光の道 | ナノ
ライナーに助けてもらう 03 [ 62/167 ]

どれ位時間が経ったのだろう。そこまで長い間では無かった。しかし...体感的には丸一日くらいには感じる。


.....おもむろに着ていたジャケットを脱いで、肩に着せてやった。

俺のはこいつより相当サイズがでかい。....充分、服として昨日しなくなった...痛々しいそれを隠す事はできるだろう。


「ありがとう、ライナー」


エルダはぶかぶかのジャケットの前をしっかりと合わせて、ようやくこちらを向いた。

もう顔の赤味は引いて...穏やかに笑っている。


「.....着替えないといけないわね。貴方のジャケットのお陰で、訓練場を通って宿舎に戻れるわ」


行きましょうか、と言ってエルダは櫟の木から体を離した。


.....いつも通りだ。

強がりである事すら感じさせない。しかし...平気な筈は無い。


歩き出したそれの腕を再び掴んでもう一度櫟の下に戻し、座らせた。

エルダは少し驚いた様にするが、大人しく従う。


「ここにいろ」


見下ろしながらそう言えば、「でも...」とまた立ち上がろうとするので、肩に手を乗せて沈める様に...今度は一緒に座った。

「....訓練場には奴がいる。...隠れてろ。」

そう言えば、はっとした表情をした後、彼女の瞳が揺らぐ。微かな怯えの色を湛えて。

「教官には、俺から体調が悪くなったのなんだの言って誤摩化しておく。」

それで大丈夫か、と問うともう一度微笑んで首を上下させた。



.......いつまで経っても立ち去らない俺にエルダは不思議そうにする。


いや...このまま訓練場に戻ってもいいのだが...そうすればきっと、この事件はここで終わってしまう。


.....終わらせては駄目だ。



エルダは大事な存在だ。

こんなにも苦しいやせ我慢を続ける姿を放ってはおけない。


「エルダ。何か手を打とう。....あの男に、兵士をやめさせる事もできる。このまま泣き寝入りをしてはいけない。」

肩に両手を乗せたままそう言えば、穏やかな表情でゆっくりと首を横にふられた。


「いいのよ。私が悪いのだもの...誰にも責任は無いわ」

「........?」

いや、こいつは何をとんちんかんな事を言っているんだ?逆だろ。お前は何も悪く無いだろう。


.....エルダはそっと目を伏せて地面に落ちていた葉っぱを拾い、そこに空いた虫食いから俺の姿を捕えた。


「ライナー...貴方も私の所為で手を煩わせる必要は無いの。」

葉っぱをぽいと再び地面に放る。それはくるくると回って元の場所へと帰っていった。


「私が...全部悪いのよ。こんな体に生まれた私が....」

ほう、と溜め息を吐いたエルダは目で、もう大丈夫よ、行きなさいと訓練場に戻る道を示す。


だが....それでも肩を離す事はできなかった。


「そんな事を言うもんじゃない」

口からは言葉が自然と出る。


「お前の体は...お前が大好きな親父さんからもらったものだろう。.....その言葉を聞いたら、きっと悲しむ。」

エルダの瞳の光がゆらりと揺れた。


「二度と言っては駄目だ。」

そして、俺から瞳を逸らし...地面にそれを落とす。....先程の葉っぱは、もう周囲に紛れてどれだか分からない。



少しして....エルダは細い涙の緒を一筋頬に描いた。



それきりだった。



俺としては...声を上げて泣いてもらったり、仕返しをして欲しいと言ってもらった方がよっぽど楽だった。

何故...お前はいつもそうなんだ。信用されていない様で酷く胸が痛んだ。


「ありがとうライナー。私、もっと強くなって...ちゃんと嫌って言える様になるわ。」


それからまた笑われた。.....深い溜め息を吐かざるを得ない。

肩から手を退かせ、頭をわしわしと掻き混ぜると、面食らった様に「わあ」と間抜けな声を漏らされる。


「....お前みたいなお人好しがそう簡単に変われるものか。考えが甘いぞ」

そう言えば困った顔をしてこちらを見上げて来た。「でも....」と反論しようとするが上手く言葉が見つからなかったらしく、口を噤んでしまった。


「もっと簡単な方法があるじゃないか」

今度は俺が笑う。エルダは眉をハの字にさせて俺の言葉を待った。


「俺達を頼れば良いんだ。」


..........。


エルダは...まるで異国の言葉を聞いたかの様にぽかんとしていた。


「今回の事も、俺達のうち誰かに一声でもかければ未然に防げたものだろう。」

そう言えば顔を伏せて膝を抱える。....思い当たる節があるのだろう。


「お前は何も悪く無いが...唯一落ち度があったとすればそれだ。」

膝を抱える手に、きゅっと力が入った。


....聞いていて辛いかもしれないが、耐えて欲しい。そうしなければお前自身が後々もっと辛い思いをするだろうから...


「どうせ迷惑がかかる...とか、思ってたんだろ?
俺はお前にそういう態度を取られた方がよっぽど辛い。折角ここまで仲良くなれたのに、未だに他人だと言われている気がするからだ。」

エルダの髪の間から除く耳が赤い。....だが、先程の様に、どす黒く痛々しい赤では無かった。


「もっとお前に関わらせて欲しい。.....友達だろ?」


そっと...エルダは膝を抱いていた手を解いて、俺の方へと伸ばして来た。


何をするのだろう...とそれを眺めていると、きゅっと胸辺りの服を掴まれる。

そろりと頭も動いて、遠慮がちに俺の服を掴んだ手の近くにもたせてきた。


少しの間そうしていると、エルダの体から力が徐々に抜けて行く。

深い呼吸が聞こえた後、本当に微かな微かな声で...「凄く...怖かった」と言うのが耳に届いた。


......当たり前だろう。逆に何故今まで平気だったのか。

その体を抱いてやりたかったが...寸での所で止めた。

きっと、俺の役割では無い。変わりに頭を撫でてやる。細い髪だ。


....エルダには悪いが、俺は嬉しかった。...もっと頼って欲しい。もっと、お前を知りたい。

何故ならお前はいずれ...


ふと、エルダが面を上げて俺を見つめて来た。


薄緑の目だ。アニもベルトルトも...彼女のこれにまず魅せられた。

....安心して欲しい。皆、お前の内面...エルダという一人の人間が好きなんだ。そして、俺も...


彼女は淡く笑う。ようやくいつものお前に会えた気がして、俺も笑った。



「ライナー、大好きよ。」



そう言ったあとに照れくさそうにするエルダを見て...今度は俺が赤面する番だった。


......ちょっと、ヤバかった。


それを誤摩化す様に、溜め息をひとつ吐く。


もう少しエルダと一緒にいたかったが、通常モードの戻った彼女に「サボっちゃ駄目よ」と反論の余地がない程綺麗に微笑まれてしまい、渋々と腰を上げる。


訓練場の道を歩みながら、時たま後ろを向いて手を振ると、エルダもまた振返してくれた。

.....いつまでもいつまでも、振り返してくれた。



とても優しい気持ちになる。...幸せを願わずにはいられない。

そしてその時に隣にいるのは、どうか俺の大事な人間であって欲しい....。


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