試みたが、それは失敗に終った。
.....ので、唯一絵が載っている百科事典をパラパラと見る事にする。
やがてそれも飽きてしまう。仕事に打ち込むエルダの横顔をじっと見つめて、こちらに気付く様に遂々催促してしまうが....無駄だった。
邪魔になりたく無い...とは思うが、その分甘えたいと思う感情もあるわけで...
やっぱり、僕はまだ子供だ。
ソファから立ち上がり、エルダの傍まで歩く。僕がすぐ横に立った時にようやく気が付いたのか、エルダの肩は小さく跳ねる。
「あらまあ、びっくりしたわ」
それからいつもの淡い笑みを浮かべて僕を見た。
.....僕の背丈は座っている彼女よりも、まだ少し低い。同じ年頃の子たちよりは大きいけれど....早く同じ位、いやもっと大きくなりたい。
「どうしたの?」
僕の手を握りながらエルダが尋ねてくるので...「いや、はかどってるかな...って」と苦しい言い訳をする。
「まあ、ベルトルトにまで心配されちゃうなんて...私の仕事はよっぽど信用ならないのねえ」
けれどエルダには特に気にした様子は無かった。それを見て安堵した様な、残念な様な...複雑な気持ちが胸中を占める。
「でもね、実は全然はかどってないの」
エルダはそう言って僕の手を少し強く引いて、膝の上へ乗せた。
「えぇっ....」
突然の事に、また間抜けな声が口から漏れる。
エルダは後ろから僕をしっかりと抱き締めて、「こういう時は人と触れ合うに限るわ」と楽しそうに言った。
「ちょっと、エルダ...!」
「良いじゃないの、私たちは家族よ?」
いや、違うんだ、そうじゃない、強く抱かれると背中に当たっちゃうんだよ...!!
散々恥ずかしがる僕で楽しんだエルダはようやく落ち着いたのか...抱き締める力を緩める。
僕の目の前にはパソコンのモニタ。.....やはり、難しい文字が羅列されていた。
「貴方がこの家にいてくれて良かったわ」
エルダは優しく言って、僕の後ろからキーボードに手を伸ばして仕事の続きを始める。
「そうかな.....。」
そう言ってもらえて嬉しかったけれど、まだ自信が無かった。だから弱々しい声で返す。
「そうよ。こんな夜、一人だったら煮詰まっちゃうもの」
.......でも、その相手は僕じゃなくても良いと思う。例えば....あの、電話の相手とか....
「エルダは、僕といると楽しい....?」
「勿論よ」
澱みの無い返答だった。
「ベルトルトがこの家に来てくれてから楽しい事だらけだわ」
「そうなの....?」
未だに俯いて不安げにしている僕の髪にエルダが触れる。やわやわと撫でられ、それから「私と同じ石鹸の匂いね」と穏やかに言われた。
「でも、僕....沢山、迷惑をかけてないかなあ」
エルダの胸にそっと体を預けながら尋ねる。.....当たってしまうものは、まあ仕様が無いとして。
「全然そんな事ないわよ。むしろもっと迷惑をかけて欲しい位だわ」
「エルダの邪魔になってないか凄く不安なんだ....」
「そんな事考えてたの?」
エルダの手はいつの間にかキーボードを離れて僕の体を強く抱いていた。
「ベルトルトは本当に良い子。.....凄く可愛いわ。」
可愛いなんて....正直、言って欲しく無い。けれど、その時のエルダの声が何だか泣きそうだったのでその考えは引っ込めた。
「私、嬉しかったのよ」
そのままでエルダが喋る。
「家族ができて、とっても嬉しかったのよ」
彼女の言葉に、体の力が抜けて行くのが分かった。今まで石の様に凝り固まっていた悩みがすうっと風化する。
あとに残ったのは、僕を抱き締める存在への愛しさだった。
―――――しばらくして、僕は彼女の膝から立ち上がる。
それから、「隣に、いても良い?」と尋ねた。
少しの間僕らは見つめ合っていたが、やがてエルダが優しい声で「勿論」と言う。
エルダは座っていた椅子を僕に譲ってくれて、自分は簡易椅子に腰掛けて仕事を続けた。
また....電話が鳴ったが、エルダは何故かそれを取ろうとはしなかった。
........キーボードを叩く音を子守唄に、僕はゆっくりと眠りに落ちて行く......。
*
ふと眼を覚ますと、ベッドの中だった。
恐らくエルダが運んでくれたのだろう。
まだ....辺りは暗い。あれから、あまり時間は経っていないのかもしれない。
「起こしちゃったかしら?」
どういう訳だかドアの方でエルダの声がする。寝ぼけ眼でその姿を見つめると、彼女は寝間着姿だった。
「何だか一緒に寝たくなっちゃったのよ」
エルダは恥ずかしそうに笑ってこちらへと歩を進める。
「嫌なら...無理にとは言わないけれど....ね。」
少し寂しげにするエルダに応える代わりに、毛布の端を中から招く様に持ち上げた。
そうすれば彼女は表情を柔らかくして、隣へと収まった。
........疲れていたのだろう。エルダはすぐに眠りへと落ちてしまう。
僕は....穏やかなその寝顔を見ながら、胸が高鳴っていくのを感じた。
この痛い様な鼓動を感じる度に...早く大きくなりたいと思う。
まだ、僕はこの気持ちをどう君に伝えれば良いのかよく分からないんだ。
でも.....いつかは必ず適いますように。僕の隣にいる君を、笑わせてあげる事ができます様に。
「おやすみ、エルダ....」
そう言って、僕もゆっくりと目を閉じ.....再び眠りの世界へと旅立った。
白餅様のリクエストより
ベルトルトが幼児化するで書かせて頂きました。
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