光の道 | ナノ
ライナーに助けてもらう 01 [ 60/167 ]

「まあ、人が一杯ねえ」


エルダが手を軽く額に当てて訓練場を眺めた。


「....知らない人が一杯いて少し緊張しますね」

その隣でサシャがエルダの服を掴みながら不安げに呟く。

エルダがその頭を撫でながら「サシャは可愛いからすぐに皆の人気者になるわよ」と優しく言うと、「それを言うならエルダだって人気者ですよお、主に私に!」と息を吹き返した様に元気になって抱きついて来た。


「お前等はお気楽で良いな...。他訓練場の奴らとの合同訓練なんてダルさの極みだろ...おまけに対人格闘...」

ご機嫌で抱き合う二人を死んだ魚の様な目で眺めながら、ユミルは心っ底面倒くさそうに呟く。

「そういう事言っちゃ駄目だよ。どんな訓練でもきっと意味はあるもの!真面目にやらないと...」

クリスタがユミルの袖を引きながら訴えた。青い瞳は真剣味を帯びている。

「あーもおクリスタは本っ当に可愛いなあ...。その通りだよ!おいクソと芋、お前等も真面目にやれよ!」

呆れた変わり身の早さである。


「でも...男女ペアなのね。こういうのって、普通別れてやるものだと思うのだけれど...」
エルダの表情がやや陰った。

いつもほわほわと呑気にやっている所為で忘れがちだが、彼女はあまり男性が得意ではないのだ。

「そりゃそうだろ。現実に襲ってくる奴が全員女とは限らねえんだぜ?」

クリスタを後ろから抱き締めながらユミルが言う。....何だか楽しそうだ。恐らく、エルダが珍しく戸惑っているので気分が良いのだろう。

「....同じ訓練場の子とやる訳にはいかないのかしら...」

しかしそんなユミルの態度に構う余裕もない様で、エルダの表情は全く晴れない。

手応えの無い反応にユミルはなんだか物足りなく思った。

「そりゃ駄目だろ。何の為の合同演習なんだって話だ。同じとこの奴じゃ粗方癖とか分かってるからな...」

エルダはひとつ溜め息を吐く。


クリスタはそんな彼女を見て、胸がきゅっと締め付けられるのを感じた。

....彼女が、エルダの一番好きな所は暖かい笑顔だった。それが曇ってしまうと、こっちまで不安になってしまう。

どうにか自分が彼女を笑顔にさせてあげる事ができないものか...と真剣に考えてみる....


「.....エルダ、嫌な思いしたらすぐに呼んで?私が何とかしてあげるから...」

ユミルの腕を振りほどいてエルダの両手をぎゅっと握る。

残念そうにするユミルに反してエルダの表情は少し和らいだ。


「そうですよ。私たちがすぐに駆けつけてあげます。エルダは大事な友達ですから!ですよね、ユミル」

サシャに笑顔で詰め寄られたユミルだが、ふいと空を見上げて「いい天気だなー」という露骨な誤摩化し方をした。

しかしクリスタにじとりと睨まれたのを気配で感じて「.....おう。」と渋々返事をする。


「.....ありがとう」

エルダも三人の事を眺めて、ようやく柔らかく笑いながら礼を述べた。


そして四人はくじ引きで決まったペアの元へ向かう事にする。

合同演習の本日はいつもより早い時間に訓練が終わるので、その後四人で沢山お喋りをしよう...と、約束してから....





