ベルトルトとクリスタと散歩する [ 78/167 ]
朝は私にとって特別な時間です。
ほんのりと明るくなるいつもの宿舎、訓練場、実技室......。
.......けれど、誰もいません。
未だ少し冷たい春の空気が室内に緩やかに吹き込むだけで、本当に静かな光景です。
真っ白な時間....。今の私は何をするのも自由です。
大抵はぼんやりするだけで終ってしまうこの時間ですが.....それはそれで、乙なものだと思います。
今日は何をしましょうか。何をしないでいましょうか.....。
*
「おはよう、ベルトルト。」
「......おはよう。」
男子寮と女子寮の間で、朝の挨拶を交わした彼の名前はベルトルトです。
とても背が高く、私とは30cm程の身長差があります。そして数少ない私の男性の友達の一人です。
心根が優しく、傍に居ると安心感を与えてくれる素敵な人だと思います。
..............最近、彼が私の朝の散歩に付き合ってくれる様になりました。
寝坊助で有名な彼でしたが、どうやら改善された様です。
ただ....昼間大変眠そうにしている所を多く見かけるので、少し心配です。
「暖かくなったわねえ」
「......うん。」
訓練場近くの道をのんびり歩きながら話します。
「春ね....。」
「.....そうだね。」
彼との会話はとても静かで.....若しくは無言の事もあります。けれど、私はその少ないやり取りが好きです。
「貴方は春は好き....?」
「どうだろう。...よく...分からないな...」
少し考えた後に彼が口を開きました。
曖昧な返答でしたが、良いのです。特にこれといった答えを求めていた訳ではないので.....
「そう...じゃあ夏は?」
「うーん...それも分からない...」
またしても似た様な答えが。何だか可笑しくなって笑ってしまいました。
「秋はどうかしら」
「秋についてそんなに深く考えたこと無いなぁ...」
.......ん?そういえば、このやり取り...
「冬は?」
「寒くてしんどい位の感想しか持った事ないよ」
どこかで、覚えがある様な....
「まさか...雷が最大勢力を発揮する真夏が好き、なのかしら.....」
「それはないかな...」
ああ...これは、私たちが....初めて会った時にしたものと似ていますね....
「僕は何が好きなのかとか...よく分からないんだ。誰かに好きになる様に言われたら好きになるのかもしれないけれど...。
その.....いつも言う様に、僕には...自分の意志がないから...。」
「....そうかしら。」
この返答もあの時そのままです。
私は彼が言う『自分の意志』の意味がよく分からないのですが....、誰でも、意思がない事は無いと思います。
どうか....自信を持って欲しいです。
「でも、ひとつだけ...自分で選んだ、確かな事があるよ。」
あら、これは初めての反応です。
彼の長い腕がこちらへそっと伸びてきました。差し出された掌を見て、自然と顔が綻びます。
最近...ベルトルトはよく手を繋いでくれる様になりました。
柔らかく笑ってそのそれを握ると、しっとりと暖かで....男の人なのに、女性の様なしなやかさです。
言葉に出してそれを伝えると、とても複雑そうな顔をされました。
「僕は....君といればどんな場所でも、季節でも....「エルダ!!」
「まあ」
ベルトルトと私の間に可愛い来訪者がやってきました。
「おはよう、エルダ。」
「ええ、おはようクリスタ。」
私にぎゅうと抱きついてくる彼女はクリスタ。金髪碧眼の、天使の様なお嬢さんです。
「随分早起きね。どうしたの?」
頭を撫でてやれば更に抱き締める力が強まりました。
「......エルダに会いに来ただけだよ。あと何か....変な事されてたら、大変だし」
「?あらそう、嬉しいわ。」
私に取っては...可愛い妹の様な存在です。.....長身の友人に『婆と孫』と揶揄される事もありますが....
