ユミルの誕生日 02 [ 56/167 ]
.....心の何処かで、少しすれば...長くとも数日経てば、この状況は改善されると期待していた。
しかし、二人が仲良く一緒に行動し続ける行為はあと少しで一週間に届こうとしている。
その間、金髪二人は呪詛の様な言葉を呟き続け、サシャは構ってくれる相手がいない事から来る寂しさにむせび泣き、やたらと縦に長いあれは生きる元気が足りなくなって人間をやめている。
....まさに阿鼻叫喚。ついでに言うと厄介な相棒を持ったライナーの胃壁にもそろそろ限界がきている。
そして...私。私は.....別に、そんな事どうでも良い.....
.........。
......嘘だ。すごく嫌だった。
どこの馬の骨とも知れない奴(知れていても嫌なんだが)にエルダを...ひいては私の日常を奪われたく無かった。
あれが誰かのものになってしまえば、今まで通りでは無くなってしまう...。
....嫌だ。
エルダはずっと私たちの中でクリスタを可愛がり、サシャを甘やかし、そして私を....
.......そうやって、過ごしていけば良い。それが私の望みだ。
やっと手に入れた人間らしい、幸せな生活なんだ...。
きっと、いつかは終わってしまう。けれどどうかその時まで...私からそれを奪わないで欲しい。
*
「今度のお休みはみんなで街にでも行かない?」
風呂上がりの寝室、のんびりとした雰囲気の中でクリスタが少しソワソワしながら発言した。
サシャの髪をタオルで拭いてやりながら「かゆい所はありませんかー」と言っていたエルダ、「全身がかゆいので抱っこして下さいー」と言うサシャ、そして抱き合う二人、眼前の光景を臭いものでも嗅いだ様な表情で見つめるユミル....はクリスタの方へそろって顔を向けた。
「良いですねえ!丁度食べにいきたいバームクーヘンが「この前も食ったじゃねえか」
「あれとは違うお店ですよ」「どれも同じ様な小麦と砂糖の塊だあんなもん」
「違いますよお、分かってませんねユミルは。まずバームクーヘンというのは何故穴が空いているのかというお話から「死んじまう程興味無えからやめろ」
「でもサシャ、前みたいに一枚ずつ剥がしながら食べるのはあまりお行儀良くないわよ?」
「そうですか...ごめんなさい...。でもああするとひとつのバームクーヘンをより長い事味わう事ができるので...
だって...美味しいのにお菓子はすぐに無くなってしまうんですもん....」
「サシャは可愛いわねえ。言ってくれれば分けてあげるのに」
「じゃあ今エルダを分けて下さいー」
「いくらでもあげちゃうー」
またしてもきゃーと笑顔で抱き合う二人。ユミルはうんざりした表情でふたつの頭をはたいた。
そして自分もエルダに抱きつきに行きたくて溜まらなさそうなクリスタの頭をぽんと軽く撫でると、「おいお前等、話が進まねえから良い加減イチャつくのやめろ」とドスの効いた声を出す。
それに対してエルダの首に後ろから手を回し、背後霊の様にのしかかりながらサシャが「はあい」と返事した。
「もう!二人とも離れてちゃんと座って!これは真面目な話なんだからね!!」
クリスタがきゅっと拳を握りながらサシャとエルダに訴える。お馴染みの三角関係の完成である。
渋々エルダの後ろから隣に移動してぺたりと座るサシャ。
ようやく体勢が整った所でクリスタが仕切り直す様にひとつ咳払いをした。
「....えっとね。さっきも言ったけど、次のお休みはみんなで街に行きたいの....」
人差し指と人差し指を胸の辺りでごにょごにょさせながらクリスタが言う。
(あれ....)
ユミルはふとある考えに思い当たった。
.....次の休みって確か.....そしてその事を知っているのはクリスタだけの筈....
