光の道 | ナノ
同郷トリオと一緒 05 [ 52/167 ]

深夜、控えめなノックが部屋に響いた。


何故自分はもっと早くに課題に取り組み始めなかったのか、毎度お馴染み且つすぐに忘れる後悔と懺悔と救済を求める祈りを神と仏とキリスト、ついでにゼウスとオーディンとニャルラトホテプ辺りに捧げつつ、猛然とキーボードを叩き続けていたベルトルトの口から返事とも呻き声ともつかない言葉が漏れ出る。


「今晩は」


この時間帯には似つかわしく無い幼い声が背後の入口の方から響いた。


「....どうしたの?」
不思議に思いながら、常より20kgは体重が減ったのではないかと思わせる酷いやつれ方をした顔を彼女に向ける。

「あの...」
いつも屈託の無い笑顔を浮かべているエルダには珍しく、何処となく不安げで言葉の歯切れも悪い。

ベルトルトは扉から体を半分だけ除かしている少女をじっと見つめる。可愛い。

しかしエルダはそれに反して俯いていた。
....だが、やがて自分が黙っていては仕方が無いと気付いたのか、顔を上げて口を開いた。


「今、私...ここに、いても良いですか...?」
非常に恥ずかしそうに、小さい声で尋ねる。

ベルトルトは少々考え込んだ後、「いやー、僕は今六つの神に加護を乞うている身だから不貞はまずいんだよな...」と呟いた。

「.....ごめんなさい。とてもお忙しいのは分かっているんですが...。」

「それに...流石に一回り年が離れているのはヤバいよな....」

「どうしても...一緒にいたいんです。」

「よし愛は年齢の壁を越えた」

「.......?それは素晴らしいです!」

全く噛み合っていない。


小さな来訪者に元気をもらったベルトルトは扉を開けてエルダを中に招き入れる。

自分の頼みが聞き届けられた事に彼女は安心した様に顔を綻ばせた。


「大きいお兄さんは今日珍しく遅くまで起きてるんですねえ。いつも十時位にはクラゲみたいにふにゃふにゃになるのに。」

「僕だってクラゲになってたかったよー....。一ヶ月前の僕の野郎め怠けやがってよくもよくも一ヶ月後の僕をこんな目に...!!死ね!!」

「一ヶ月前の大きいお兄さんが死んじゃったら今のお兄さんも死んじゃいますよー」

「あははーそうだねえ。結論として僕なんて死ねば良い。」

「何故!?」


エルダはベルトルトのベッドに腰掛け、傍に置いてあったクッションを抱きながら再び机に向かった彼の横顔を眺めた。

pcのモニタに視線をやったままで、ベルトルトは自分の右にいる小さな存在に声をかける。

「....一体どうしたの?君が僕のとこ来るなんて珍しいね。...あ、そうか。アニが寝てるからか...」
普段はアニによる鉄壁の防御によってベルトルトとエルダが二人きりになる事はまず無い。

まあ....彼の日々の発言を考えれば当たり前といえる処置であるが...

「はい。お姉さんもお兄さんももうお休みになっていて...ここのお部屋だけ灯りが漏れていたので....」

クッションをぎゅうぎゅう抱き締めながらエルダが恥ずかしそうに言う。


「.......なんか、怖い本でも読んだんだろ」

モニターからちんまりとベッドに収まっている彼女に視線を映した。図星らしく、その肩が跳ねる。

そして無言で立ち上がると、寝間着のポケットから文庫本を雑巾摘みで取り出してベルトルトに渡してきた。

「....怖いのに何故持ち歩く」

「だ、だって....きっとそれ、目を離したらよし子さんが本の中から這い出て...「随分庶民的な名前の幽霊だね」

表紙を眺めると、真っ黒な長い髪を前に垂らした白服の如何にもな女幽霊が描かれていた。大エルダはこんなものまで読んでいたのか...


「怖いの苦手なら普通こういう表紙のは避けるもんじゃないのかなあ...」

やや呆れながらベルトルトはエルダの頭を文庫本でぽすんと叩いた。

「....いえ...!あの、それ、後ろ向いてる女の人かと思って...!」

「足の向きで分かるでしょ。関節どうなってんの....あ、足無いのか。」

「でも、でも....!よし子さんにもとても悲しい過去があるんですよ...!あんな目に合ってしまえば人間を恨む様になるのも分かります...!
ああ、いいえ...!でも人をあそこまで残酷に殺すのはやっぱり悪い事で「怖がってる割にきちんと読み込んでるね」

「と、とにかくっ!一緒にいて下さい!!私、こういう事があると全く眠れないんです...!!」

「あ、今エルダの後ろに長い黒髪の女の人が「わー!!!!」

「.....冗談だよ」
あまりに素直な彼女の反応に思わず喉がくつりと鳴った。

「何笑ってるんですか!お、怒りますよ!」
拳を胸元でぎゅっと握りながらエルダが言う。目元には涙が溜まっていて、どうやら本気で怖がっている様だ。

「へえ....怒ってみて?」
それに少し嗜虐心を刺激される。

「...えっ」
予想外の反応に固まるエルダ。可愛い。

「ほら、怒ってみて」

「.....えーっと、こらあ」
......非常に弱い拳骨が肩に当たった。頭には届かなかった様だ。

うーん。超可愛い。

「今の怒ってたの?全然怖く無いよ?」
ちょっと意地悪してみよう。

「い、今のは本気じゃありません...。本気で怒った私は凄いですよ...!」

「へえ?やってみて?」

「え、えっと...」

「凄いんでしょ?」

「いや、あのっ....」

「ほらほら」

「いっ、いてまうぞわれえ「何故その言葉を選んだ」

「おどりゃベル公「誰がベル公だ」

「この腰巾着野郎「!?」

「お兄さん、私なんかに構っている暇あったらやるべき事があるでしょう「あ、これが一番応えるわ」


脳内の普段使わない場所を使った所為でエルダは非常にげっそりしていた。

少し苛め過ぎたか...と反省し、その頭をごめんごめんと撫でると、エルダは困った様に笑う。

.....幼いけれど、やっぱりこの子は僕が好きなあの人だ。その証拠に、傍に居るとこんなにも気持ちが安らぐ。


ベルトルトは淡く笑うと、「僕はまだ寝ないから好きなだけそこにいな」とベッドを示した。

「ありがとうございます。....じゃあ、お邪魔にならない様に静かにしていますね。」
エルダもまた目を細めると元の場所にクッションを抱いて収まり、近くに置いてあった雑誌をぺらりと捲り始めた。


しばらく部屋の中にはキーボードを打ち込む音と雑誌が捲られる音、そして微かな呼吸の音だけが響いていた。


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