......クリスタは春に似ています。
そして、私は春の季節が大好きです。
一生懸命に冬の冷たさを拭い去る姿にいつも勇気をもらいます。
彼女は優しい女の子に見えて、実はしっかりと芯の通った...強い、女性なのでしょう。
ベルトルトも....やはり春が似合います。
暖かく、穏やかで....優しい季節。私はこれが来る度に、何かに守られている様な安堵を感じるのです....。
傍にいて、こんなにも安心できるのは....きっと、ベルトルトにも譲れないものがあるからなのでしょう。
「うふふ」
春が似合う二人の手を引いて私は歩き出します。今なら何処までも行ける様な...体の軽さを感じました。
「どうしたの....エルダ。」
私の不自然な上機嫌を訝しげに思ったのか、ベルトルトが声をかけてきました。
「.....二人は、似てるなあ、って思ったのよ」
「「えっ」」
「.....あら?」
褒め言葉で言った筈なのに、何故か二人とも微妙な表情を描いています。....悪い事をしてしまったかしら。
「私とベルトルトじゃ何もかもが違うよ...!むしろ私はエルダの方に近いと思う....」
「......僕も、クリスタよりは、エルダよりの人間だと思う...」
「エルダとベルトルトなんてそれこそ全然違うよ!!」
「そうかなあ....。僕もエルダも大人しいし...」
「大人しい位しか共通点が無いの?それならそこに転がっている石だってエルダに似ている事になるよ?」
「い、いや.....あと、」
「ほら、もう出て来ない。似ているのは胸囲位じゃ「だ、駄目駄目駄目。それ以上言っちゃ駄目!」
クリスタの口を必死に塞ぎながら訴えます。
顔が燃える様に熱く、未だ涼しいというのに体も異常に火照りました。
その....私の....みっともない身体的特徴のひとつが....これなのです.....。
「さ、さあベルトルト、この話はもうおしまっ、」
..........ベルトルトが死んでいました。
「エルダ、この人は放っておいて行こうよ。」
「....そういう訳にもいかないわよ...。ほらベルトルト、しっかりして....」
声をかけながら抱き起こそうとすると、クリスタが遮ります。
「私がするよ....エルダは触っちゃ駄目。」
「あらそう....。」
その時...私の中の一部が冴え渡りました。
あら、まあ.....、そういう事だったのね......!
「うふふ、クリスタ。私先に戻ってるわ。」
「「えっ」」
ベルトルトが復活しました。
「だって私、お邪魔でしょう?」
後は若い二人で....ね、と言って立ち去ろうとすると、服の裾をしっかと掴まれて動けなくなりました。
「.....エルダ、お、お願いだから行かないで...!!これと二人なんて気まず過ぎて死んじゃうよ!!」
「こ、これ呼ばわり...!?」
「まあ....そうよね。いきなり二人は緊張しちゃうわよね....」
「お、お願い、その勘違いを今すぐ止めて...!!想像するだけで胃液が逆流して朝ご飯食べられなくなっちゃう!!!」
「君の朝食事情なんて知った事じゃないよ!?」
「クリスタったら照れ屋さんね。素直にならなきゃ駄目よ?」
「エルダの馬鹿あ!!」
「ああ.....その気持ち、凄くよく分かるよ....」
ベルトルトがクリスタに優しい....?視線を送ります。
それにしても....長い訓練生活の中で、この三人の組み合わせは始めてなのに、全然そんな感じがしません。
これもやっぱり....
「春に似たもの二人のお陰かしら....」
声に出すと余計そんな感じがしてきました。
二人の手を再び取って、私は歩き始めます。もうそろそろ戻らないと、早朝の訓練に遅れてしまいまうので...。
「また、三人で散歩に行きましょうね」
振り返って二人に告げれば、お互いを微妙な表情で眺め合った後、目を逸らしてしまいます。甘酸っぱいですね。
何だか堪らなくなって二人の掌をぎゅうと握りました。ちょっと驚いた様な表情を見せてくれたのがまた面白くて、自然と笑みがこぼれます。
「二人とも、大好きよ」
と告げれば、私の両手も強く握り返されました。
.......些細な事ですが、私を幸せにするには充分です。
夜明けの霧を吸って、青くつめたく揺れる草葉、高くきしきしきしと鳴く雲雀や、霧が晴れて丁度東から差し込む金色の日光。
朝は私にとって特別な時間です。
二人の素敵な春の使いにも沢山の元気ももらいました。
さて、今日も一日頑張りたいと思います。
藤乃様のリクエストより
ベルトルトとクリスタと三人で朝の散歩をする。で書かせて頂きました。
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