光の道 | ナノ
同郷トリオと一緒 02 [ 49/167 ]

「......とりあえず。」

アニがライナーに淹れさせたコーヒーを飲みながらエルダを眺める。

現在彼女はいつの間にやらライナーの膝の上にいた。先程のベルトルトの時もそうだったがこの少女、気付くととんでもない所にいる事が多い。

「服を買おうか。」
何故そいつの膝の上なんだ、という苛立ちを表す様にアニは机の上に乱暴にマグを置いた。コーヒーが跳ねて少し零れる。

「まあそうだな....。これじゃあ風邪を引くしおちおち外にも出せん」

アニから発せられる不機嫌な雰囲気に勘弁してくれ....と溜め息を吐きながらライナーは眼下の少女の頬を意味もなくつついていた。
エルダはくすぐったいのかきゃーと小さく言いながら笑っている。

現在小エルダは大エルダが着ていたシャツの袖を捲ってワンピースの様に着ていた。
比較的細身な大エルダだったが流石に8才児には大きいらしく体が服の中で泳いでしまっている。

「.....と言う訳で、出しな...てめーらの一葉を一枚ずつ」

アニが向かいに座っているベルトルトとライナーに手を差し出した。

「.....え?」
ライナーが目を点にしながら彼女の白い掌を見つめる。

「なんなら諭吉でも良いよ」

「いやいやいや、勘弁して下さい。」

ライナーがやれやれと言う感じで尻ポケットに入っていた財布から五千円札を取り出してアニに渡した。

「というか一人ずつ五千円出して一万五千....。急場凌ぎの子供服にしちゃ奮発し過ぎじゃねえか」
渡してからしまったという様にライナーが言う。

「いや、一万円だよ「こら何お前は出さない計算になってるんだ」

「着替えも合わせて何種類か買うからね。......あとは、エルダに着せ替えできる機会なんて滅多にないし....」
アニがぼそりと呟いた。その不穏な表情から現在彼女の脳内に様々な妄想が渦巻いているらしい。

「あー....僕、バイトの給料日前で金欠だからお金無いよ」
ベルトルトが頬杖をついてぼんやりとした表情で言う。まだ目が覚めていない様だ。

「........。何ならあんた好みの服買って来るよ「夏の田舎にいそうな清純で化粧なんて俗っぽい事しなくても常に良い匂いがする無垢な黒髪ロング乙女が着ていそうな真っ白なキャミワンピを「例えが気持ち悪過ぎる上に今の季節にそんなん着たら風邪ひくわ」

「.....じゃあ毛糸でも巻いてれば良いんじゃないの」「拗ねんな面倒くさい」

とりあえずスカートは譲れない、と言う所で妥協してベルトルトは五千円札を泣く泣く差し出した。何だ金あんじゃん。

「エルダはどんな服が良い?」
アニがベルトルトの五千円を注意深く観察しながら尋ねる。よっぽど彼が信用できないらしい。

「えっと....その、夏の田舎にいそうな清純で化粧なんて俗っぽい事しなくても常に良い匂いがする無垢な黒髪ロング乙女が着ていそうな真っ白なキャミワンピをひとつ「さっきの一字一句違わず覚えてたんか凄いな」