「よろしく。」

エルダは爽やかな笑顔を浮かべる男性の差し出した手を恐る恐る握り返す。


......何も、全ての男性が苦手という訳では無い。

その証拠に、ライナーやベルトルトを始めとする104期の面々は慣れた事もあってか...あまり嫌だとは感じない。


ただ、エルダは分かるのだ。10才過ぎの頃からだろうか....自分の何が目当てでその男性が近寄ってくるのかが...とてもよく、分かるのだ....。



「ええ、よろしくお願いします」

しかしそれは表には出さない。いつもの様に、穏やかに笑って彼の挨拶に応じる。


....仕様が無い事なのだ。こればっかりは....。

実害が無いのなら...あからさまな視線、態度、接し方...我慢するしか無い。....気にしていたら、きりがない。



「いやあ俺、すごいラッキーだなあ。」


「はい....?」


そこで男性が一言。エルダは頭上に疑問符を浮かべて応えた。それより....早く手を離してもらえないだろうか。


「こんな可愛い子が相手なんてさ、スタイルもかなり良いし....胸とか凄いね。どうやったらそんなに育つの?」


.......これだから嫌なのだ。私だって好き好んで育った訳ではない。

いやだ....。見ないで欲しい。


「まあ、本気では戦えないね。怪我させちゃったら大変だし」

「あ、いえ...大丈夫ですよ。得意とは言えませんが...時たま身の丈が180cm以上ある男性の相手もしていますし...」

「本当?手加減してもらってるんじゃないの?」

「.....そうですね。その可能性は大いにあります。」

「だと思ったよ。君、凄く大人しそうで弱そうだしね...。」

「そ、そんな事ありません。...活発な方とは言えませんが。」



それだけやり取りをすると、男性はエルダの手を一度離してから...「じゃあ、よろしくね。色々と」ともう一度笑ってみせた。

エルダは手を離してもらえてほっとしたが...彼の事があまり好きになれそうにないな...と直感していた。



「.....エルダ、嫌な思いしたらすぐに呼んで?私が何とかしてあげるから...」




その時、はっとクリスタの言葉を思い出す。

周りを見渡すと、クリスタは幸運な事に自分と同じく背が低く、真面目で優しそうな青年...やはり対人格闘も同じ様に苦手らしい...と楽しく笑いながら訓練に興じていた。


それをしばらく眺めた後、エルダはひとつ溜め息を吐く。



.....これ位、どうという事は無い。


お父さんが死んでからここに来るまでの間...もっと嫌な思いを沢山した。

駄目だ。皆が優しいから...いつの間にか甘える癖がついてしまっている。

私一人が我慢すれば良いのだ...。こんな事で、皆の手を煩わせる必要はない。







「ちょっと休憩する?」

そう声をかけられて、額を拭っていたタオルを元の位置に置いた。

「えっと...まだ休憩の時間では無いですよ。皆も続けていますし...」

エルダは目を伏せながら答える。


....視線を合わせられない。彼がどんな目付きで自分を見ているか...もう、充分過ぎる程分かっているから。


やっぱり....男の人は嫌だな....


世の中が全員、ライナーやベルトルトみたいに優しくて...私の内面をちゃんと見てくれる人ばかりなら...こんな思いは...


「何だか君も疲れているみたいだし。無理しなくて大丈夫だから」

「む...無理なんてそんな...」

本当にしていない。....もやしっ子と揶揄される自分でも、流石にこれ位の運動量でばてる程では無い。

「分かってる分かってる。君、気弱そうだからさあ、休憩したくてもそう言えないんでしょ?」

「......え?」

「ちょっと休んだ方が良いよ。本当に、顔色良く無いし...さっきからずっと元気無さそうじゃん」

「あ、あの...それは、」

「心配なんだよ。日射病で倒れさせちゃったりしたら俺が責任取らされるし」


.....いつもなら、こういう強引な事をされても容易く躱せるのに....駄目、逆らったら後で何されるか分からないもの...


.....怖い.....!



エルダは何も抵抗できずに彼に強く腕を引かれて歩き出した。

しかし、ふと違和感を覚えて一歩前を歩く彼に声をかける。


「あ、あの....!なんで、林の方に...休憩くらいならすぐそこで出来ますよね...?」

「すぐそこでしたら教官に見つかっちゃうし、日光が遮られた方が良いでしょ」


......まともな理由は一応ある。どうしよう、上手い反論が思い付かない....!



....何度も、大きな声を出して、クリスタ、サシャやユミルを呼ぼうと思った。

それに、ライナー、ベルトルト、それにアニ...!きっと、彼等も...呼べば、私を助けて...



............駄目。


私が我慢すれば良いのだ。

何かされそうになったら...私だって弱くは無い筈...。何とか、できる。

......これ位、一人でどうにかしなきゃ....


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