同郷トリオと一緒 03 [ 50/167 ]
「中々似合ってるじゃないか」
ライナーがほう、と感心した様にエルダを眺めた。彼女は未だに恥ずかしいのかアニの後ろから半分位しか体を現してない。
......最も、アニよりずっと長身のライナーとベルトルトに対してそんな行為は意味を成さないのだが。
「うむ。アニ、良い仕事をしたね。褒めてつかわす」「何を偉そうに」
ベルトルトが首を伸ばしてアニの後ろを覗き込みながら言う。
「.....ほら、皆似合ってるって言ってるでしょ。自信持ちなさい」
自分の服を掴んで離さないエルダを前へと促すアニ。
「まだ恥ずかしいですよ....。」
しかしそれに逆らう様にエルダは更にアニの後ろに隠れる。
しかし顔半分だけ出してこちらを見つめると、「でも、ありがとうございます....。すごく嬉しいです...。」と小さく言ってから逃げる様に駆けて行ってしまった。恐らく自室に向かったのだろう。
「......可愛いな。」
ライナーが呟く。純粋な気持ちだった。
「ライナー、犯罪臭いからそういう台詞は控えた方が「お前のがよっぽど犯罪者予備軍だわ」
......折角の休日なのにベルトルトと一緒にいる所為で全く休まらないライナーだった。
「まあでも....喜んでもらえて良かったよ。」
アニが穏やかに笑いながら言う。
「ただなあ...いつまでも恥ずかしがられても大変だからな...早い所慣れてもらわないと」
やれやれ、と言いながらライナーはソファに体を沈めた。
「.......ん?」
その時、アニが軽く辺りを見回しながら疑問の声を上げる。
「?どうした」
ライナーが近くにあった雑誌をぱらぱら捲りながら尋ねた。
「いや....あの変態かつ独善的で態度がデカい癖に傷付きやすくてちょう面倒くさい見ててこっちが不憫になるわ気持ち悪くて性格が悪くて不必要に背だけ高くて私の身長を小馬鹿にしてくる許せんベリー許せんもうなんつーかウザい貫通して恐怖すら感じるあいつがいない。」「お前どんだけベルトルト嫌いなんだよ」
「.......あー、アニ...悪いが...早い所エルダの所に行ってやれ。俺は友人を犯罪者にしたくな....ってもういない!?」
.....ライナーは、はあ、と臓腑から沁み出す様な深い溜め息を吐き出した。
小エルダも可愛いが早い所大エルダに帰って来てもらってこの混沌に秩序を齎してもらいたいものだ...
*
部屋に帰ったエルダは恐る恐る姿見の前に立った。
ここは....女の人の部屋だったのかな。身だしなみの道具とか....壁にかけてあるコートとかは確かに女性のものだ。
そして本。本本本。部屋の半分以上を本が占めている。
(....でも.....何だか落ち着くなあ、ここ....)
どういう人が住んでいたのだろう。適う事ならお話をしてみたい。
自分も本が好きだから...もしかしたら仲良くなれるかもしれない....。
部屋をぐるりと見回してからもう一度姿見を見つめる。
こんな自分は初めてだった。スカートも数える程しか履いた事は無い。やはり羞恥の気持ちが起こって来る。
(でも.....)
「可愛い、可愛いよ」
先程のアニの言葉を思い出してエルダはじわりと熱を持った頬を抑えて小さく首を振る。
それからそろりと顔を上げてスカートを履いた自分を見た。動くと裾がひらりと揺れる。
(わ.....)
それが何だか映画や本に出て来るいかにも『女の子』という様な感じがして嬉しくなってきた。
周りに人がいないか確認した後(と言っても仮にも自室なので一人なのは分かり切っているのだが)くるりと一回転してもう一度鏡を見る。
やはりスカートはふわりと広がり、それを見て何とも言えない嬉しさが胸にこみあげてきた。
今度は先程より躊躇わずに姿見に映った姿を見て、にこりと笑顔を作ってみる。
「ぶほお」
しかしその時耐え切れず誰かが吹き出す声が聞こえた。
エルダの肩は大きく跳ね、ばっと後ろを振り向く。
「やあ」
そう言ってベッドに座りながら片手を上げたのは背の高さでお馴染みの.....
「お、大きいお兄さん.....」
エルダは消え入りそうな声で彼を呼ぶ。というか何処から出現したのだろう。
そして先程までの自分の所作を見られていたらしいという事を自覚すると一気に顔に熱が集まって来た。
「わ、わた、わたし.....」
激しい混乱に見舞われながら必死に言葉を見つけようとするが、彼は何とも楽しそうに笑うだけである。
「うん、可愛かったよ。」
「はい?」
「いやだからさ....鏡の前でくるって回って「だ、駄目です駄目ですよ!!もう忘れて下さい!!」
これ以上ない位顔を赤くしてエルダはベルトルトの傍まで寄って来て口を塞ごうとした。
しかし驚く程の体格差がある彼等の勝敗は当然分かり切っている事で....気付くとエルダはぜえぜえと言いながらベルトルトの膝の上に収まっていた。
「良いじゃないか。女の子なんだし」
「で、でも恥ずかしいですよ...。みんなには内緒ですからね...。」
「分かった分かった。」
苦笑しながらベルトルトは先程ライナーがしていた様にエルダの髪を指にくるりと巻き付ける。
「でも嬉しそうにしてくれて良かったよ....。
君は何しても穏やかに笑うだけだったからさあ、本当に喜んでくれてるか分からなくて不安になる事もよくあった....」
「.......?そうなんですか。」
「うん.....。」
「そうですか.....。」
「......うん。」
「ごめんなさいね、ベルトルト。」
「え.....?」
その時、エルダの部屋のドアがぎちりと音を立てて開いた。その隙間からは青い眼光が.....おお、鬼じゃ。鬼がおる。
「.........で、何してるの?」
アニがつかつかと彼等の傍に寄りながら低い声で尋ねる。ベルトルトは色々な事があり過ぎて脳みそが処理落ちしそうだった。
「い、いや、エルダが鏡の前でくるっと回って「わー!!ちょっと大きいお兄さん!!それはトップシークレットです!!!」
「..........。エルダ、行くよ。」
「....?何処へですか?」
「こいつの半径5kmより外」「何か距離増えてない?」
アニに手を引かれながらエルダは扉の方へと向かう。
そして屈託のない笑顔で未だにベッドの上でぼんやりとしているベルトルトに手を振った。
(........あれは、確かに小エルダだよなあ.....)