「エルダ....。この変態に気を使う必要は無いぞ」
ライナーが何となく少女の髪を指に巻き付けながら言う。

「そ、そうですか...?でも居候させてもらうだけでも有り難いのに、洋服まで....。何でも良いですよ、本当に....。何なら毛糸でも「いや駄目だろ」

アニは溜め息を吐く。どうも壁を作られている様で嫌だった。

「エルダ、君と僕らは家族同然で今までやってきたんだから、そういうのは無しに「気を使わせる一番の原因が何言ってんだ」

「あと真っ白キャミワンピは夏になったら着てもらえればごふう」

そこでベルトルトの頭にアニが投げたマグが激突した。ベルトルトは再び彼岸間近に旅立った。

「はあ....とりあえず行って来るから...非常に不本意ながらライナーにエルダは任すよ。
その変態の半径3km以内にエルダを入れない様に」「それ結構キツくね?」

アニはがたりと立ち上がって出掛ける準備をするのか自室へと向かって行った。

ライナーはエルダの右腕を持ってひらひらと振らせ、彼女を見送る。エルダは相変わらずその状況は楽しんでるらしく嬉しそうに笑った。





「あ、お皿は私が洗いますよ」

ライナーが昨晩の片付けを始めるとエルダもせっせと手伝いをする。

「いや、だから気を使う必要はないぞ。お前はもっと子供らしくしてろ」

ぽんぽんとエルダの頭を軽く叩いた。彼女は少し困った様に笑ってライナーを見上げる。

「いいえ、気を使っているのでは無く...私は父と二人で暮らしていましたからこういうのは慣れているんです。それに....」

エルダはそこで言葉を切って少し照れくさそうにした。

「何だか落ち着くんですよね...こういう事してると。」



「エルダ、いつもお前が家事をやる必要は無いんだぞ」

「良いのよ。不思議な事にこうしていると何だか落ち着くのよね...」




「.....お兄さん?」

「.........あぁ、すまんな。少し、考え事をしていた。」

「そうですか。お皿持ったままの考え事は危険ですよ。」

そう言いながらエルダはライナーの手の中から皿を受け取って流し場へと向かう。

彼女の後ろ姿を見ながら、.....そうか、この子があのエルダになるのか...とライナーは何とも感慨深い気持ちになった。


「お、お兄さん....」

エルダのやや焦った声が聞こえたのでそちらに向かうと、流し台の前で呆然としている少女がいた。

「あー....」
その状況を見て事情を察知したライナーは額に手を当てる。

「そうだ....!踏み台、踏み台はありますか!?」

「言っておくがうちは平均身長170cm半ばの家だぞ」

「はー....凄いですねえ。大きくて羨ましいです。」

「ちなみに男だけだと平均は190近くになる」

「190ですかあ。凄い...。格好良いですね」

「何何、身長が高いと格好良いって?そうですその通りです」「うわあ、自分に都合の良い話になると不死鳥の様に蘇る」

いつの間にか背後に立っていたベルトルトに驚いたライナーは手にしていた空の酒瓶を床に落としそうになった。

「私も早く大きくなってここのお手伝いがしたですねえ....」

「いや、大丈夫だよ。君は局部的に相当大きくなるから」「よしエルダこいつの半径3km以内から逃げるぞ」


擦った揉んだあって結局片付けはほとんど進まなかった。







「ほら」

しばらくしてアニが帰宅した。そしていくつかの紙袋をエルダに渡す。

「わあ、こんなに....」
驚いた様にエルダがそれを受け取った。

「着てみたら?いつまでもその格好じゃ落ち着かないでしょ」

「いや...何故か自分のものの様にしっくりと来るんですよ」「そりゃ自分のものだからね」

「でも....着てみますね。ありがとうございます...。」
エルダは抱えた紙袋を何とも愛しそうに眺める。

「あ、そういえば着替えはどこで「うん、着替えなら僕の部屋で「うわあどっから湧きやがった」

アニが生理的嫌悪の表情を浮かべながらベルトルトの鳩尾を膝で蹴り上げた。

「まあ...大きかった頃のあんたの部屋で良いんじゃないの」

「.......?はい、分かりました。」

「ほら、こっちだよ」

そう言いながらアニはエルダの手を引く。

多少小さくなっていても、何度となく手を繋いでいたアニにはそれがエルダの掌だとよく分かった。

