光の道 | ナノ
クリスタの誕生日 01 [ 45/167 ]

(あ....)

その日の訓練が終わり日もとっぷりと暮れた頃、図書室に訪れていたクリスタは背の高い書架の向こうにエルダの姿を発見する。

髪をいつもの様にゆるく結って分厚いハードカバーの本に目を落とす彼女の白い首筋が薄暗い図書室の中でいやにハッキリと見えた。

思わぬ出会いにクリスタの胸には喜びが広がる。

エルダは一度姿を消すと中々現れないので、こうして発見できたのはとてもラッキーな事なのだ。

何年も開かれていない様な重たい本が並ぶ書架の間を足音を忍ばせて歩き、彼女へと近付く。

少し驚かしてしまおうと言ういたずら心が働いたのだ。

しかし一番背の高い書架を曲がり切った時、彼女の隣に誰かが腰掛けているのが目に入る。

(あれ.....?)

偶然相席となった、という訳では無い。
何故ならこの黴臭い空間には滅多に人が来ないので、現在も空席が随所に存在しているからだ。

そして....あの後ろ姿、見間違う筈が無い。

やや猫背気味だが座っていても分かる身の丈の高さ....。

ただ、何をするでなく頬杖をついて....エルダを見下ろす視線に籠る熱だけが存在感を放っている。

(...........。)

クリスタは胸の辺りでぎゅっと掌を握ってその場から一歩退いた。


........何で.......。

ベルトルト、あの人は.....いつの間にそんなにエルダの近くにいる様になったの?

前はただ遠くから見つめているだけだったのに...何で、隣にいるのよ....

エルダもエルダで、あんまり男の人は得意じゃないって言ってたのに....何でベルトルトは平気なの?

その人が一番危険なんだよ?いっつも穴が空くんじゃないかって程貴方の事見ているの、知らないの....?


息をひとつ吸う。埃っぽい空気が肺の中に満ちていった。

それから二人の後ろ姿をもう一度見つめた後、ゆっくりと体を反転させて元来た道を辿り始める。


嫌だな.....

もし、エルダも....ベルトルトの事が好きになっちゃったらどうしよう.....

あの二人が愛し合うところを想像するだけで酸欠の様に頭がふらふらした。

私にこんな事を言う権利は無いのは分かってるけれど...それでも、駄目。

今はまだ....私はエルダに甘えていたいの。

エルダが誰か一人のものになるなんて......そんなのは、絶対に駄目.....。







それからしばらく経ち、相部屋の面々は入浴を済まして寛いだ時間を過ごしていた。

しかし消灯の時間があと一時間程に迫ってもエルダは帰って来ない。

「.........エルダ、遅いね......。」
クリスタはきちんと整えられたエルダのベッドを眺めながら枕を抱いて呟いた。

「あいつの事だからどうせふらっと帰って来るって。心配いらねえよ」
ベッドに胡座をかいて足の爪を切っていたユミルが興味無さそうに応える。

「それは知ってるけど.....で、でも.....今日は一緒にいる人が問題っていうか....」
クリスタは歯切れ悪く言うと枕を更にぎゅっと抱き締めた。

「ん?あいつ誰かと一緒にいんのか。珍しいな....友達のいないあいつが....」

「わ、私たちが友達でしょう?」

「少なくとも私は友達じゃねえよ。で、誰と一緒にいんだ?」
何度となく繰り返して来たやりとりをした後、ユミルは綺麗に切りそろえられた爪にふうと息を吹きかける。

そして今度は左手の爪を切り始めた。ぷつんぷつんと小気味の良い音が辺りに響く。

「........ベ、ベルトルト。」

「っでえ!!」
しかしクリスタが発した言葉によって手元が狂ったらしい。盛大に深爪をした様だ。

「だ、大丈夫?ユミル.....」

クリスタが気遣う様に声をかけるが、ユミルは血が滲む指先の事などおかまい無しに立ち上がってクリスタへと詰め寄る。

その拍子に切り落とされた爪を受けていた紙が床に落ち、バラバラと地面にユミルの爪の残骸が散らばった。

「おい!!あの女まじでベルトルさんと一緒にいんのかよ!!こんな夜に!?男女が!?二人で!?
しっかも......ベルトルトかよ!!一番危険な男じゃねえか!!あぁ〜〜これだから頭脳は年寄り貞操観念は五歳児の女はあ〜〜!!」