(...成る程)
ユミルは何とも幸せな気持ちが胸の内に広がるのが分かった。
私を驚かすつもりかも知れないが、それ...バレバレだぞ...。
「勿論良いですよ。予定もガラガラに空いています!」
サシャが嬉しそうに賛同する。大体買い食いの事しか考えていないのだろう。
「じゃ、じゃあ...サシャとエルダにはこの後ちょっと話が「...あれ、ちょっと待って....。次のお休みっていつだったかしら...」
エルダが顎に手をやりながら少し考える様に尋ねた。
「え....17日だけれど....」
クリスタがどうしたの...?という様に返す。
それを聞いたエルダは非常に申し訳無さそうにしながら「....ごめんなさい。その日はちょっと用事が...」と言った。
「え.......」
彼女の言葉にサシャはがっかりと、クリスタはよりがっかり且つしょんぼりしてしまう。
.....ユミルの脳内には、例のなよっとした...如何にも兵士失格といった様な男の顔が浮かんだ。
間違いない....。こいつの交友関係はそんなに広くない。もし知り合いの誰かとの予定ならそれが耳に入る筈だ。
更に...私たちとの時間を大切にするエルダの性分から他の雑務を休日に充てるとは考えにくい。
......あいつだ。最近急激に仲良くなり...既に付き合っているのでは無いかと周りから噂されている...あの男と何かをする...若しくは何処かに行くつもりだ。
恐れていた事が起こってしまった....
今まさにエルダは私たちの輪から外れていこうとしている...!
「.....別に良いじゃねえか....。」
しかし口から出るのはいつも素直では無い言葉ばかりだ。
「そいつみたいなクソ女がいなくたって寂しい事はなーんも無え。」
更に私は相当嘘が上手い方に類する人間だ。誰もその言葉を疑ってくれない。
「せいせいする位だ。むしろそっちの方が良い。」
....だが自分に対する嘘は悉く下手だ。本当はとっくに気付いている。...もう、隠し通せなくなっている。
自分の心がエルダに向かう時にどういう形をしているかを。
「....明日は二人で楽しもうなー、クリスタ」
「わ、私は!?」
しかしサシャはひたすら不憫だった。
エルダは少し寂しそうにするがすぐにいつもの笑顔に戻り、「じゃあ...楽しんで来てね。また次の機会に私も...」と言う。
「....次の機会があればなあ」
とこれもまた我ながら憎たらしい口をきいてしまった。
エルダはあまり気にした様子が無い。...だが分かる。私とお前は結構似ている所が多い。
そうやって周りに対して自分を隠すのが得意な所とか....まるで鏡を見ているみたいで何だか泣きたくなる...。
その直後、サシャはクリスタに手を引かれて寝室から出て行った。何事かの相談をしている様だ。
部屋にはユミルとエルダが取り残される。
少しの間沈黙が流れるが、おもむろにエルダがユミルとの距離を詰めて来た。
遂、条件反射でそれから逃れる様に身を引いてしまう。
しかし腕をはっしと掴まれてそれは適わなくなった。
「捕まえた」
にこりと笑われると何も言えなくなる。
降参だ、とばかりに体の力を抜くと腕から掌がそっと離された。
「どうしたのユミル....。ここ一週間、何だかじっと私の事を見ているわね。」
....大抵二人の間にはいつもサシャかクリスタがいるので、こうやって隣り合って座る機会はあまり無い。
何だか新鮮だった。
「.....んな事ねーよ...。クソな上に自意識過剰とは救えねえな...」
自分の足の爪を見下ろしながら応える。クソ、薬指だけ切り忘れてやがる...。
「そうかしら。何だか何かを聞きたそうな...もしくは言いたそうな...そんな風に見えたのだけれど」
「おー。お前に言ってやりたい罵詈雑言なら腐る程あるぜ。聞きたい事はボルボックス程も無え。」
「水藻以下かあ...。」
「.....これ以上つまらない事聞くな。私はもう寝る。」
本当は....言いたい事、聞きたい事、両方とも無尽蔵に胸の中に溜まっている。
だが...決してそれを外には出さない。....出せずにいる。
「そう....ごめんなさいね、おやすみなさい。」
穏やかなその声には何も応えず、ユミルは毛布を被って横になった。
勿論寝れる筈はなく....日付を越えて随分経った頃にようやく浅い眠りに落ちる事ができた。
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