ライナーに助けてもらう 02 [ 61/167 ]
「ん?」
投げ飛ばした...勿論手加減はしている...女性兵士を起こすのを手伝っていた時、ふと遠くの方によく見慣れた女性が見知らぬ男性兵士に手を引かれて...というか引っ張られる様にして歩いていくのが視界に入った。
(.....おかしい。何故林の方へ...?サボりか...?いや、あいつは性質上そういう事はあまりしないだろうし...)
「あのライナーさん?次貴方がならず者ですよ?」
(むしろ無理矢理連れて行かれている様な...。しかしあまり抵抗している様子も無い...まあ、エルダもそこまで気が強い方じゃないしな....)
「ライナーさーん、聞いていますか?」
(.......ちょっと様子見に行ってやった方がいいかな....。まあ、何も無ければそれが一番なんだが...)
「ライナーさーん?私一人で喋ってるみたいでなんか寂しいですよー?」
「......すまん、ちょっと腹が痛いんで一時中断させてくれ」
「お腹が痛くてもあれだけ見事な巴投げができるんですか!凄いですねえ。」
「ま、まあな。」
どうぞどうぞ、遠慮せずにすっきりして来て下さい!と笑顔で送り出してくれた女性兵士に軽く手を振り、ライナーは走り出した。(良い奴だ)
.....明らかに嫌そうだった。
しかし...あのエルダだ。嫌ならいつもの調子でふわりと躱す位簡単な事だと思うのだが...
更に言うと、それなりに長い付き合いだが...ああいうエルダを見たのは初めてだった。
ただ嫌がっているだけでなく、もっと別の感情が加わった...
怒り...はまず無い。悲しみ、違うな。恐怖..?いや、..もっと弱い....
....と、すると...怯えか...?
「うわっ」
考え事をして歩いていると、何かが勢い良く体に衝突した。
予想だにしない衝撃に思わずよろめく。
.....それは、エルダだった。
向こうもまさか他に人が...しかも馴染みの友人が...ここに居た事に驚いた様で目を見張っている。
「おい....」
しかし声をかける間もなく彼女は別の道...勿論訓練場の方では無い...へと走り去った。
(..........?)
何だ?何が起こったのかさっぱり分からない。
ただ、異常事態だと言う事は分かる。あのエルダが俺から逃げる様に消えたのだ。
...自分は自惚れでは無くエルダに相当好かれていると思う。
こんな反応をされるのは..人が変わってしまったか、そうせざるを得ない理由があるからで...
「おい」
少しの間思考を巡らせていると、声がかけられる。まあ..見なくても誰だか分かる。
例のエルダをここに連れ込んだ男だ。
「.....何だ」
警戒しながら応える。....恐らくこいつがその理由を作ったのだろう。だが早合点はよくない。出方を伺おう....。
「ここにさ、女が来なかったか?」
(.........。)「いや、見てないな」
「ふーん...。確かにこっちに来た筈なんだけどな...。目が緑でさ...」
「知らないと言っているだろう」
「そ。....ならいいけど」
それだけ言って男は訓練場の方へと戻って行ってしまった。
その後ろ姿が見えなくなるのを確認してから、ゆっくりと先程エルダが姿を消した方向へと向かう。
(いた....)
奥まった林の中、一際大きな櫟の木に体の側面をもたれ掛からせているエルダの背中が目に入った。
こちらからは顔が見えない為、表情は伺えない。
「エルダ」
声をかけると首だけ動かしてこちらを振り向いた。そしてにこりと笑ってみせる。
「....ライナー。」
穏やかにそう言う姿は一見いつも通りに見えた。
しかし...先程は明らかに変だったのだ。脳内を疑問符が埋めて行く。
「さっきはごめんなさいね。突然だったからびっくりしてしまって...」
だが...今も少々変な事がある。顔こそこちらに向いているが、体の向きは依然として変わっていない。
....つまり、相当無理に首をひねって俺と話をしている。
(もしや...)
「エルダ、怪我でもしているのか。何かあいつにされて...」
そうなら早く手当をしなくてはならない。....こいつの事だ。心配かけない様にと俺に隠しているに違いない。
「ちっ、違うの...!ほんとに、大丈夫だから...、ライナーも早く訓練に戻った方が...」
近付けば顔すらもこちらに背けて、またしても逃げようとする。
....全く。こういう所はこいつの悪い癖だ。
安々と追い付いて腕を後ろから掴む。....もう少し筋肉を付けた方が良い。本ばかり読んでいるからいつまで経ってももやしなのだ。
まあ、どういう理由であれ...エルダを傷付けたあの男には然るべき対処をする必要はあるが、今はこいつの治療が優先だ。
.....珍しく必死に腕を振りほどこうと抵抗する。
仕様が無い奴だ...と溜め息をひとつ吐き、強引であるが力づくで体をぐるりとこちらに向かせた...
しかし、そこで見た光景に絶句する。
エルダもまさかここまで俺が食い下がるとは思っていなかった様で、驚きに体を強張らせていた。
彼女の唇に息がひゅうと吹き込む。そして白い肌が首まで一気に赤く...まるで火傷したかの様な色に染まった。
あまりの事によろよろと、非常にゆっくりな動作で手を離す。
エルダは再び俺に背中を向けて俯くと、微かな微かな声で...「....いやだ、私...恥ずかしいわ」とだけ....零した。
[
*prev] [
next#]
top