「あの....大きいお兄さんは大丈夫ですか?」「うん。」「即答ですか。」

「というか構ったら最後骨の髄まで甘え倒されるから気を付けな」

「は、はい....。」

「ほんとに....あんたはよくもまあ毎日あれの相手をしてたもんだよ....。」

アニは少し遠い目をする。エルダは不思議そうに彼女を見上げた。

「でも....私はきっとあんたがそういう人間だから好きになったんだろうね」

それに応える様にアニは少女を見下ろす。
穏やかに微笑んだ彼女があまりに綺麗だったので、エルダは少し惚けた様にそれを眺めた。





「......随分と遅いね.....。」

アニが呟く。先程から30分近く経過していた。

「女の着替えなんてそんなもんじゃないのか」「何知った様な口聞いてるんだこの隠れ童貞」「ちゃうわ」「強がりはおよし」「すみません全く持ってその通りです」

ライナーは心に100のダメージを負った。

「.....なんなら僕が様子を見に「せいや」「うがああああ目がああああああ」

アニに目つぶしを食らったベルトルトが床に転がった。間髪入れずにそれを蹴り上げる。情け容赦むよう。

「まあ少し心配だし....私が見て来るよ」「だから僕が「せいや」「うがあああああ」

「......お前、学習しろよ」
ライナーは心底呆れた様にその様子を眺めた。







「........エルダ?」
軽くノックしてから入る。

すると何故かシーツをすっぽりと被ったエルダと目が合った。

「あ....、お姉さん...。」

「..........?」
どうしたの、とアニが彼女に近寄る。

エルダは非常に恥ずかしそうにしながら目を伏せた。

「........あの!」
それから思い切って顔を上げてアニを見つめる。その頬は色付き、耳まで微かに赤かった。


(........可愛い)


「うわあアニの邪悪な思念波がこっちにまで「ちょっと待っててね」

共用場所から聞こえたベルトルトの声にアニはふらりと部屋を後にした。そして何やら「うがああああ」という叫び声が聞こえる。エルダははらはらしながらその断末魔を聞いていた。


しばらくしてアニが何食わぬ顔をして戻って来る。何処かすっきりした顔をしていた。


「.....で、どうしたの?」

目線を合わせる様にしゃがんでやる。
エルダは相変わらず朱色に色付いた頬をして掌を組んだり解いたりしながら落ち着きなくしていた。

「あの....ですね。」

恥ずかしそうに頬を抑えてようやく喋り出す。アニは辛抱強く次の言葉を待った。

「わた、わたし...私、ずっとお父さんと二人だけで暮らしてて...服、とかも全部...父任せだったので...」

羞恥のピークを迎えているのかまた俯いてしまう。

「こんな可愛い服、初めて着るんです...!こういうのにずっと憧れてたからすごく嬉しくて....だけど、恥ずかしいです....」

最後の声は消え入りそうだった。何ともいじらしい言葉にアニは思わず頬を緩める。

「.....大丈夫、私が選んだんだから...。何年の付き合いだと思ってるの。あんたに似合わない服なんて買う訳ないでしょう。」

そう言いながらそっとエルダの体を包んでいるシーツを解いて行く。
未だに恥ずかしそうにしながらも少女はそれに従った。

ゆっくりと、白く丸襟で胸元にタックが寄ったシャツに、茶に近い薄紅色のスカートを着た小さな体が現れる。
やはり靴下は黒いハイソックスにして正解だった。


......成るべく、大エルダが着ていたのに近く、かつもう少しガーリーなものを選んだつもりだった。

ああ、だが....成る程。これは.....想像以上に....可愛い。


「うわあ、アニの邪悪な思念波が「もうやめろベルトルトお前そろそろ死ぬぞ」


......何やらまた共用場所から声が。アニは一瞬それに反応するが、溜め息を吐いてもう一度エルダに向き直った。


「似合ってるよ。」
そして頭を撫でながら一言。

アニの言葉に信じられないと言う様な顔をして見上げて来るエルダ。

もう一度頭を撫でながら「可愛い、可愛いよ」と言うと、少女は戸惑った表情を浮かべてから...躊躇しつつもとても嬉しそうに笑うのだった。


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