ユミルの誕生日 03 [ 57/167 ]
.......気分が悪い。
別にあいつに祝って欲しかったわけじゃない。....というかその日がいつだか教えてないし。
......ただ、みんなで過ごしたかった。随分と長い事生きてはいるが、こうやって心から幸せだと思える生活の中での今日は数える程しかなかったから.....
「「ユミル!お誕生日おめでとうございまーす!!」」
賑やかな二人の声で我に返る。
カフェの寒いテラスで待っている様に言われてぼんやりと木のベンチに腰掛けていたら背後から何か凄い音がした。
.....クラッカーか?自分の髪に絡み付いた色とりどりの紙テープからそれが正解だと知る。
今日は止んでいるが、街には至る所に雪が降り積もっていた。真っ白な雪が茶色い砂利に汚されて...それが、少しもの悲しい気持ちにさせた。
.....白く、美しく...純真な人間ばかりのここに、自分みたいなものがいていいのか...?汚い土塊の様にそれを穢してしまうのでは...?という不安が胸に湧き上がる。
「.....どうしました?ユミル」
少し心配そうなサシャの言葉に気を取り直して、「何だよ、祝ってくれるなんて驚きだぜ」心に芽生えた希有を隠して笑った。
ついでに二人の頭をぐりぐり撫でるとこの上なく嬉しそうにしてくれる。...ああ、ほんとこいつ等は良い奴らだ。
「これね、私たち二人から貴方に....!」
ちょっと恥じらいながらながらクリスタが橙のリボンかかった包みを渡してくれる。超可愛い。結婚して米寿まで寄り添いたい。
「素敵な一年になると良いですねえ、ユミル。」
いつでも屈託の無い笑みを浮かべてるこいつは犬みたいだ。クリスタと結婚した際にペットにしてやっても良いかもしれない。
「....ありがと。」
淡く笑ってそれを受け取る。
.......幸せだなあ。誰かに生まれて来た事を祝ってもらえるって....。
ただ、一人欠けてるんだ。....おめでとうって、言って欲しい人間が一人だけ...ここにいない。
自分には勿体ない位の幸せの中に、それが小さな影を落としている。
いつから私はこんなに我が儘になったのだろう。
高々一人の、けれどたった一人の...あいつが傍にいないだけで....何故なんだろう....。
「....あ、あれ...エルダだ...。」
クリスタがふと発した言葉にどきりとする。そして全身が反応するのが分かった。
「....何処だ....!?」
テラスから乗り出して辺りを見回す。サシャとクリスタもそれに続いて柵の傍まで来た。
「ほら...あれ。」
クリスタが指差す方向には、確かにエルダの姿が。見間違えではない。
そして隣には予想通りあの男が....!
「....悪い、ちょっとここで待ってろ...若しくは先帰ってろ...」
ユミルはそれだけ言うと柵を飛び越えてエルダの元へとふらふらと歩き出す。
その背中にサシャとクリスタが何か言葉を投げかけるが、最早それは彼女の耳には届いていなかった。
行ってどうする?何をすれば良い?全く分からない。ただ足は止まる事無く、自分の視線を捕えたままの二人へと確実に歩を進めていく。
....何だよ。何仲良さそうにしてんだよ....。
お前のそういう顔はクリスタとかサシャに向けられる筈のものだろ?
何で遂一週間前に知り合った様な奴に笑いかけてるんだよ....
男も男で触ってんじゃねーよ。虫酸が走る...!
ユミルは脊髄を猛烈な悪寒が這い上がるのを感じた。
呼吸は大いに乱れる。しかし二人を尾行する行為を足はやめてくれない。
歩き続ける二人。
....やがて、人気がまばらな場所で男が足を止める。それに合わせてエルダも立ち止まった。
.....ここからは聞き取れないが、何か話し込んでいる。
ユミルは最早逃げ出したい気持ちに駆られていた。
しかし、先程はどうあっても尾行を止めなかった足が今度は石の様に固まって動いてくれない。
男は俯いた後、少し紅潮した顔....寒さの所為では無い...をエルダに向けて、手を彼女に差し伸べる。
....おい、まさか、やめろよ。それは駄目だ。それは駄目だ....!
