ベルトルトと外された眼鏡 03 [ 68/167 ]
.....ベルトルトは、もう一杯一杯だった。
勘違いなんかじゃない....。エルダは確かに僕の事を避けている。
最近は視線すら合わせてくれなくなった。
僕が何かしたのなら言って欲しいのに、話そうとしてもいつも彼女は誰かと一緒にいて....
....そうだ。昔から、エルダはいつだって友達と楽しそうにしていたんだ...。
その笑顔が、僕だけに向いたらなあって思って、どんどん好きなって...勇気を出して告白して、やっと僕だけの人になったって...そう思ったのに....
嫌だなあ。
ライナーは僕の事、重いって言うけれど...それだけ好きで、大好きで...仕様が無いじゃないか...
....でも、嫌われるのはもっと嫌だ。
けれど、また...前みたいに、常に誰かにエルダを取られてしまう状態が続くのだって嫌だ。
....どうすれば、良いんだろう。
やっと想いを伝えて、応えてもらえて、とても幸せな筈なのに...何でこんなに苦しいのかな...。
*
夕食後の図書室....
エルダは、読書をする時は大抵一人だ。
そして、夜は高確率でここを使用する。今夜...僕の事を避け続ける彼女を捕まえて、必ずその理由を聞いてみせる。
....これ以上距離が広がるのは、もう耐えられないのだ。
勇気を出して痛んだフローリングを軋ませない様に...図書室に足を踏み入れた。
やはり、人の気配がする。
.....それだけで誰だか分かった。間違いなく彼女がいるのだ。
息を詰めて、書架の影から出てエルダに声をかけようとする....
「エルダ、今は何処を読んでいるの?」
しかし、その動きは....エルダではない...女性の声を聞いた途端、ぴたりと止まってしまう。
「そうねえ、アナ先生がアリシアの家を尋ねた辺りよ」
「....面白い?」
「このアナ先生は少しアニに似てると思うわ。名前もだけれど中身が。」
あれ....何で、アニが...エルダと一緒に....
「じゃあアリシアはエルダ?」
「私はこんなに良い子じゃないわ」
....おかしいな、僕...女の子にまで、こんな嫌な気持ちを...
でも、エルダの一番近くは...確かに、僕の居場所になった筈なのに、
「いいや。あんたはアリシアだよ。」
「そうかしら...?」
「意固地になると聞かない所とかそっくりだよ」
「いやだ、ひどいわ。」
....凄く、楽しそう。
僕は隣に居ても満足に会話できなくて...エルダを楽しませる事もできないのに...
やっぱり...僕より、女の子といる方が、好きなのかな....
じゃあ、何で...何で、僕の気持ちに応えてくれたんだ...?
これじゃ、今までと全然変わらない...!
...一番傍にいたい。でも、嫌われたく無い。
.....両方を適える事は、不可能なのだろうか....。
*
「エルダ」
夜も更けて、アニは先に休むと言って図書室を後にした。
一人になったエルダに、僕は声をかける。
......案の定、エルダは驚いた様な、焦りの様な...少しの、怯えの表情をする。
「....僕は、傍にいたら...いけない?」
書架の間で本を選んでいたエルダを見下ろしながら尋ねた。
...自分の背の高さは知っている。相当の威圧感を彼女に与えている筈だ。
エルダは困った様に目を伏せる。....その仕草に、胸が締め上げられた。
「エルダは本当に僕が好きなの...?僕はみんなと同じじゃないんだ。やっと、君の一番になれたと思ったのに....」
屈んで肩に手を置き、顔を覗き込む。....視線を合わせてくれない。
「僕は、寂しいよ....」
ありのままの心情を吐露すると、エルダの体が微かに震えた。
沈黙が二人の間に降りてくる。....少しの間だったが、永遠の様に感じた。
それに耐えられなくて、しなやかな肩を掴む掌に力を込める。この手だけは、絶対に離したく無かった。
「.....分からないの」
....ふと、エルダが呟く。非常に小さな声だったが、静まりかえる図書室の中ではよく聞こえた。
「貴方に、どんな顔をして会えば良いのか、分からないの...」
ようやく彼女がこちらを向く。眼鏡越しの薄緑が濡れた様に光っていた。