だが先程聞こえた声は.....。
はあ、と溜め息を吐く。それからエルダのベッドにぼすりと身を横たえる。思えば彼女の部屋に入るのも中々無い経験だ。
優しい匂いがする。好きな匂い...好きな人の匂いだ。
それからベルトルトは瞼を閉じる。そしてこの部屋の持ち主の事を想った。
やはりどうしようもなく好きで...好きだからこそ臆病になり、一緒に住んでいる癖に何も言う事ができない。凄く幸せだけれど凄く辛い距離感だ....。
もう一度溜め息を吐いて、寝返りを打って体を丸める。そしてベルトルトはゆっくりと眠りの淵へと沈んで行った。
*
「お姉さんは優しくて強いだけじゃなくて頭も良いんですねえ。」
アニの部屋の本棚を眺めながらほう、とエルダは感心した様に言う。
「別に...。全部講義に必要なだけで好きで読んでる訳じゃ無い。あんたの方がよっぽど頭は良いよ。」
「そんな訳無いですよ。」
「......いや、本当だよ....」
アニは机の前に据えてあった回転椅子をきいと回してエルダの方を向いた。それに気付いたのか彼女もこちらに寄って来る。
大きかった時は自分より背の高かったエルダだが、今は机からようやく顔が出る位の背丈しかない。
少女は机に両掌の指をかけて机上に置かれたパソコンやノートを興味深げに眺めた。
何とも言えないいじらしさを感じてアニはエルダの頭を撫でる。
「.....今日は、本当にありがとうございました。」
頭を撫でられて心地良さそうにしながらエルダがこちらを見上げて来る。
あまりに澄んだ瞳の色に思わず目を逸らしそうになった。
「凄く嬉しかったです...。お父さん以外の大人の人に、こんなに優しくしてもらったのなんて初めてですから....」
エルダは照れくさそうに机上に転がっていたシャープペンシルを指先でつつく。それはころりと転がるが、クリップが付いていたのですぐに止まった。
「私、大きくなったらお姉さんみたいな綺麗で素敵な人になりたいです....。」
なれますかねえ?とはにかみながら少女は尋ねる。
アニは頭を撫でていた手を離し遠くを眺めた。勿論遠くと言っても四畳半の部屋には限界があり、すぐに壁にぶつかるのだが。
「.......あんたは、大人になったら....私なんかよりずっと、ずっと綺麗で素敵な人間になるよ...」
溜め息の様に言葉を吐き出す。部屋の外ではライナーかベルトルトが歩いているらしい、のしりとした音がする。
しかしここは静かだった。アニの言葉はゆっくりと部屋のやや湿った空気に交じり、沈んで行く。
「......そんな訳、無いですよ」
エルダが小さな声でそう言った。
「いや...本当だよ。.....本当なんだよ.....。」
アニはもっと微かな声でそれに返す。
またしても沈黙が辺りに降り積もる。アニは静かに椅子から立ち上がり、自然な所作でエルダを抱き締めた。
少女もまたそれを目を閉じて受け入れる。何だかそれはとても懐かしい行為の様に思えた。
「お姉さん」
自分からもアニの首に腕を巻き付けながらエルダがアニを呼ぶ。
「....今日、一緒に寝ても良いですか?」
何処か恥ずかしそうだ。
「......一人じゃ寝れないの?」
それをからかう様に返す。
「いいえ...!そんな事は.....。寝れる、事は寝れるんですけど...やっぱり誰かと一緒の方が好きです....。」
羞恥を隠す様に腕の力が強くなった。微笑ましい所作に思わずくつりと笑みを漏らしてしまう。
「.....やっぱり、迷惑ですか....一応他の方にも当たってみま「よし寝よう」
扉の方に向かいかけたエルダの腕をアニははっしと掴んだ。
小さくてもこれはエルダなのだ。あの二人のどちらかと寝るなんて冗談じゃない。
自分の要望が許可された事にエルダは表情を輝かせる。
それから心から嬉しそうに「ありがとうございます」と言った。
「.......ところでエルダ。お風呂も一緒に入った方が「うわあアニの邪悪な思念波が「だからあんたはどっから湧いてくるんだ」
再びベルトルトの鳩尾にはアニの膝が打ち込まれた。
「.....おお。」
エルダは目の前の惨劇を感心した様に眺める。
「ここは賑やかで楽しいお家ですねえ。」
そして騒ぎを聞いて様子を伺いに来たライナーに向かってにこりと笑う。
全く動じない...むしろ天然に近い反応にライナーは「あー....流石エルダだな....」と呟いた。
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