クリスタの肩を痛い程握りしめてユミルは呻く。

「やっぱり、そう思うよね...!何かされたりしてないかなっ」

ユミルの焦り具合が更にクリスタの胸の内をざわつかせていく。

「うん.....いや、冷静になって考えるとベルトルさんにそんな度胸は無えか.....
いや!ああいうタイプは箍がひとつでも外れるとヤバいんだよなあ〜!!」

「何だかんだ言ってユミルはエルダの事が心配で堪らないんですねえ.....」
半分眠っていたサシャが騒がしさに目を覚ます。とろんとした目付きで会話に参加してきた。

「うっせえ芋女!!違えよ!!」

「ひどい!」

「あぁ.....でもなあ.....エルダがベルトルさんとかあ.....うわー、嫌だわー.....」
ユミルは少しの間何かを思案した後、脱力した様にクリスタのベッドに横になる。

「もうなんか今日は嫌だわ......クリスタあ、一緒に寝ようぜ.....」
何を想像してしまったのかその声は酷く弱々しい。

「あら...何かしら。随分楽しそうねえ」

そこに聞き覚えのある声が響く。三人は一斉に声がした方向へと振り向いた。

「エルダ!おかえりなさい」

まずサシャがベッドから抜け出してエルダに抱きつく。彼女もまたサシャの体を抱き締め返した。

「消灯時間はもうすぐですよ?何してたんですか?」
エルダに髪を優しく撫でられながらサシャが尋ねる。

「そ、そうだよ....!こんな遅くまで外にいたら危ないじゃない!」
クリスタもまた彼女の元に駆け寄った。声色から少し怒っているのが分かる。

「あら、いつもはそんな事言わないのに.....嬉しいわ、心配してくれてるのね」

「別に誰もお前の事なんて心配しちゃいねえよ....。ただ、誰と何処で何をしてたかを言え。返答によっては相手共々ぶちのめす」

「いやだユミルったら恐いわ」

「あぁ?それとも今ぶちのめされたいのかあ?」

「ねえ、ベルトルトと一緒にいたんだよね?私、図書室で二人を見たから知っているの....!」

血管が切れる直前だったユミルの言葉を遮ってクリスタが尋ねる。

エルダは少し驚いた顔をした後、優しく微笑んで「そうよ」と答えた。

「.......!なに、してたの.....!」
クリスタはエルダのシャツの裾を掴んで詰め寄る。

しかし当のエルダは涼しい顔でやや斜め上を眺めて何かを考えた後、とびきりの笑顔で「内緒」と言った。

「はっ......?」
それに一番最初に反応したのはユミルだった。クリスタは呆然と立ち尽くしている。

「内緒っておまっ....、それ、言えねえって事かよ!!」

「うふふ、そう取ってもらって構わないわ」

「......は、ふざけんじゃねえよ。お前の唯一の友人たちにも言えねえってか?」

「何だやっぱりユミルはエルダの事が「うるせえクソ芋女!!」

「ひどい!!」

「ごめんなさい、でもこればっかりは駄目なの。秘密の事だから.....」
エルダは人差し指を立てて三人に言い聞かす様に言う。その表情はどこか楽しそうだ。

「エルダ.....どうして......」

「あらあら、もう消灯時間だわ。早く寝ないと明日しんどいわよ」

俯くクリスタの肩をそっと抱いてエルダはベッドへと向かう。

何を聞いても無駄だと分かったのかユミルも諦めた様にそれに続いた。

サシャは眠さの限界を越えたらしく床で爆睡している。

二人の沈んだ雰囲気に比べてエルダはいつもよりわくわくしている様に見えた。

.......余程、ベルトルトと過ごした時間が楽しかったのだろうか.....。


しかも、秘密って....何?

男の人と女の人が夜遅い時間に会って行う秘密なんて....そんなの、


クリスタは首を振って思考を中断させる。これ以上を想像するのは堪えられなかった。

自分のベッドに当たり前の様に入り込んでいるユミルの事を無言でぎゅうぎゅうと押し出し、クリスタは自分自身を抱き締める姿勢で横になる。

「私のベッド、何故か誰かの爪まみれなんだけど....」

というエルダの呟きが聞こえた気がしたが、それに耳を傾ける気力は残っていなかった。


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