「最近ずっとそうなの....。....こんな気持ちは初めてで....貴方の仕草のひとつひとつが大切で、でも苦しくて...」
エルダの.....こんなに頼りない声は初めて聞く。
「....貴方の事、大好きなのに、どうしてかしら....。自分がよく分からなくて、とても不安なの...」
髪から覗く耳が赤くなっている。....辛そうな声だ。
「本当に、ごめんなさい...。私の我が儘で...貴方の事、傷付けてしまって...」
胸の辺りで握られていた掌にきゅっと力がこもる。
「でも....傍にいたらいけなくなんかないわ。隣にいて欲しいもの...。だって私も、貴方が大好きだから...!」
真っ直ぐにこちらを見据え、しっかりとした声で告げられた言葉を理解した時...一気に顔へと熱が集まるのを感じた。
「.....い、いやだ貴方....、そんな反応されたら、私だって...」
消え入りそうな声で呟く、エルダの頬にも朱色が差す。
.....僕は、恥ずかしいやら嬉しいやら幸せやらの感情が混線して...とりあえず、肩に置いていた手を彼女の首に回して、強く抱き締めた。
「は、離して頂戴...」
弱々しい彼女の訴えに反して、抱き締める力を更に強めてやった。....これが照れ隠しだと、もう分かってしまったから。
エルダは観念した様に、大人しく体を預けて来た。
「.....恥ずかしいわ」
小さな小さな声が胸の内で聞こえる。
....余裕の無いエルダは....何だか、凄く可愛い。
「エルダ、僕たち...恋人同士だよね」
耳元で囁く様に尋ねると、「....知らないわ、もう....」との返答と共にぎゅうと抱き返される。
....それが、充分答えになっていた。
「じゃあ、その証拠が欲しいな....」
そっと頭を撫でてやる。とても優しい気持ちだった。
「.....証拠?」
エルダがこちらを見上げてくる。そこからそっと眼鏡を外した。
....意味を理解したらしい彼女は非常に焦った表情となる。必死で逃げようとしているらしいがその行為はあまり意味を成さなかった。
「駄目、駄目よ..!だって私、初めてで...やり方なんて分からないもの、もっと研究を重ねてから、また次の機会に、ご縁があったらやりましょう!?」
よく分からない言い訳をまくしたてる。...うーん、ここまでテンパっているエルダは本当にレアだ。よく見ておこう。
「.....僕も初めてだからよくやり方は分からないけど...まあ、簡単だと思うよ。」
手の中にある細い銀のフレームの眼鏡からエルダを覗いてみる。...うわあ、度強い。酔った。
「でも...私たちの身長差はどうかしら...?無理、無理よ。絶対無理。」
眼鏡を取り返そうとこちらに手を伸ばすエルダ。しかしその行為もまた無意味だった。....高さで適わないのは一目瞭然だろうに。
「そうだね...。それは困ったな...」
と、気の無い返事をする。
それよりも、眼下の見えない目を駆使して必死に眼鏡を奪おうとする彼女が面白くて、それをエルダに近付けては遠ざける、という意地悪を繰り返す。....あれ、珍しく僕が振り回す側だ。楽しい。
「でも、そんなのすぐに解決するよ」
充分堪能した後、可哀想になったので眼鏡を返してあげた。
ほっとした表情でそれを眺めるエルダから抱き締めていた手を解き、再び肩に乗せる。
そして....不思議そうにこちらを見るエルダの視高に合わせる為に、ゆっくりと屈んでいく。
エルダが逃げようとした瞬間にはもう遅かった。
.......僕は、エルダの一番傍が良い。
けれど、しがみついて、好きを押し付けるだけじゃ駄目なんだ。
今回だって、僕がもっとエルダの気持ちを汲もうとしてあげれば簡単に解決した事かもしれない。
駄目だなあ。僕は男で、彼女は女の子なんだから...当然視線の高さが違う事に、何で気付かなかったんだろう。
君の所まで降りて行くから、これからは同じ景色が見たい。
離さない様に繋ぎ止めるんじゃなくて、その手を引いて、一緒に歩く為に....
ナオ様のリクエストより
ライナーやアニを巻き込んでベルトルトとちょっとしたケンカ。からの仲直り。
リリー様ののリクエストより
if恋人同士、クリスタ、アニに主人公をとられる→モヤモヤする→機嫌が直る
で書かせて頂きました。
[
*prev] [
next#]
top