エルダは少し躊躇った後、困った様な笑みを浮かべてそれに掌を重ねる。
更に彼は両手で包み込む様に握り、エルダの白い掌を頬に寄せた。
ユミルの中で何かが切れた。石化していた足を強引に地面から引き剥がし、二人がいる所に猛然と走っていく....が、何故か男もまたこちらに走って来た。
....尾行していたのがバレたのか!?いや違う。奴はこちらを見ていない。ひたすら俯いてがむしゃらに走っている。
ユミルの傍まで近付いても、彼女の存在には気が付かない。
そして通り過ぎる際に...確かにユミルは見た。
「.....ユミル?」
エルダの少し驚いた様な声が聞こえる。
ユミルを発見した彼女がこちらに近付いて来た。隣に並ぶと「どうしてここに?」と尋ねてくる。
しかしユミルはそれには答えず「....あいつ、泣いてやがったぞ。」と呟いた。
エルダは悲しげな表情をして、「彼....明日、開拓地に戻るのよ...」と小さな声で応える。
「.....そうか。」
ユミルの中でぱちりぱちりとピースが埋まっていく。...そういう事か....。
「それで...最後の一週間、なるべく私と過ごしたいって...。だから私もずっと一緒にいたわ。
きっと、もう会えないから...折角友達になれたのにとても悲しいわね...。」
切なそうにするエルダには悪いが、ユミルはホッとしていた。....良かった。私の日常は壊されてはいなかったんだ.....。
「....私なんかで良かったのかしら。」
エルダが隣にいるユミルの肩に頭をのせて、だって話した事も無かったのよ...?と誰に言うでもなく言葉を紡ぐ。
「....あいつはずっと話したかったんだよ...。最後の最後で勇気振り絞ったんだろうな...。」
心地良い重みを齎す頭をぽんと軽く叩いた。石鹸の匂いが仄かに香る。
未だに納得がいかない風なエルダに「まあ鈍子ちゃんには分からねえか...」と今度はぺしりと強く叩いた。
「....痛いわねえ」
エルダは頭を上げながら淡く笑う。
それを眺めて、ユミルは心にあった小さな陰りが消え去っていくのを感じた。
冬のきんと冷えた空気を胸に吸って一歩踏み出し、首だけ動かして振り返ると、「そういや私今日誕生日なんだよ」と何でも無い様に言う。
エルダは「...まあ」と目を見張った後、「実は知っていたの」と楽しそうに応えた。
「....え」
「クリスタに聞いたのよ。一緒にお祝いできないけれど、何かしてあげて欲しいって...。あの子は本当に貴方を大事にしてるのね。」
驚きを隠せないユミルとの距離をエルダは詰めた。
それから手に持っていた包みのの中から深緑のマフラーを取り出し、それをおもむろにユミルの首にぐるぐると巻き付け始める。
「....なっ、何しやがるっ...!」
突然のエルダの奇天烈な行動にユミルは大いに戸惑った。
「誕生日プレゼントよ」
マフラーを何故かリボン型に結んでやりながらエルダがにこやかに応える。
「やっ、やめろっ!!こんなん首に巻いたらクソ女菌が伝染るじゃねーか!!」
「嫌ねえ。さっき買ったばかりよ。結構良いものなんだから...あら、リボン似合うわね」
「そういう問題じゃねえよ!あとこの結び方やめろ!!クソ、ほどけねえ....!」
マフラーの結び目と格闘しているユミルをエルダは大層嬉しそうに眺める。
それから頬を両掌で包み込んでやると「お誕生日おめでとう、ユミル」と心からの祝辞を述べた。
「.........。」
...少しの間惚けた様にエルダを見つめた後、ユミルは目を瞑って何かを考え込む。そしてどういう訳かごつんと彼女に頭突きを食らわせた。
「....いっ....!?」
割と強い力で繰り出されたそれにエルダは思わずしゃがみ込む。
しかしユミルは休む間を与えず彼女の手を掴んで強引に立たせると、そのままずんずんと歩き出した。
「ちょっとユミルどこ行くの?」
足を取られて転ばない様に気をつけながら、エルダは彼女に続く。
「クリスタと芋んとこ。」
「せめて女をつけてあげましょうよ...」
「きっとまだあいつらいるから...合流して仕切り直ししようぜ」
そう言って振り向くユミルはとても楽しそうだ。頬も少し紅潮している。
エルダもまたそれを見て微笑むが、そこには何処かもの悲しさが漂っていた。
ユミルは勿論それに気付いている。
....やっぱり私とお前は似た者同士だよ....
「.....大丈夫だ。」
エルダの手を握り直しながらユミルが言った。
「来年の私の誕生日もまたみんなで過ごせるさ。離ればなれになったり会えなくなる事なんて無い。
再来年も、その先も...ずっと、祝ってくれよ?」
にやりと笑えばエルダは驚いた表情をした後、この上なく幸せそうに目を細める。
そして一歩踏み出してユミルの隣に並び、「望む所よ。米寿までお祝いしてあげる。」と掌を握り返してきた。
もう、自分がここにいていいのか?何て考えはすっかり忘れ去っていた。
...ここにいたいんだ。だからいる。それで良いじゃないかと思えた。
だってこいつは....こいつ等は私の事をこんなにも大切に思ってくれている。
そして、私も......
その後テラスで待ちぼうけを食らっていたサシャとクリスタが鬱憤晴らしとばかりに、ユミルのリボン型に結ばれたマフラーを弄った後仲良く拳骨を食らったのはまた別のお話....
進撃面白いです様のリクエストより
恋文をもらった事での騒動の話で書かせて頂きました。
[
*prev] [
next#]
top