マルコの誕生日 02 [ 151/167 ]
ふと甘い匂いがしたかと思うと、マルコの視界の内側へと鮮やかな色彩が突然に舞い込んできた。
驚いて顔を上げると、そこには先程別れたばかりの人物…エルダが、極彩色の花々を小さく束ねたものを持っては彼の顔を覗き込んでいる。
「ちょっとのものだけれど、今日のお礼と…誕生日の贈り物と思って。」
きょとりとした表情のマルコの疑問に答えるように、エルダが言った。
「え……。でも、こんな……」
豪華な花の数々……少なくとも、そこら辺に生えている野草ではない……に彼が恐縮した反応を見せると、エルダはほんの少し困った表情をする。
「大丈夫よ、ちょっと前に沢山立派なお花をもらっちゃって……私一人には多過ぎるから。」
誕生日のプレゼントがもらったものなんて何だか申し訳ないけれど……と呟いて、彼女はそっと目を伏せた。
マルコは、ゆっくりとエルダの指先から花束を受け取る。
そうすれば彼女はどこか安心したらしく、その表情は和らいだ。
おめでとう、と微笑まれるので……ありがとうとまた応える。
来年はちゃんとしたものを用意するわねとの言葉に、もう一度ありがとう、と。
「………まだ、ちょっと気の晴れない表情ね。」
エルダはにっこりとしながら、マルコの隣へと腰掛ける。何やら楽しそうな表情だ。
「やっぱり意中の人にお祝いしてもらいたいものよね。」
そうして続いた言葉にマルコは軽く咽せてしまう。
「……なっ、エルダ……お前、一体何言って……!!」
「あらあら、良いのよ。私そういう愛の形の素敵と思うわ。ロマンスよ。」
「僕とジャンはそういうんじゃ……、というか本気でやめてくれ、僕は根っからのノーマルだから!!」
「冗談よお」
ムキになることないじゃないの、と彼女はそっとマルコの頬をつつく。
(…………遊ばれてる)
そう思って、マルコはなんとも言えずに渋い気持ちになった。
「でも、ジャンから何も言ってもらえなくてちょっと寂しいのは事実でしょう?素直になれば良いのに。」
「別に素直じゃないなんてこと……」
「安心して大丈夫よ。マルコが思う以上にジャンは貴方が大事なんだから、きっと覚えてるわ。」
「…………そうかな。」
「そうよ、周りから見たら分かりやすすぎるほど相思相愛なんだから。貴方たちって……」
「その表現やめろ」
「まさに愛ね。甘酸っぱいわ」
「だからやめろって!」
思わずマルコは叫ぶ。
エルダはうふふ…と含みのある笑いをするだけだった。
………何を言っても仕様が無いと理解したマルコはうんざりとして眉根を寄せる。彼女はその様子を心から面白そうに眺めていた。
*
暫時して、またしてもマルコの視界の端に何かがぬっと映り込んでくる。
………先程とは違い無彩色に固そうな物質感があった。顔を上げると、そこにはなんとも複雑そうな表情をした親友の顔が。
「…………………おかえり。」
どう反応して良いか分からず、とりあえず挨拶をする。
ジャンはそれには応えずにマルコの方へと手にしていた………本?を更に寄せて行った。
このままでは仕様が無いと思ったマルコはそれを受け取り、まあ座れよと遂さっきまでエルダが腰掛けていた隣の座席を示してやる。
「…………一応な。お前よく本読むだろう、だから本屋行ったんだけど……
オレは本のことは詳しくねえし、一緒にいるのは更にそういうのに疎い馬鹿二人だから……何選んで良いか結局分からなくてよ……」
ジャンは座りながら、ぶつぶつと何やら言い訳じみたことを言う。
それを聞きながら、マルコは自身の掌に収まったやや厚みのある綴りを眺めた。
……中身を確かめる。真っ白だった。
「日記か……?」
少しずつではあるが、マルコにも深緑の皮で閉じられたそれがどういう意味を持つのか理解できていた。
なんだか嬉しいのにすごくこそばゆくて、小さく笑い声を漏らしてしまう。
「………お前はさ、ほら、マメだろ。だから三日坊主にはならねえとは……思うんだよ。」
段々とジャンも堪らなくなっていくらしい。
マルコからは目を逸らして、ぶつぶつと言葉を紡いで行く。
「そうだな……。お前と…いや、お前たちと過ごすようになってから毎日が波瀾万丈だ。
書くことのネタには困らなさそうだね。」
ありがとう、大切にするよ。
不器用な友人からのプレゼントがとても嬉しかった。
心からの礼を言えば、ジャンはうにゃうにゃと口の中で何かを呟いた後、低い声で「おう」と応える。
………なるほど。確かに僕は、随分と奴から大事にされているらしい。
そう考えると、不思議と暖かで晴れやかな気持ちになり、マルコはそっとこそばゆそうに微笑んだ。
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