光の道 | ナノ
ベルトルトと外された眼鏡 01 [ 66/167 ]

(if恋人同士)



「.....お前、良い加減にしてやれよ....」


ライナーが呆れた様に言った。


「......ん?」

何の事だろう...?とベルトルトが首を傾げる。


「エルダはお前のストラップじゃないんだ。偶には離してやれ。」

「えー....」


エルダと腕を組んでいたベルトルトは心底嫌そうに応えた。


「良いのよライナー」

微笑みながらエルダが言う。


.....しかし、表情こそ穏やかだがベルトルトに無理矢理組まされた腕は彼の身長に合わされているので...相当無理な角度に上がっていた。.....辛く無い筈が無い。


「しかしなあ...就寝時間以外はほぼそれが引っ付いてるんだろう?....何と言うか、大変じゃないのか?」

「大丈夫よ。一緒にいたいと思ってくれるのはとても嬉しいもの。」

「.....そ、そうだよ。折角、エルダが僕だけの人になったのに...。」

「いや、断じてお前だけのものじゃない。滅多な事を言うと後ろから刺されるから気をつけろ。」


....俺は心配なのだ。


ようやく想いを遂げて付き合い始めたのは良いが...奴の過剰とも言える依存っぷりに、エルダが嫌気を感じてしまわないか....と。

それが重なれば、破局という未来もある訳で....それを喜ぶ人間が少なからずいる事は確かだが....

そうなってしまえばベルトルトは当然再起不能となるだろう。舞い上がった状態から落とされる事程辛いものはない。



....今は、まだエルダに嫌がる気配は無い。


これがいつまで続いてくれるのか...。非常に不安である。


....とりあえず、様子を伺ってみるか....。







朝、未だに眠そうな顔をしているいつもの面々と共に女子寮から出てくるエルダ。

そこにベルトルトが声をかけた。


「おはよう、エルダ。」


実に爽やかな笑顔だ。....爽やかという単語とは全く縁が無かった癖に。

いや、問題はそこじゃない。何でお前....女子寮前で待ち構えてるんだよ。ストーカーか。

ほら見ろ、エルダの後ろにいる女子三人の敵意をむき出しにした表情を。


「行こう?」


うわあ、気付いていないのか。ナチュラルに手を繋ぐな、お前その内本当に刺されるぞ。


.....どうやら、片思いの時期に様々な願望を押し殺していた反動が...これらしい。


エルダは相変わらずの笑顔でそれに応えている.....。







「あれ...エルダ。今日はスープだけ?」

朝食時、エルダの隣に当然の様に腰掛けながらベルトルトが尋ねる。


「ええ。....何だかあまり食欲が無くて。でも大丈夫よ、時たまこういう事があるだけだから...」

「そっか....。じゃあ、僕も朝はスープだけにするよ」


.....出た。奴の...何でもエルダと一緒にしたがる癖が。


「まあ、それはいけないわ。貴方は男の人だし私よりずっと大きいのだから、ちゃんと食べないと駄目よ。」

エルダがそれを優しく嗜める。

「ほら、」

そう良いながら彼のパンを千切って口元へと差し出した。


....流石のベルトルトも躊躇する。

しかし嬉しく無い筈は無く...ゆっくりとパンへ顔を近付けるが、それは寸での所で何者かに阻止された。


「.....ご馳走様」


横からパンを掻っ攫ったアニがそれをポイと口に放ってから言う。

それから「あんた、パンいらないんでしょ」と言ってベルトルトの残りのパンも奪い去って行った。


「.....まあ。」


突然の出来事に驚いたのか、エルダの口から声が漏れる。


まあじゃないだろ....。



「エルダ、パン無いの?私ので良ければ半分あげるよ...」

エルダの反対側の隣からクリスタが声をかける。

瞳がきらきらしている所を見ると...先程エルダがベルトルトへとやっていた行為がしたいのだろう。


「あら嬉しいわ。....でも、私は元からパンを食べないつもりだったから、代わりにベルトルトにあげてもらっても良いかしら?」


.....その言葉を聞いた瞬間、クリスタの笑顔に亀裂が走った。


彼女は嫌そうにベルトルトを見つめた後、それを彼へと雑に投げつける。


......おい女神。どうした女神。


何とも...ギスギスとした朝食である。笑っているのはエルダだけだった。

そして心に100のダメージを負ったベルトルトが机の下できゅっとエルダの掌を握っているのが見える。


うーん...どんな時にもスキンシップを忘れないスケベ野郎である。



...やはり、心配だ。色々と...。







訓練中は...まあ、どうしても離れざるを得ないから良いとして。(それでも視線だけは常に彼女を追尾していたのだが)


問題はそれが終ってから...特に夕食後の、エルダがとても楽しみにしている読書の時間だ。


いつも彼女は並の人間ではとても探し出せない、邪魔されない場所で本を読む事が多いのだが...

ベルトルトがエルダと離れたく無いばかりに必死でそれを止めるので、これもまた一緒にいる事が多い。


その上構って欲しいが為にあらゆる手を付くして何かしらをしてくるので、凄まじいスルースキルを持つエルダで無ければとっくにキレているだろう....。



今日は図書室にて二人の姿を発見した。

静寂が支配する中、小説に没頭するエルダの事をベルトルトが頬杖をつきながら退屈そうに眺めている。

穴があく程見つめられているのにエルダは一向に気付く気配が無い。


「.....エルダ、今....何処読んでるの....?」

「そうねえ。ライアンの死体が発見された所よ」

「それ...面白い?」

「ええ。お金持ちに生まれなくて良かったなあ、って思うわ。」

「....僕もそう思う。」

「でもお金があったら本が一杯買えるわねえ。やっぱりお金持ちも良いかも知れないわ。」

「あ、うん、僕もそう思う。」

「まあ、身の丈に合った生活が一番よね。」

「そ、そうだね...今、まさに僕もそう思ってたよ」


キョドり過ぎだろ。


......そして、エルダはまた本を読み始めた。


ベルトルトは再びそれをつまらなさそうに眺める。

彼女の髪を指に巻き付けたりしながら反応を伺うが....無駄だった。なので言葉をかけてみる。


「それさあ....犯人誰なの?」

直球過ぎるだろ。

「...まだ分からないわあ。でも一番悪いのは死んだお爺さんよね。」

エルダは本から視線を上げずに答える。

「人がぽんぽん死に過ぎてどのお爺さんか分からないよ...」

「血を吐いて死んだお爺さんよ」

「.....大抵の人が血を吐いて死んでるじゃんか」

「あの人が三人もの女性の間に子供を作らなければ、財産の相続はここまでややこしくならなかったのよ」
仕様が無いわねえ、と良いながらエルダはページを捲った。


....ベルトルトはそれを聞いて少しの間挙動不審な素振りをするが、やがて小さな小さな声で、「....僕は、一人の女の人の間でしか、子供は作らないよ......」と、零した。

そして力つきたらしい。机に突っ伏した。


またしても静寂が訪れる。


ベルトルトは立て直しに時間がかかっているらしい。...だが、先程の発言は恐らくエルダに届いていない。不憫な奴だ。



「そんなに中身が気になるのならベルトルトも読んでみると良いわ。」

しばらくして、エルダが顔を上げてベルトルトの事を見た。

もう読み終わったらしく、文庫本のそれを彼に差し出している。


ようやく自分に向けられた穏やかな微笑みを見て、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「でも僕...あんまりに長い文章は苦手だな...」

「そうかしら?これは推理小説だから読みやすいと思うわよ」

「だから.....エルダが、読んで聞かせて。」

「嫌だ、そんなの恥ずかしいわよ。」

「で、でもさ...ほら...将来、きっと君の子供にやってあげるんだから...」

「流石にミステリーの読み聞かせはしないわよ」

「.........。」


凄まじいスルースキル...いや、純粋に気付いていないのか。

というかこのカップル....ベルトルトの方は想いを遂げて少々大胆になったが、エルダの方は全く変わっていない。

こんなので恋人同士と言えるのだろうか....

しかも...恐らく、手を繋ぐ以上の事はしていない。


......フツーに友達のままじゃないか。お前等。







その後、女子寮の前までエルダを送って、おやすみ、と挨拶を交わし...彼女の姿が見えなくなるまで見送ったベルトルトは、尚もその場に立ち尽くしていた。



......本当に好きなのだろう。



だが...それ故に、気持ちをどう表現して良いか分からないらしい。

今は、とにかく離れたく無い。だから、逃がさないとばかりにしがみついてしまう。


これは...俺がどうこう言っても仕方の無い事だ。


......少し、ベルトルトが可哀想になった。


実は、問題は彼では無く、エルダにあるのではないか。


奴はまだ、恋がどんなものかを知らずにいる。


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